異世界おくりびと〜女神の使い(魔)〜

カピバラ

異世界おくりびと〜女神の使い(魔)〜


『異世界おくりびと』——

 それがこの私、マキナ=エレナに課せられた使命。


 各世界線へ赴き、神が選びし目標を女神の元へおくるのが私の仕事。簡潔に言うと、抹殺だ。


 これまで様々な人たちを異世界におくってきた私も、そろそろ引退が近づきつつあった。


 百人。異世界おくりびとは、百人おくりを達成すればその任を解かれ、晴れて自由になれる。


 あと一人で私は、普通に天界で暮らしていける。


 ————ッ、

 通信端末が小さく揺れた。


 どうやら、その百人目のお仕事の詳細が、担当女神のアルマから送られてきたみたい。


 私は軽く目を通したあと、アルマに音声通話を促す。するとすぐに電話がかかってきた。


「もし、マキナ=エレナです」

『呼ばれて飛び出る女神っ、金色のアルマと言えばこのわたしのことよっ! あ、エレナたんおっつー! メール見たぁ?』


 相変わらず凄まじいテンション。私は軽く受け流してお仕事の打ち合わせに持ち込む。


『おっけ〜おっけ〜、エレナたんの好きなようにサクッとやっちゃってね〜! 決行は明後日、わたしは一足先に女神っぽい衣装に着替えて【あたり一面真っ白な部屋】に行って待ってるからさ〜! じゃ、百人達成したらパァーッと打ち上げしようね、エレナたん。最後の一仕事、頑張って』


 この高テンション女神アルマが私の直属の上司にあたる存在。性格こそアレだけれど女神としての地位はかなり高いベテラン女神。


 こんな私にも姉のように接してくれるとても面倒見のいい女神だ。

 さておき対象は世界線ナンバー19192021、地球の日本に住む男性。


 歳は二十七歳、会社員、血縁は両親のみの一人息子で配偶者はなし。独身で、童貞。


 最後の情報は必要あるのかと毎回思います。


 ◆◆◆


 世界線ナンバー19192021に到着。


 私は作戦決行のため天界から送られてきた大型トラックが隠された倉庫へ向かう。


 そこにいた天界人(人間に化けてここに滞在している)にこの世界で使える免許証と身分証を受け取る。


 速やかに受け取り、大型トラックに乗り込んだ。私の得意抹殺法はこの大型トラックを用いた抹殺法だ。単純明快、アクセル全開で対象を、ドン。

 これでお仕事はおしまい、対象の人生もひとまず終わります。そのあとのことはアルマにお任せ。


 出発。

 まず、座席を少し前に移動します。脚が届かないからです。よし、この辺りかな。

 サイドブレーキがかかっているのを確認してエンジンをかけると、心地良い重低音が胸を揺らす。


 揺れるほどではないけれど。それはさておき、この瞬間、胸が高鳴るのは事実だ。多分、私は大型トラックが好きなのだろう。


 でも、この相棒とも今回のお仕事でサヨナラ。少しさみしいな。私が引退したあと、誰かがこのトラックに乗るのかな。


 どうせなら私が買い取って……いえ、天界をコレで走るわけにもいかないよね。


 さぁ、お仕事の時間。


 ◆◆◆


 対象を発見。眠たそうに欠伸をしながら、自宅アパートの敷地から出てきた。

 その瞬間を待っていた。アクセル全開。


 相棒の最後の勇姿を私は見届けるよ。さぁ行こう、一思いに、ドン! と。

 対象との距離、三十メートル、


 二十、


 十、


 三、


 捉えた! —————————え?


「おっと忘れもの忘れもの〜」


 え? 何故そこで引き返しちゃうんですか?

 外しちゃったじゃないですか!?


