衝撃のヒーロー・イン!接触編

ようこそ、ローダボット研究同好会へ!

 狼流ロウルはショックのあまり、午前と午後の授業をサボってしまった。

 そして、ただぼんやりと部室――――で犬と遊んで過ごしていた。

 パンダみたいなツートンの柴犬しばいぬだ。

 まだほんの子犬である。

 あこがれのメイデンハートから、成り行きで預かってしまったのだ。

 正確には、メイデンハートの中の人、謎の少女から。

 そうこうしていると放課後になり、ようやく狼流は活動を再開する。


「――という訳なんですけどね、会長。どう思います?」


 狼流は今、部室として使ってる大きなガレージの中で、横たわるのコクピットにいた。

 ローダボット、通称ローダー……この世界で一般的に普及している二脚車両にきゃくしゃりょうである。

 要するに、全高10mの搭乗型ロボットだ。

 ローダボット研究同好会には、会が発足した数十年前からの備品として、この機体があった。整備と改良が狼流の課外活動である。


「少年、いいのかい? そうベラベラと秘密を喋ってしまって」


 少しハスキーな、少女の声が返ってくる。

 この会の会長、三年生のアイネ・ガーシュタインだ。

 ボサボサに伸び放題の蓬髪ほうはつ錆銀色ジンクホワイトで、眼鏡めがねに真っ赤なマフラーがトレードマークだ。オールシーズン、春夏秋冬しゅんかしゅうとうマフラーをしている。

 彼女は普段の飄々ひょうひょうとした口調に笑みを交えつつ、子犬を撫でているようだ。

 コクピットの中からは見えないが、新しい会員を歓迎しているらしい。


「や、秘密っていうか……逆にこう、ですね。俺が一人でかかえるには重過ぎて」

「キミはメイデンハートオタクだからな。マニアというか、ストーカーというか」

「違いますよ、ファンです! メイデンハートはしなんです!」

「その推しが実は、ロボットじゃなくて人間の女の子だった、と」


 超人ナンバーワンの最強ヒーロー、メイデンハート。

 一説には、とある超人が自分の特殊能力を使って建造した、現在のテクノロジーを凌駕りょうがする自律型のロボットという触れ込みだった。すでに社会の一部として一般化しているアンドロイドたちとは違う、完全な戦闘用の女性型ロボットである。

