激走!駆動体たちの午後

 ガブリエル&チャーチル記念学園。

 日本の地方都市をまるごと内包する、超弩級総合学校ちょうどきゅうそうごうがっこうだ。あらゆる人種やジェンダー、そして勿論もちろん超人をも迎え入れる教育の最前線である。

 なにからなにまで規格外なこのマンモス校を、人はこう呼んだ。

 真剣マジで本気過ぎる学び舎……、と。


『うぉい! 来たな来たなっ、ロダ研っ! 今日こそ決着、つけてやるぜえええっ!』


 暑苦しい先輩の声が、スピーカーを通してコクピットに響き渡った。

 ここは学園内の第七運動場だ。

 運動部だけでも百を超える数で、ここガチ高では誰もが部活動へ積極的に参加している。学校側のサポート体制はドン引きする程に手厚く、敷地内にはなんでもある。

 なにせ、

 繰り返すが、街の中に学園ではなく、学園の中に街がある。

 そして、狼流ロウルたちローダボット研究同好会は決戦の時を迎える。

 足元では、会長のアイネが赤いマクラーを棚引たなびかせていた。


『待たせたね、自動車部の諸君。早速始めようか』

『おうっ! 俺たちが勝ったら、あのガレージは明け渡してもらうぞっ!』

『構わんよ。そういう約束だからね。で、ボクたちが勝ったらだけど』

『わ、わかっている! もうお前に……アイネ・ガーシュタインに言い寄るのはやめよう!』

『や、それは勝負云々以前にやめてくれたまえ。率直に言って迷惑だからね』

『くっ、かわいい奴だぜアイネ……嫌よ嫌よも好きのうち、ってな!』

『……やれやれ、キミは言葉が通じるのに話が通じないね』


 自動車部の部長は、体格のいい大男だ。

 周囲の部員たちも、彼の個人的な目的には少し辟易へきえきしてるように見える。

 だが、狼流の目は英雄号を通して、今日の対戦相手を凝視していた。

 アイドリングに震えるそれは、古いスポーツカーだ。

 しかも、今はすたれた化石燃料ガソリンを燃やす内燃機関搭載型である。


「えっと、なになに……ランエボファイブ? はいはい、ランサー・エボリューションの略ね」


 大昔のラリー競技で活躍した、四輪駆動4WDのターボカーだ。

 自動車部のチューニングで、吹かしたエンジンの音からも馬力が感じられた。

 これが、今日の狼流の相手である。


『いよぉし! 1,000mメートルの一本勝負! 先にゴールした方が勝ちだっ!』

『構わんよ。さっさと初めてくれ給え』


 この第七運動場は、主に各種運動部の二軍や補欠、控えのメンバーたちが練習に使う場所だ。一応、形ばかりは陸上競技用のトラックになってるが、ようするにだだっ広い空き地である。

 ギャラリーもちらほら増えつつあり、狼流は乾いたくちびるを舐めた。

 外からは、無線機を通して蘭緋ランフェイの声が耳元に届く。


『先輩、転ばないでくださいよ! 転んでもマニピュレーターだけは壊さないでほしいッス!』

「無茶言うなよ。まあ、見てろって! 絶対に勝つからさ」

『……先輩? も、もももっ、もしかして……会長のことが?』

「ん? なんだそれ。だってさ、会のみんなでチューンした英雄号だぜ? 負けていい道理がない! つーか、負けないっ!」

『ア、ハイ。先輩っていい意味でバカなんスねー』

「それより離れてろよ、吸い込まれるぞ!」


 カーボナル・エンジンの出力を上げつつ、狼流は野次馬やじうまの声援を浴びながら機体を移動させる。

 昔とは真逆に、だ。

 超人の中には頭脳面で優れた才能も多数発掘されており、こうした世界規模のイノベーションは今も続いている。

 ただ、カーボナル・エンジンは現段階では、ローダボット等の大型機械にしか搭載できない。まだまだダウンサイジングの技術が発展途上なのだ。


「そういや、メイデンハートってなにで動いてるのかな。……その中の、ええと……真心マコロは」


 ちらりとサブモニターに真心を見やり、その映像を拡大する。

 視線を感じてか、ぼんやりとした無表情で彼女はこっちを見上げてきた。

 とても端正で整った、どこか精巧に作り込まれた印象の美貌だ。

 それでいて、人間としての生気や活力を全く感じない。

 やはり、アイネが言った通り彼女自身もロボット……アンドロイドなのだろうか?

