第39話 初めての晩餐

「浮かない顔してますね先輩」

「………え?」

「やっぱ私、邪魔でしたね……」

「えっ?」

「お兄さん見損なったよ」

「は?」

「彰平くん控えめに言って最低よ」

「ちょっ……」

「死ね」

「おい」


 ボーッとしていいて、いつの間にか考え事をしてたら、そんなことを言われた。


「誤解だってほんと!あと死ねは言い過ぎ」


 今めちゃくちゃ死にたいけど。


 今日は初めて望月が訪れた祝うべきお夕飯会ではあるが、先日のことが気になり、気になり過ぎて、最近はずっと上の空だった。


 いよいよ明日まで迫ってきた新人研修、肩が重い、頭が重い、荷が重いの三重士。本音は蒼に押し付けたいが、明日は予定があるみたい。


 神宮寺は話にならないから置いといて、他の社員やバイト員もあまり乗り気では無く、キャリアが長い僕が任命された訳だが。


 正直言って行きたくない。だってあの子怖いもん。何されるか判った物じゃない。


 そういう点では、この目の前にいる、先輩になる後輩も似たようなタイプだから、気が合う気がする。2人揃って問題事を起こすのはご勘弁頂きたい。


「大丈夫ですか?熱とかあります?」

「至って健康よ。心身共に」


 めちゃくちゃ鍛えられてるからな。君らのおかげで。特に神宮寺、お前さんにね。


「ほんとですか?ちょっとおでこ貸してください」

「ん?」


 少し猫背になりながら、針ヶ谷特製パエリアを食べようとしたところ呼び止められ、顔を向ける。


 伸びてきた手を振り払おうかと迷ったが、それだと本当に具合が悪いと思われかねないので、素直に受け入れた。


 反射的に目をつぶって、額で他人の体温を感じ取る。


 こいつ、手広いな。


 そう思ったのは額の髪の毛が、少し後ろに下げられる感覚を覚えたから。


「きゃっ」

「え゛っ」

「あらら」

「………」


 途端にオーディエンスから悲鳴?が聞こえて来て、何事かと思い目を開いた。


 見誤った。こいつのネジはぶっ飛んでいる事を。


 最近ぶっ飛んだ話が多くって、感覚が鈍って来たが、神宮寺はそれと同じくらい、いやそれ以上に(頭のネジが)ぶっ飛んでいて、常識もクソもない人間であった。


「うーん。別に熱はないかもですね……」


 視界を埋め尽くすほど目前に、神宮寺の顔があった。


 伸びた手は僕の髪の毛を抑えてて、額に感じる体温は掌ではなく、神宮寺の額だった。


 いや肌綺麗すぎひん?顔整いすぎひん?と突っ込もうか悩んだが、目の前の異常事態に飲み込まれ、僕は固唾を飲む以外出来なかった。


「念のためお薬飲んだ方がいいかもです。確か予防にもなるみたいですし」

「そうだね。救急箱に入ってるから優紀、お兄さんに飲ませてあげな」

「やっぱり若いって素敵ね」

「そんな関係だったなんて……、私知らずにごめんなさい………」

「死ね」

「だからっ!!」


 僕が一体何をしたって言うんだよ!神宮寺に関わる全ての行動の基本的被害者!


 会心の一撃を不意打ちで食らった僕は、自分でもわかるぐらい顔が火照っていて、梅雨を開ける前に一足早く夏を堪能した。色んな意味で炎上だ。


 あぁ、美彩の目線が痛い。


「本当に大丈夫だ」

「ほんとですか?顔真っ赤ですよ?」


 誰のせいだ。誰の。


「ていうか、今日は望月が主役で集まったんだろ!?僕じゃなくて望月の話しろよ!」

「あ、それもそうですね」

「急に振らないでください」

「………話逸らした」

「もうちょい見てたかったわ」

「死ね」


 死にたいよもう。やだこいつ。


 パエリアを食べるタイミングを失ってしまいそうだから一口食べる。美味いのに、何故だろう。味がしない。


「穂乃佳、今日は来てくれてありがと!やっぱ顔合わせてご飯食べた方が美味しいね!」

「え、あっ、はい。………とても、楽しいです」

「それは何より。お兄さんも大手柄だったね」

「僕は大した事してないよ」

「何したかより、『どうなったか』よ?みんなで食べれて私は大満足」

「牡丹っちは食べるってより飲めれば良いだけでしょ」

「そんな事ないわよ?何を飲むかより誰と飲むか」

「言ってる事あやふや」


 わからんでもないが、確かに言ってる事に筋が通っているかと問われれば、怪しい。


 烏龍茶で喉を潤す。


 望月がパソコンを通して晩餐に参加していたのは、それなりの理由があった。その理由を知るか否かで、見え方は全く違うし、印象は変わる。


 彼女がどんな言い訳を並べてここに来たのか、両親は何故それを許したのか、僕には知る由もない。ただ、過程よりも結論という折坂さんの言葉を借りるなら、踏み出した一歩に釣られて出た第二歩が、二の足にならない事を願うばかりだ。