 そのメイデンハートは実は、人間だった。

 だが、フフフと笑ってアイネは言葉を続ける。


「キミの早とちりかもしれんぞ? 戦闘用の外装を着てる、女性型アンドロイドかもしれん」

「あっ! そ、そうか。確かに、なんかこう、無機質な子でした」

「そういう可能性もあるということだ。相変わらずそそっかしいな、少年」

「いやあ、それほどでも! 照れますって」

「褒め言葉じゃないからな、まったく……そういうとこだぞ、キミ」


 相変わらず、一つしか違わないのにアイネは狼流を子供扱いだ。

 そして、ミステリアスな先輩はなんだか機嫌がいい。

 どこか人を喰ったような、それでいて人との間に壁を作ってる印象があったので、狼流は驚く。まさか、意外にも動物が好きで、しかもなつかれてるとは。

 そう思っていると、別の声が飛んでくる。


「狼流先輩ー? 手が止まってるッスよ? 右のマニュピレーター、オッケーですから。動作チェック、お願いするッス!」


 ハッチが開けっ放しの視界に、ひょいと後輩が顔を出した。

 新たに一匹の子犬が会員として加わった今、以前にも増して彼女がワンコ系女子に見える狼流だった。

 名は、張蘭緋チャンランフェイ

 お団子頭の快活で闊達かったつな一年生である。

 彼女はローダボット研究同好会ではなく、ロボット部の部員である。

 どういう訳か、いつも顔を出しては手伝ってくれるのだ。


「おっし、ちょっと待ってろ蘭緋」

「ウッス! 今回の調整は自信作スよ」

「相変わらずお前、マニュピレーターにこだわるなあ」

「手はロボットの基本! 手の完成度が全てッスから!」


 狼流は改めてシートに座り直し、ハーネスで身体を固定する。

 ローダボットのコクピットは狭く、小柄で背の低い狼流でも圧迫感を感じる。左右はサブモニターで、ハッチを閉めれば正面がメインモニターだ。

 操作用のハンドルへと、狼流は手を伸ばす。

 そう、二脚車両というカテゴリー上、操縦桿はハンドルと呼ばれていた。


「指紋認証、オッケー! おっし、試してみっか!」


 タッチパネルの小さなコンソールが前面にあって、その左右にハンドルがある。

 円形の枠を持つ、バイクや自転車のハンドルに近い形だ。

 二つの輪っかにそれぞれ両手を通せば、すぐに赤外線で指紋が読み取られた。登録された搭乗者として狼流は認識され、操縦権限が譲渡される。

 ハンドルといっても、本体は握り手部分ではなく輪っかの方だ。

 細かな手の動きをトレースする、リング状のインターフェイスである。


「蘭緋、下がってろ。腕、持ち上げるぞ」

「ういーッス」

「さて、どんな感じ、か、なっ、と!」


 キュイン、と超電導モーターの音が軽快に響く。

 コクピットハッチの形に切り取られた天井の光景に、巨大な機械の手が現れた。その右手は、ハンドルの中で指を動かす狼流にシンクロしている。

 グー、チョキ、パー、キツネさんコンコン。

 なめらかなその動きに、狼流は満足げにうなずく。


「かなりいいぞ、これ」

「当然ッスよ! ……それより、先輩」

「ん? ああ、どした?」

「その、例の話……メイデンハートの中の人、どういう感じのでした?」


 興味津々といった様子で、蘭緋の声が鋭くなった。

 まるで追求されるような、尋問されるような雰囲気に狼流も記憶を手繰たぐり寄せる。


「えっと……裸、だった」

「裸っ!? 痴女ちじょじゃないスか! なにも着てないんスか?」

「いや、だから着てたんだって。メイデンハートを」

「それで? もっとこう、詳細を」

「……胸が、大きかった」

「あーはい! そういうやつッスね! 男の子って、ほんっ、とぉ、に! 馬鹿ッスね!」

「あと、なんか白黒っていうか、変に白くて、長い髪が黒くて」

「はいはい、それで? ……目だけがあかくて、って感じスか?」

「あ、そうそう! 思い出した、そうなんだよ。それが印象的で……って、あれ?」


 妙な話運びだなと、狼流は機体とのリンクを一度切る。

 再び機体の右腕が定位置に戻ると、彼はコクピットを這い出た。

 そして、言葉を失う。

 アイネと蘭緋の視線の先に、一人の少女が立っていた。

 雨上がりな昼下がり、午後の日差しの中にぼんやりとたたずむのは……メイデンハートの中の人だ。もう春だというのに、長い長いダッフルコートを着ている。


「え、あ、お? おおう……えっと、やあ! 久しぶり!」


 正確には、今朝ぶりだ。

 なにを言っていいかわからず、間抜けなことを口走ってしまった。

 だが、キョトンと少女は狼流を見詰めてくる。

 とりあえず機体から飛び降りて、狼流は彼女に駆け寄った。

 ヒソヒソと小声のやり取りを交えて、アイネと蘭緋が続く。

 少女は皆を一通り眺めて、抑揚よくようのない声を発した。


「7時間と12分ぶりです、飛鳥狼流アスカロウル

「あ、あれ? なんで俺の名を?」

「データベースで調べました。……よかった、犬は無事ですね」

「ああ、うん。学校の許可も取ったし、うちの会で飼うよ」

「宜しくお願いします。では」

「あっ、ちょ、ちょっと待って!」


 振り返る少女の手首を、思わず狼流はつかんだ。

 細くて柔らかくて、そして冷たかった。


「この子犬が心配で、来てくれたんだろ?」

「はい。ですが、もう安心です」

「そ、そうじゃなくてさ。名前は? まだ聞いてないんだ、俺」


 少女は少し考えこむしぐさをしてから、呟く。


「……ベコ、でどうでしょうか。牛みたいな毛並みですし」

「あー、犬の名前ね。なるほど、ベコか……いいんじゃないかな。で、君の名は?」


 言われて初めて、彼女は自分の名を問われていたことに気付いたようだ。


「……真心マコロ柊真心ヒイラギマコロです」

「そっか、真心って呼ぶけどいいかな」

「構いません」

「また来てくれよ、真心。ベコもきっと喜ぶからさ」

「いいのですか?」


 全く表情がないが、真心は真顔で足元を見下ろす。酷く端正な顔立ちは整い過ぎていてい、先程のアイネの言葉が思い出された。

 そのアイネだが、じっとベコを凝視する真心の背後に回った。

 そして、おもむろにコートのすそを掴んで持ち上げる。

 思わず狼流は絶叫してしまった。


「ちょ、ちょっとおおおおお! 会長、なにやってるんですか!」

「うん? いや、はいてるなと思ってな。裸じゃないぞ、少年」

「当たり前でしょう! ……で?」

「で、とは」

「イエ、ナンデモナイデス。な、何色かなーって」

「ははは、少年はえっちだなあ……すけべ。それより」


 真心は全く動じていない。

 あまりにもリアクションがなさ過ぎた。

 怒りもせず、恥じらいも見せない。

 ただ黙って、手を放したアイネに小首をかしげている。


「真心君、だったな。よかったら見学していきたまえ。これから面白いことが始まる」

「面白い、とは?」

「ゴキゲンで愉快痛快ゆかいつうかいってことさ。よし、少年! そろそろ時間だ、勝負といこうじゃないか」


 アイネの言葉で狼流も思い出した。

 不思議そうに目をしばたかせる真心のことも、迫る対決を前に一時保留なってしまう。

 すぐに狼流は機体を駆け上って、再びコクピットに収まった。

 今度は主機おもきであるカーボナル・エンジンに火を入れた。

 静かだが確かな振動と共に、レイヤード・テクタイト製の巨人が目覚める。


「よーしっ、行くぞっ! 英雄号えいゆうごう、起動!」


 御巫重工みかなぎじゅうこう製、AU-303カスタム……自動車で言えばやや旧車ともいえるローダボット、英雄号が立ち上がる。その外観は何度も改修され、酷く趣味的なものになっていた。

 狼流はハッチを閉めて、フットペダルを踏み撫でながら周囲を見渡す。

 排気される冷たい酸素が白く煙る中、真心がじっと見上げていた。

 完全に英雄号を立ち上がらせると、狼流は完調状態に仕上がった右手を握り、親指を立ててサムズアップを見せるのだった。

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