「あ、危ないっ!」


 えっ!? あ、————————


 ◆◆◆


 ————————

 ——ここは? えっと……


「あ、起きた。良かったぁ」


 白い天井、白い壁、辺り一面真っ白な部屋、ではなさそう……


「いやぁ、いきなり凄いスピードで事故するんだからビックリしたよ。慌てて助けに行くと、こんなに可愛い女の子が乗ってて、更に驚いた。寝不足だったの? とにかく、お前が無事で良かった」

「あの……トラッ……く、痛っ……」

「あぁ、トラックは諦めたほうがいいよ。会社の保険とかあるだろうし、気にしなくても大丈——」


 嘘だ……私のデウス号が……つまり、私は任務に失敗した? どうしよう、トラック以外でヒトを殺したことないよ、私……


 いいえ、その前に。


「あなたは?」

「あぁ俺? ただのそこら辺に転がってる普通のサラリーマンだよ。神依剛かむいつよしだ、お前、名前は?」


 皮肉にも程があります。私を助けたのは、


「マキナ=エレナ……」

「あ、やっぱり外人さんなんだ! でも日本語上手だなぁ!」


 神依剛、——今回の対象、二十七歳、童貞の神依剛に助けられてしまうなんて。


 ◆◆◆


 しかし困ったことに。通信端末も故障、トラックは大破。女神の加護で後始末はカムフラージュ出来るけれど、この先どうすれば。


 神依が帰ったあとは、ずっと一人で天井を見上げている。何も策がない。


 身体中が痛くて、痛くて、たまらない。


 ◆◆◆


 入院一週間。

 神依は毎日のようにお見舞いに来る。


「会社は?」

「定時に終わってその足で来た。気にすんなって。ほら、飲みものと甘いもの買って来た」

「よ、余計なお世話です……」

「あ、ごめん。いや、でもさ、俺が急に飛び出したのがそもそもの原因なんじゃないかって……だから」


 自分を殺そうとした相手に何を言っているの。


 入院二週間。

 神依はまだ来る。しつこいな。でも、


「はい、生クリームたっぷりプリン買って来た」

「あ、ありがとう……」


 これ、美味しんだよね。地球にこんな美味しいスイーツがあるなんて知らなかった。


 いつもお仕事を済ませて直帰していたから。こんなことならお土産を買って帰ったのに〜。


 入院二週間と三日、退院の日。

 さて、問題が起きました。退院は喜ばしいのだけれど、住む場所がない。


 ひとまず住まいを借りて、隙を見てこの人を異世界おくりにしないといけない。それが私の仕事だから。とはいえ、松葉杖の内は無理か。

 どうしよう……


「名残惜しいけれど、これでサヨナラだな。元気でやれよ、マキナ」


 神依が私に背を向けた時、自然と声が出た。


「……帰る場所、私には帰る場所がない……」


 何、言ってるんだろ、私。馬鹿みたい。でも、


「そっか、なら、うち来いよ」


 気が済むまでな。そう神依は言って、笑う。

 いつしか私は、その笑顔が——


 ◆◆◆


 流れのまま、神依の部屋にお邪魔しました。


 ごめんなさい、これからあなたを異世界におくるけれど、怒らないでね。

 第二の人生が待っているから。私に関する記憶は消えてしまうけれど、その方がいい。

 それからは、


 神依を異世界おくりにするために思考を巡らせる日々を送る。


 神依を階段から突き落とそうとして絡まり、転がり、顔を見合わせる日々を送る。


 包丁片手に、神依の寝顔を見下ろす日々を送る。


 いつしか、


 彼が毎日、仕事に行く背中を眺める日々を送る。


 彼の帰宅時に、おかえりなさいを言う日々を送る。


 彼の好きな料理を作り、帰りを待つ日々を送る。


 彼の唇に、私の唇を重ねる日々を送る。


 こんな日々がずっと続くと思っていた。けれど、



 終わりは突然やってきた。



 ◆◆◆


 激しく降る雨の日、私は剛を迎えに駅まで向かう。駅で待っていると、剛が私に気付いて笑う。

 子供みたいに笑うその笑顔は私の大好物だ。


