第11話 ひょっとこフェイス

「まぁ、無理だよね………」

「…………面目ない」

「ん?どうかしました?」


 あの後のアルバイトは、神宮寺の友人が「爽」というアイスを買い、霜が手に取った新刊雑誌のバーコードを読み取りシールを貼った後、予想通りお昼ご飯ラッシュがスタート。レジ打ちと品出しを繰り返して、30分ほど休憩室で休み、ホールとトイレの掃除をした。


 太陽が沈むと同時に労働から解放されて、連絡通りアジトもとい、針ヶ谷のマンションに向かった。


 しかし神宮寺もバイト後にアジトへ足を運ぶ習慣があったから、「僕は行くけどお前は来るな」なんて言えるはずもなく、適当な嘘で誤魔化そうにも、疲れ切った頭じゃそんな妙案は出てこない。


「したがって、連れてきてしまいました。申し訳ありません」

「別にいいよ。いつもの事だからね」

「?なんの話です?」


 君の話ですぅ。


「あれ?姉さんいないの?トイレ?」

「…………今日土曜日だよ。仕事後はちゃんと自分の家行くってさ」

「あ!そっか」


 メンバーのスケジュール知らねえのかこいつ。


「夕飯はどうするんだ?」

「いただきます!」

「……………………」


 話がある。そう言われたのに僕が断るのはあまりに空気が読めなさすぎる。他人に興味がない僕でも、それぐらいはわかる。


 かと言って一方的にご馳走になるのは気が引ける。何を今更って思わなくも無いけど。


「…………今度なんか奢らせてくれ」

「…………そうだね。お兄さんの気がそれで楽になるなら、奢らせてもらおうかな」

「ん?どういうことですか?」

「いや、別に」

「そ、何でもないよ。あと悪いんだけど優紀には、一つお願いがある」

「なになに?」

「お使いに行ってきて欲しい」


 そうきたか。


 神宮寺を連れてきてしまっても、一時的に追い出す事で「見せたい物」とやらを見せるのか。頭回るな針ヶ谷。


「えー、お使いー?私バイトで疲れたんだけどー」

「そうか。今日は優紀の好物、煮込みハンバーグにしようと思ったのだが、ひき肉がないと変更になるねぇ」

「行ってまいります」

「はい、買い物リスト。これで足りるはず」


 針ヶ谷はメモの紙とがま口の財布を渡す。


「ラジャー」


 扱いやすいやつだ。ウマの目の前にニンジンぶら下げる装置を神宮寺につけたら、世界一周してきそう。


「じゃあ頼んだよ」

「頼まれます!!」


 さっき脱いだばかりの靴を履き直して、全速力で出て行く神宮寺。どー見ても疲れてるようには見えない。


「…………ふぅ。さてと、………何から話すかな。個人的には一緒に買い物行かせて、フラグを立てたいところなんだけど…………」


 おっと?危ない発言ですよ?