 望月の件は、誰が悪いと言えば全員が悪かった。しかし明確な悪意があったのは、聞くところによれば1人。不幸だったのはその後だ。


 大勢の悪意にも満たない僅かな嫌悪が、差し伸べた筈なのに首を絞めていた手が、全ての矢先が彼女1人に向いてしまったから、彼女はモニター越しに苦笑を浮かべるようになってしまった。


 緊張しているからか、少しぎこちない笑顔も、フレームがないだけでガラリと変わる。


 今日はまだ初回だから、次回はまたモニター越しになるかもしれないけど、いずれはこれが普通になる様に、手を差し伸べたい。くれぐれも、首を絞めない様に、そっと。


 僕の出来る範囲で、ほどほどに。


「おーい。聞こえてる?」

「え?」

「100聞いてなかったっしょ」

「……ごめん」

「ショーヘーは酒飲めるん?って話?」

「そうそう。成人した大学生って言っても、飲めない人に無理して飲ませるの私嫌いなのよ」

「はぁ………」

「で?飲める口?飲めない口?」

「…………………飲めなくはない、ですね」

「その言い方だとあまり強くない感じね」


 折坂さんのペースに合わせれる自信は全く無い。


 「ちょっと待っててね?」と言って立ち上がる際、前のめりになって強調された胸元に目線が引き寄せられ、引き剥がす様に横を向くと美彩と目があって、


「死ね」


 と言われた。


 この数分間に、僕は何度死刑宣告を受けるのだろうか。


「お待たせ〜」

「へー。梅酒なんて、珍しいじゃん」

「女の子を口説くなら梅酒って、相場が決まってるのよ?」

「僕男だし、口説いてるんすか?」


 あと相場って何処の相場だよ。


「そんなに強くないから大丈夫。ロックがオススメだけど、ソーダで割る?」

「なら一旦ロックで、キツかったら割ります」

「そこそこ飲んでるのね」

「まぁ、友達付き合いの一環で」


 手渡されたグラスを受け取り、熟成されたのが見た目からわかる橙色に近い液体を注いで貰った。


「僕も注ぎます」

「あら、ありがとう」


 自分のグラスを置き、変わった形の瓶を傾けて注ぐ。


「すげー、大人だー」

「優紀。酒が飲めるから大人って訳じゃないよ」

「でも美味しそうな匂いするよ瑞ちゃん」


 こんな些細な事で年齢を感じたくなかったと思いながら、グラスの3分の2ほど注いで傾けた瓶を戻す。


「かんぱ〜い」

「さっきしたじゃ無いですか」

「お酒は別よ」


 ニコニコ上機嫌の牡丹さんは、濃そうな梅酒のロックをごくごくと飲み始めた。


「…………………………」


 梅酒は度数が高いのに甘いから、ついつい飲みすぎて悪酔いしがちだと、友人に聞いた。僕も何度か飲んだ事があるから、身を持って経験している。


 グラスに入った梅酒を、口の中に流す。


 途端、梅酒固有の強烈な甘味とツンとしたアルコールの匂いが口全体に広がった。


 甘酸っぱいというよりただ甘く、そして濃い。それでいてくどく無く、鼻に抜ける香りは芳醇という言葉がピッタリだろう。


「どう?美味しい?」

「…………はい。とっても」


 しばらく飲んでいなかったから忘れていた感覚を思い出し、同時に嫌な記憶も蘇る。


『お酒を飲んで忘れられるのは飲んでからだから、忘れたい記憶があっても、お酒を飲んでも変わらない』


 そんな忘れていた言葉を思い出し、あまり強くない僕のアルコール耐性では正常な記憶など出来ずに、炭酸で割った後もおぼろげな記憶しか残らなかった。


 その後は調子に乗った折坂さんに甘いサワーを次々と飲まされ、ビールやら焼酎やらと続き、望月の歓迎会なのに、僕は対して祝う事もできず、アルコールに押し潰されていた。


 だから、ただひたすら楽しかったという記憶と、家主に迷惑をかけて、ソファで寝させてもらったのは覚えてる。

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