#4.5 裏側

「今回の授業はここまで、また明日」


 授業の終わりを告げるチャイムともにアルフォンスは1人、それだけ言って教室を後にする。

 それを皮切りにして教室から生徒たちが少しづつ外に出て行き始める。

 2限終わりのこの時間は昼休みなので、教室には弁当を学校に持ってきた学生くらいしか残らない。

 但し、それにも当然例外はある。


「ふぁあああ……」


 紫髪に青い目をした男子生徒、ロディ=ルーニーもその1人である。


「ねみぃ……」


 目を擦りながら眠そうにしてはいるが、彼は皆が昼飯を食べ始めているその中で1人、ノートを取り出しているという奇妙な光景が見られるだろう。


 書き出しているノートを見ればその内容は黒板に書いてあることと殆ど同じだ。

 なら、寝ないで授業中にノートを取っとけば教師の話も聞けるし効率的だろ、という意見はあくまで理想論でしかない。


 ただ、丁寧に書き出される黒板の内容は彼は聞かれると授業に興味が無いと言うよりは教師に興味がないんだろうな、ということくらいは明白だろう。


「へぇ……【フレア】の短絡展開コーディングか」


 彼のノートがほぼ書き写しであり、完全に書き写しでないのはそのノートの端に小さく何でそれを教えたか? という考察を始めているからにある。


 ロディ=ルーニーは教師になりたい。


 その新しい教師がこの魔法陣形成学基礎の分野を大きく超えた、短絡展開コーディングという技術について触れさせた理由を考え始めた。

 自分を大きく見せる為? 或いは優秀な生徒を把握する為ということなど幾つか考えが浮かんでくる。


「……あぁ、そういう事ね」


 ロディはまるで日常で行う動作のように、手慣れた手つきで短絡展開コーディングを用いて【フレア】を展開した。


 吹けば飛ぶような炎と黒板に書いてある内容を照らし合わせれば、授業を聞いていなかったロディにもその意図は見える。


 普段から使っている魔法陣は私たちの魔術行使をどれだけ手伝っているかを体で感じ取りましょう――という一文を書き足して、丸をつけると他には大きくバツを書いた。


 今まで浮かんでいた案は邪推に過ぎない。

 それはただのロディが持っている経験から生まれた教師に対する教師に対するイメージがそうさせるだけだ。


「……ちっ」


 嫌なことを思い出したのか、顔を顰めて頭を抱える。その脳裏には実の祖父の顔が鮮明に浮かんでいたのだろう。


『ふん、貴様程度に出来ることなど限られているだろう? 私が使った方が有用だからそうした。それまでの事だ』


「ロディ、ご飯食べに行こう!」


 そうして、ど壺にハマり始めた胸糞悪い気分はすぐに吹き飛ばされる。教室の外に目を向ければ、隣のクラスの少女がロディに向かって手を振っているのを見てロディは静かにそっちを向いて手を振り返した。


 わかったから、待っていろという意味で行ったそのジェスチャーは少女に通じたのか、そこまで言えば黙って廊下に戻る。

 2人にはそれだけで通じるだけの積み重ねがあった。


 ロディは既に書き終わっていたノートを乱雑にしまい込む。

 そうして、すぐに少女が待っている廊下へ向かおうと鞄を持った時、茶髪天パの男子生徒――ティム=ソーンが声をかけてきた。


「ロディちょっと待って」

「あぁ? ……どうかしたかティム」

「ははは、彼女との昼食を邪魔するのも悪いんだけねちょっとだけ時間頂戴?」

「そんなんじゃねぇって……で何の用?」


 にこにこと朗らかに笑いながら、ティムはロディに近づくとティムはボソリとロディの耳元で呟いた。


「キミがあの教師を何とかしてくれよ」

「はぁ? 何で俺が……」

から」


 渋っていたロディが、たった一言その言葉を聞いた時息を呑んでティムの顔を見た。


「わかった?」

「……はぁ、わかった」


 その顔に嘘はないと判断したのか、ロディは諦めたようで投げやりにも溜め息を吐きながら頷いた。


「これも使っていいってさ」

「……そこまでするかよ」


 黒い錠剤のようなものを渡されて、ロディにはそれが何かわかっているのか、さっきよりもより一層もっと顔を顰めては唾棄するべきといった表情でそれを見る。


「使うかどうかはキミに任せるよ」

「あぁ……」

「でも、わかってるよね?」

「これを使っても黙ってろってことだろ?」


 念を押すようにして、ティムがそういうとロディは深く頷いた。それはこの錠剤というものは良くないものである、ということの証明に他ならない。

 だけど、そんなことはこれを話している人間にとっては既に知っていることに過ぎない。

 彼らにとって共有されている事実は錠剤が外にバレることだけはしてはならないということだ。


「そういう事。まぁ、キミの実力は知ってるけど注意はしてね」


 それだけ言うと、彼は自身を待っていたであろう3人と合流すると一足先に教室を出ていくのを見送る。

 そうして、ロディはティムから受け取った黒い錠剤の入ったカプセルをそっとポケットに突っ込んだ。






「悪い、待たせた。行こうぜ」

「あっ、うん。何の話してたの?」

「何でもねぇ」


 何も知らないままに、ただ明るく笑う少女に先程のやり取りを悟られぬようロディはただいつも通りにただ一言言葉を返す。


 ロディ=ルーニーは教師になりたい。

 だけど、それはロディにとって憧れや尊敬を持つようなものでもない。

 そこにある感情の多くは負だ。


 ただ、ロディは教師に振り回される人間が少しでも減るように、誰かを導ける存在に自分がなろうとしているに過ぎない。


「アンタが真っ当な教師だってことは授業を見りゃ分かるよ」


 自身がトレースした黒板の内容は作った本人が自身の経験や悩みを持ち、それを乗り越えるように導こうとする真っ当な教師であることをロディに読み取らせた。

 授業を見れば、それだけでロディには大体わかる。


 ――ロディ=ルーニーは教師が嫌いである。


「だけど、やれって言われたらやらなきゃなんねぇからさ」


 そうして、少女の手前顔には出さない彼の心中はどんなものか。ただ、その心中を写すかのようにして、先の見えない目はどろりと澱んでいた。

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