第3話 自己紹介

「どうした彰平しょうへい?ゾンビみたいな顔してんぞ」

「…………ごめん………いいボケもツッコミも思い浮かばないから無反応でいい?」

「………………マジで何あったお前」


 「実は昨日のバイトで後輩にパンツ握らされ脅迫にあったんだ」と、バカ正直に話せばもっと心配されるだけだ。主に頭の心配。


 やはり今年の新入生は美人揃いだと言いたくてたまらない友人に、違う学部の女の子の話をする同じ学部の友人に、適切な相槌も適当な挨拶もできないのには、もちろん理由がある。


 例の事件があった後、家に帰るや否やベットに倒れ込み、疲労回復を図ろうにもうまく浄化されず。


 シャワーを浴びても飯を食ってもTwitterを眺めても、頭の隅には例のアレがくっついてて、ふとした時にムクムクと膨らんで脳みそを不安で埋め尽くす。


 再度ベットに倒れても寝付けず、何十回も誤解を解くセリフと弁明を考えて、何百回も寝返りを打ち、何万回も頭を抱えて布団にくるまった。


 結局寝れずに朝が来て、半分寝ている頭で授業開始を待っている。


「……………………ふぁ………」


 何度目の欠伸あくびか。


 僕が通っている大学は社会学の大学だ。どんな勉強をしているのか想像できない人も多いけど、僕もよくわかってない。


 大卒称号の欲しさと都会への憧れで大学選びをして、高校当時の成績が高かった公民が生かせる大学なら、正直どこでもよかった。


 だから授業は単位目的、不真面目極まりない態度で聞いている。


「はい。じゃあ授業始めるよ」


 教授のその言葉でハッとして、真っ白なページ目掛けてノートをめくる。


 社会学を学んでも、基本的には社会の仕組みと問題点のみ。その問題は解決されずに、なぜ問題が起きたのかの方に進む。


 僕はこの授業が嫌いだ。仕組み理解すれば自ずと用語が頭に入ってきたから、単純な覚えゲーだったから、高校ではそこそこ点数が取れたけど、今は全然違う。


 結局、真面目でもなければ面白くもないから、頭は別のもので埋まる。


「…………………………………………」


 ふと、「考えたくない事を考えない」というのは難しいのではないかと気づいた。


 「考えたくない」と考えてる時点で考えてるし、それをまた「考えない」と切り離しても、それは意識的な物だから「考えてる」ことになる。


 アリ地獄にハマったアリが抜け出せないように、パンツ脅迫にハマった先輩も、また抜け出す事はできない。


 そして忘れる事もできない。


 忘れられるくらい羞恥心を捨てればあるいは、羞恥心を快感に変えられるドMに成れればもっと違う展開もあり得るのだが、生憎僕はノーマルだ。


「……………神は残酷だよね」

「おい、どうした急に」


 無意識に発した思春期みたいな発言に、友人を困らせてしまった。このままだと病院に連れて行かれそうだ。


 そういえばまだ友人の紹介をしていなかった。


 彼の名は「しも文一ふみかず」。キャラの薄い僕からすれば充分個性的な性格と頭髪だが、残念ながらモブキャラだ。


 神宮寺には関係ないモブ中のモブ。たぶん僕も。


 あいつのような「人を惹きつける力」とか「スポットライトが当たるに相応しい」人間には、ぶっ飛んだ思考をお持ちの人間には、僕ら凡人では手に負えないしバックヤードに映る事すら烏滸おこがましいレベル。言うなれば無個性だ。


 昨日のアレはマジなのだろうか、気まぐれだろうか。いや、問題は吉と出るか凶と出るかだな。


 昨日からずっと、こんな話ばかりだ。


 どんなに考えたって、予想不可能、不規則変人の神宮寺様が僕の予想を通り越していくのは予想済み。そしてこの予想すら通り越す予想もして、あれ?これってさっきの「考えない」と同じでは?


 やめだやめだ。もう頭が痛くなりそうだ。ただでさえ寝てないんだし、教授の子守唄で夢の世界に逃げよう。


 起きたら現実なのは、寝ても寝てなくても変わらないが。


 そう言えば自己紹介もしていなかった。


 友人から呼ばれたように、僕の名前は「彰平しょうへい」。苗字は少し変わってて「並河なびか」と読む。


 少々珍しい苗字とは言え中身は平々凡々のモブ野郎。スポットライトを当てるにはあまりに華がない人間ですよ。

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