 そう思いつつ、スタートラインで自動車の横に並ぶ。


「ども、よろしく! 自動車部も大変だなあ。調子、どう?」

『おう、ロダ研のチビッ子か。そっちも毎度のことで、なんつーか、こう、すまん』

「いやいや、部室取られちゃ困るけどさ。でも、会長もなんのかんので付き合いがいいっていうか」


 ブォン! と返事をするようにランエボが吠えた。

 微動に震える車体は、街を走る一般的な電気自動車とは全く違う。

 熱を排気して、化石燃料の燃焼で大地を蹴る鋼鉄のケモノ

 そのエンジン音を聴いていると、不思議と狼流も気持ちがたかぶる。

 なんていうか、今の時代には禁止された、環境を汚染する車両を見てると……かつて無数の競技が行われていた時代に想いを馳せてしまうのだ。

 そしてそれは、自動車部の面々も同じようである。


『うーっす、んじゃ始めるッスよー! 両者、位置についてー!』


 蘭緋が一機と一台の間に立って、右手を振り上げる。

 狼流はゆっくりと、英雄号を屈ませ両手をスタートラインに突いた。いわゆる、クラウチングスタートのスタイルである。

 そう、これから旧世紀のスポーツカーとスピード対決だ。

 どちらが速く走れるか……四つのタイヤと二本の脚での勝負ガチバトルである。


膝下ひざしたのセッティングも今回は決まってるし、機体は完調。そうだろ、英雄号! あとは俺が……お前をヒーローにしてやるからな!」


 今までは一応、狼流たちローダボット研究同好会の全勝である。

 ただ、毎回が辛勝だったし、やはり走るためだけの機械には敵わなくなる時がくるかもしれない。

 だが、それは今日じゃないし、今でもない。

 心地よい緊張感の中で、狼流はスタートの声を待った。


『カウントいくッスー! 3! 2! 1! ――ゴーッ!』


 蘭緋が手を振り下ろした瞬間、フルスロットルを相棒に叩き込む。

 乗り慣れた英雄号はすでに、自分の五体も同じだ。

 あっという間に、地面を蹴り上げ巨体が走り出す。その背後で、ホイルスピンに腰を振りながら、土煙と共にランエボが飛び出してきた。


『クソッ! スピンさせちまった! ロケットスタート失敗かよ!』


 ランエボの運転手から悲鳴が響く。

 だが、その声が直列四気筒ちょくれつよんきとうエンジンの咆哮ほうこうにかき消された。

 その間も、狼流は先行して機体を加速させてゆく。

 力強いストライドで、どんどん英雄号は強く速く走った。


「いいぞ、上体のバランス制御も完璧だ。前回より走れてる!」


 一流アスリートのモーションを解析したりと、この日のために狼流たちは試行錯誤を繰り返してきた。

 ただ走るという、最もシンプルな動作は……シンプルさゆえに奥深い。

 脚力だけでは速くなれないし、上体バランスや腕の振りがコンマ1秒を更に細かく刻んでゆく。

 勿論、脚部に車輪を装備するタイプのローダボットも多い。

 だが、狼流は二脚走行にこだわっていたし、ローダボット……


「手と腕もいい! 蘭緋、やるじゃんか……こりゃ、燃えてきたぜっ!」


 徐々に英雄号は、上体を起こして胸を張るように加速する。

 同時に、目の前に左回りのコーナーが現れる。

 第一運動場などはもっと広いが、ここでは1,000mの直線トラックはない。必定、グッと身をかたむけながら英雄号がカーブを回り込む。

 その背後に、ドリフト走行でランエボが追いついてきた。


『部長のためなら! 部室のためならああああっ! うおおおおおお!』

「げっ! 追い上げてきた……やるじゃんかよ。けど、俺だって!」


 イン側を抑えて、最短距離をなぞるように英雄号が走る。

 一方で、有り余るトルクにものを言わせてランエボが迫った。四輪駆動でズルズルと、斜めになりながらも前へ前へと突出してくる。

 完全に横並びで、そのまま両者はコーナーを立ち上がった。

 最後の直線、いつもこの瞬間が勝負の時だ。


「抜け出せ、英雄号っ! フルパワー、ブーストッ!」


 全力全開で英雄王が自分を押し出す。二本の脚で、我が身を弾丸のように打ち出す。中の狼流は、コクピットのシートに押し込まれて息を詰まらせた。

 だが、迷わずフットペダルを踏み抜く。

 その横に徐々にランエボが並ぼうとしていた。

 蘭緋が新調してくれた両の手が、伸ばした指先を揃えて左右で大きく振られている。これは事前に打ち込んだプログラムによって、最適化された動作だった。

 そのまま一機と一台は、もつれるようにゴールを迎える。

 周囲から『おーっ!』と声があがり、狼流も減速と同時に大きく溜息を零した。


「ふう……やっぱ上半身が決まると、スピードのノリが違うな。って、ありゃ?」


 背後の自動車部では既に、ビデオ判定が行われているらしい。

 その結果を待たずに、真心がすぐ近くまで歩いてきていた。

 ようやく英雄号を立ち止まらせた狼流は、そのまま機体に片膝を突かせてコクピットのハッチを開く。

 ダッフルコートの両ポケットに手を入れたまま、真心は目をしばたかせていた。


「……貴方あなたの勝ちです、狼流」

「えっ、ホント?」

「ローダボットは人型ですから。最後の最後で胸を反らした、その差でした」

「よ、よく見えたね」

「動体視力には自信があります」


 ローダボットの胸部は、コクピットが内蔵されている都合上、どうしても前方に出っ張った構造が多い。それがたまたま、ハナの差ならぬムネの差で勝利を掴んだらしい。

 だが、真心は心底不思議そうに呟く。


「この勝負、なんの意味があるのでしょうか」

「まあ、とりあえずは部室を守る! あと、男は挑まれた勝負からは逃げないもんさ」

「非効率的、非論理的です。……なのに、何故なぜでしょうか。ここが、熱い」


 そっと右手で、真心は自分の胸の膨らみに触れた。


「ロマンがあるからだろ、多分さ。理屈じゃなく、夢がある! ローダボットは、ロボットは誰でもヒーローになれる魔法のガジェットだぜ!」

「……ふふ、魔法ですか。それに、ロマン……夢」

「そゆこと! え、えっと、じゃあ……真心、乗ってみる?」


 僅かに真心が目を見開いた。

 そこには、驚きと一緒に小さな喜びが見えた気がした。

 だが、彼女の腕時計がその時、けたたましい警告音を響かせるのだった。

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