終章

 龍木の本社ビルから悠然と出てくる人影に、葛葉は手を振った。


「蔵王!」


 すぐに蔵王は葛葉に気が付いたようで、ふわりと柔らかい笑みを見せた。


「お待たせ、葛葉ちゃん。大活躍だったね」

「あちこち巡って来たから、足が棒になっちゃったわ」

「お疲れさま。みんな喜んでたんじゃない?」

「うん。みんなお帰りって。意外に覚えてくれてるものなのね。私が思ってたより、みんな私に期待してくれてるんだって思って、改めて跡継ぎ修行も頑張らないとって、気持ちが引き締まった。それより、そっちはどうだったのよ」

「まあ、多分大丈夫だと思うよ」

「多分って」


 そんないい加減なと、抗議しそうになった唇は蔵王に奪われて、声を発することができなかった。

「お仕事したご褒美ね」と軽く笑う蔵王は全く悪びれた様子はない。


「言ったでしょ? 僕には色んな知り合いがいるからさ。中には、かつては龍木で重宝されてたのに、少しの失敗であっさり首を切られたような人間もいたってことだよ」

「まったく。あなたの顔の広さには恐れ入るわ。少しの情報だけで、たくさんの内部告発者からの情報を引き出しちゃうなんて」

「火のない所に煙は立たぬ。多くの人々を踏み台にして作り上げてきたお城は、所詮は砂上の楼閣だったっということだよね」

「……つくづく敵に回したくない男よね」

「そんな男の心を虜にした葛葉ちゃんこそ、最強の女性だと思うけどね?」


 呆れたように言ったつもりが、逆ににっと微笑みながら返されてしまう。葛葉は何だか気恥ずかしくなって目を逸らした。


「と、とにかく。これから色々と忙しくなっていくわよ。大見得切っておばあさまに宣言しちゃったんだから」


 そう、これからますます忙しくなるだろう。

 数年の猶予があるとはいえ、次期跡継ぎとして学ぶべきことはたくさんある。

 長年のブランクが空いていたのだから、尚更だ。

 それに、今の仕事も中途半端に放棄するつもりはない。自分なりにやりたいこと、やるべきことをやり切って、引継ぎしていくつもりだ。そして、これまで得てきた編集能力、広報能力を、今後も別の形で生かしていくための土台も作っていく予定だ。


「おばあさまや、これまで虎月堂に関わってきた多くの人達が築いてきた、大きなものを受け継ぐんだもの。それこそ砂上の楼閣にしてしまわないように、自分なりにやれることをやっていかないと」

「有能な部下の存在も忘れないでもらいたいね」

「もちろん。もう二度と離すつもりなんかないわ」

「こちらとしても、離れるつもりもないけどね」


 蔵王と正面から向き合う。どちらからともなく、その影が重なった。

 再び離れ、葛葉はまっすぐに蔵王を見上げた。


「私はもう止まらない。走り続けるわよ」

「望むところですよ。お姫様」


 うやうやしく差し出された手を、葛葉は迷うことなく取った。

 そして互いに微笑み合うと、二人は歩き出した――。



 

 ――四年後。春。

 安政元年(一八五五年)四月に創業し、以後、茶舗として、また菓匠として、京都の地で長い歴史を歩んできた虎月堂。

 その新たなる当主として、若き女主人・虎月葛葉が就任した。

 傍らには、常に共に歩み、彼女を支える婚約者――蔵王の姿があった。

 その婚姻には、また一波乱あるとかないとか。それはまた別のお話だ。



―― 完 ――



―*―*―*―*―*―*―

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

引き続き、『虎月さんちのお取り寄せ事情』などの短編やアフターストーリーで葛葉と蔵王のお話や、その他、今回出てきたキャラなどのスピンオフを連載していきたいと思います。

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政略結婚させられるかと思いきや、幼馴染の腹黒イケメンに溺愛されています ~京の老舗・虎月さんちのお家騒動~ 秋良知佐 @akiyositisa

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