「マキナこんな雨の中来てくれたのか? あれ、でも傘一つしかないぞ?」

「うん、一緒にと思って」

「そっか、なら一緒に入って帰ろ」

「うん!」


 ◆◆◆


 人気のない道を私たちは歩いていた。激しく降る雨音で、背後から迫る黒い影に気付くこともなく。

 気付いた時には、もう、遅かった。


 瞬間、私の身体はコンクリートの壁に叩きつけられ全身に激痛がはしる。


 もの凄いエンジン音が一瞬で走り抜けた。


 視線を前にやると、剛は更に向こう側まで飛ばされていた。咄嗟に私を庇って直撃したんだ。

 行かないと、剛のところに。助けを呼ばないと。


 誰か、誰か、誰か助けて、声、出ないよ、


 這うようにして剛の元まで辿り着いたけれど、濡れた地面は赤黒く染まり、彼の身体もまた同じく染まっているのを目の当たりにして言葉に詰まった。


 救急車……私、通信端末を持っていない。ならばと剛のポケットからスマホを取り出した。


「そんな……」


 故障している。無惨に画面は割れ起動すらしない。


「すぐ助けをっ……」

「マキナ……良かった、無事、か」

「馬鹿! 今すぐ救急——」


 剛は首を横に振り、私の言葉を掻き消した。

 私もわかってはいる。理解している。人間の身体がここまで破損したら、もう、助からないと。


 わかってる。


 今、私が剛を殺せば、私の手で殺せば、彼は第二の人生を送ることが出来る。こんな結末で終わらない、違う人生を送ることが出来る。


「……剛ぃ……わた、し、ね……空の上から来た」


 私は全てを、なるべく簡潔に話した。

 剛は「そっか」と、笑う。


 私の大好きな笑顔。


 こんな気持ちは、初めてだった。

 こんなに人を好きになるなんて、


「でも俺は……マ——」


 雨音は、より一層強く、激しく。




 私は、彼を——————た。




 ◆◆◆



「辛かったね」

「……うん」

「エレナ……」

「……アルマぁ、今夜は側にいてほしい」

「うん、いいよ。わたしの小さな胸でよければ」


 涙が枯れるまで泣いたという表現があるけれど、いつまで経っても枯れない涙はどうすればいいの?

 止まらないよ……こんなの、ズルいよ。



 ◆◆◆


 私は欠陥品として処分されることになった。

 元々マキナという名はシリーズ名。私は作られたモノだ。女神の使い(魔)シリーズのマキナでしかない。


 この決定にはいち女神の意見など通らない。

 アルマに私は救えない。だけど、ありがとうアルマ。私に名前をつけてくれた。


 嬉しかったよ。


 ◆◆◆


 ◆◆◆




 これはまた、辺鄙なところに飛ばされたものね。

 私の処分は永久追放だった。下界での違反行為は常軌を逸していた。破壊されるはずだった。

 けれど、アルマが自らの失態だと、女神権の剥奪を要求し、私の刑を永久追放に変えた。


 追放はアルマの手で行われた。彼女が女神として行った最期の仕事だった。


 そしておくられたのが、この辺鄙な世界だった。

 何もない。ただ荒野が広がっているだけの世界。


 これなら死んだ方がマシかも知れない。


 そう思った時だった。


 地平線の向こうから迫る砂埃。それは徐々に近づいてきて……私の前で止まった。

 とてつもなく不細工な牛のような動物が引く荷車に乗っていた男が私の前に降り立つ。


「お前、そんなとこで何してるんだ?」


 あぁ、


「どうした?」


 アルマの馬鹿……


「……帰る場所、私には帰る場所がない……」

「そっか、なら、うち来いよ」


 そう言って、彼は笑う。


「お前、名前は?」

「マ——あ、えっと、エレナ……」



「そっか。よろしくなエレナ。俺は————」




 私はもうと彼を殺さない



 ————完

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