「見せたい物ってなんだ?」

「そう焦らずに。…………とりあえず、これかな」


 そう言って針ヶ谷はノートパソコンを開く。


 古い機種ではないように見えるが立ち上がりが遅く「ヴーー」と唸っている。


 パスワードを打ち込んで「Mizuさん ようこそ」が表示されても、まだデスクトップは表示されない。


「話したと思うけど、まだ会っていないメンバーを紹介しようと思う」


 針ケ谷はパソコンのマウスを動かして、デスクトップにあるLINEアプリを開く。


「まぁ。僕自身も、直接会った事は少ない子でね。こうやってビデオ通話しか、上手く話せないらしくてね」


 どうやら顔合わせらしい。


 音声通話からビデオ通話に切り替える。


「あっ、もしもーし。ホノカ聞こえてる?」

『き、聞こえてるよぉ』

「…………じゃあ何でカメラオフにしてるの」


 パソコンの画面にはアイコンしか表示されていない。


『だ、だって!瑞ちゃんの隣に男の人いるじゃん!』

「お兄さんはさっき話した新入りさん」

「並河彰平です。よろしくお願いします」

『よ、よよ、よろしくお願いしますっ!』

「緊張しすぎ……。顔合わせなんだからカメラオフにしたら意味ないじゃん……」

『そ、そうだけどさ…………』


 意を結したのか腹を括ったのか、カチカチとマウスのクリック音の後、画面の真っ暗が一気に色づいた。


「………………………………………」


 カーテンを締め切っているのか、薄暗い部屋の中に、少女が一人。ベッドの枕元に可愛らしいぬいぐるみが陳列しているから、性別に間違いはないはず。少女だろう。


 恐らく少女である画面の向こう側の子は、「ひょっとこ」のお面をしていた。


 祭りの屋台に置いてあるような、口がタコのようになって、目が上と下を向いている、滑稽で腹立つお面をしている。


 違和感がないなと思ったら、LINEのアイコンだ。彼女の。ひょっとして、ひょっとこ好きなのかな?


「………おーい、ホノカ。顔合わせなんだから……」

『で、でもさ。素顔を見せたら拡散されちゃうよ?私お嫁にいけなくなっちゃう……』

「ならないよ……」


 お面がひょっとこだから、通話で聞こえる少女の声も弱気な表情も、ひょっとこに上塗りされてひょっとこが喋ってるみたいだ。


「…………たぶん今、お兄さんはホノカの事をひょっとこだと思ってるよ」

「うん」

『そ、それでも私はいいよ!?』

「よくないよ…………」


 なんだか癖の強い子だなぁ。神宮寺の周りはキャラが濃い人多いな。


「じゃあお兄さん、ホノカの目の前で誓ってくれ。ホノカの顔を見ても拡散したり、笑ったり褒めたり、指名手配犯にしないって」

『み、瑞ちゃん!?』

「はい。僕は誓う。決して指名手配犯にしない」

『りょ、彰平さんまで!?』


 ツッコミ担当なのかな?


「大丈夫。笑ったり褒めたり拡散したりしないから」

『………………………わ、笑ったら怒りますよ?』


 怒られたい気もしなくはないが、話の腰を折ったら二度と治りそうにないので、


「うん。笑ったらビンタしていいよ」

『届きませんよっ!』


 意外とノリいいんだな。


『笑わないでくださいね?本当の本当にですよ?』

「笑わない。本当の本当の本当に」

『絶対の絶対に?』

「絶対の絶対に」

『神様に誓っても?』

「神宮寺に誓っても」

「一気にスケールが小さくなった……」


 自分で言ってて何だこの会話。


『ちょっと、待っててください…………』


 お面の後ろに紐でもくっついているのか、それを解くひょっとこ少女。


『………………ど、どうですか?』

「…………………………………………」


 何というか、ひょっとこじゃなかった。当然といえば当然だが、それだけは確か。


 お面の下に隠れていたのは、色白なのに顔を真っ赤にした、垂れ目でくりくりした瞳が特徴的な、普通に可愛らしい少女だった。付け加えるならウェーブがかった黒髪に、額の見えるぱっつんの前髪は、自分で切ったのか失敗しました感満載。見られたく無いのも頷ける。


 今すぐ逃げ出したい気持ちをグッと堪え、チラチラと目線を向ける様は小動物みたい。


 しかし妙な期待をしていた僕は拍子抜けしてしまい、ため息をつきながら、


「………普通ぅ」

「………………確かに笑ったり褒めたりするなって言ったけど、普通ってお兄さん………」

『〜〜〜っ!』


 完熟トマトの様に真っ赤になった少女は、ひょっとこのお面をカメラに押し付け、声にならない悲鳴をあげていたので、とりあえず「ごめんなさい」と謝った。


 うん、まぁ、はい。一つ言い訳させて欲しいのだが、いや、無理だろ。褒めたりネタに走るなって言われたんだから。

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