冒険者編

第21話 2ヶ月後

 

 最近、少しジメジメしてきた今日この頃。額にうっすらと汗を浮かべ、救いの風を待ち侘びるが、しかし、救いの手は差し伸べられず、まとわりつくような暑さは俺を離さない。


 魔法で風を起こす事もできるが、今はそんなことはできない状況だ。心の中で、深くため息をつく。


 依頼を受けてから、かれこれ3日ほど。初めて掴んだ絶好のチャンスだ。絶対に、ここを逃すわけにはいかない。


 息を潜める。深く、水底に沈んでいくように、体から一切の音を発しないことを意識する。


 集中して、集中して。ターゲットに狙いを定める。


 相手は臆病な生き物だ。完全に油断をするまで、手は出せない。


 ターゲットは、長い耳をピクピクさせて、周囲を警戒している。だが、何も感知できなかったのか、目の前の薬草をむしゃむしゃと食べ始めた。


-----------チャーンス!突撃ぃぃぃぃいい!!!


 瞬間、体の全てをフル稼働。静から動へ、一気に変化する。


 俺が動き始めた瞬間、ターゲットは顔を上げてこちらを認識し、すぐさまその身を翻す、が。


 「はっはぁ!遅いわぁ!」


 だがその対応は、コンマ1秒遅い!


 ターゲットに向かってヘッドスライディング。中学時代野球部だったことが、今ここで活きてくる!


 ターゲットを、この手に掴む。ばっちり、がっしり、しっかり、その30センチほどの丸々とした体を、俺はもう決して離さない。


 「ついにっ!レインボーシロウサギ、ゲットだぜ!」


 凱旋だ!







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 「ついてましたねーアオイさん。レインボーシロウサギが3日で見つかるなんて」


 「ほんと、俺もびっくりしたよ。2週間はかかると思ってたからさぁ」


 「報酬の、20ダンです。羨ましいですねー、3日で20ダンなんて。何か奢ってくださいよ」


 「えー、貯金したいんだけど」


 「何おじさんくさいこと言ってるんですか。ここはですね、昔泣かせた女の子に少しくらいご馳走してくれてもいいんじゃないですか〜?」


 「やめろ!誤解されるだろうが!ったく、わかったわかった。わかったから、それで奢らせるのもう5回目だからな?そろそろ許してくれよ」


 「しょーがないですねー。わかりました。そのかわり、期待してますからね!?」


 「はいはい。それじゃ、またな」


 ギルドの受付に依頼の達成を報告し、報酬を受け取る。受け取るときにへんなことまで約束させられたが、まあ少しくらい可愛いもんだ。


 それにしても、まさか3日で20ダンとは。なんてついてるんだ!いやぁ、最近頑張ってるしなぁ。報われたってことだなぁ。


 最近、そう、最近だ。


 あれから、俺が初覚醒をして森を2キロほど消しとばした日から、2ヶ月ほど経った。


 病院で広翔君に状況の説明なんかをしてもらって、その後4日で退院をした俺は、当然ながら無一文。


 広翔君に保護してもらおうかと思っていたのだが、何やら忙しそうに街を出て行ってしまったので、無理だった。


 だが、さすがは広翔君。退院する前日に、これからの当面の費用として50ダンものお金をくれた。


 ダンというのは、この国のお金の単位。下から、1カント、10カント、100カントで1ダンになり、10ダン、100ダンで1デゼルになる。


 1カントが日本円で言ったら100円ほどの価値がある。だから、1ダンで1万円、1デゼルで100万円。


 つまり広翔君は50万円もくれたということになる。うーん、頭が上がらないなぁ。


 しかし、50ダンあるとは言え、お金は使えばいずれ無くなる。自分で稼ぐ手段を見つけなければ、また一文無しに逆戻りである。


 そうして、俺は職探しを始めた。街を歩いている人に、何かいい職はないかと尋ねて歩いた。


 そうしたら、ほとんどの人が口を揃えてこう言ったのだ。


 『この街なら、冒険者だろ』と。


 冒険者!あの異世界系ライトノベルで定番だった、あの冒険者!この世界にもしっかりあったのか!と、俺は大興奮。


 教えてくれた人にギルドへの道を尋ね、俺はあの日、意気揚々と冒険者ギルドの門を叩いた。






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 初めて見た冒険者ギルドは、想像とは違って、なかなかに綺麗だ。俺は門の前でギルドの全体を見上げ、そう思う。


 茶色いレンガが積み上げられて出来ており、その大きさはかなりの物。なんと複数階建てとなっていて、見たところ4・5階は有りそう。この辺の建物じゃ群を抜いて高いし、敷地もかなり広めな為、なんだか入るのに緊張する。


 診療所もそうだし、今まで歩いてきた街並みもそうだったが、技術力はなかなかに高いのではないだろうか。もちろん、地球にあったような高層ビルはないが、冒険者ギルドや診療所は、田舎のマンションくらいにはしっかりしている。


 閑話休題まあ、それはともかく


 では、ギルドに入ろうか。ギルドの扉は2つあり、3メートルくらいの大きいやつと普通のものの2種類。異世界だし、巨人族もいるのだろうか。会ってみたいなぁ。


 普通のサイズの扉を選んで、押し開ける。


 「うわっ、すげぇ」


 その向こうには、想像していた通りの、いや、妄想していた通りの光景が待っていた。


 並べられた木のテーブルと椅子。まだ昼間だというのに酒盛りをしている奴らもいるし、会議をしているようなところもある。


 そして何より、そこにいるほとんどの人が武器や防具を身につけている。色とりどりのそれらに、思わず目を奪われる。


 さらに視線を動かすと、どうやら受付のようなところがある。受付嬢のような子たちが3人ほどいるので、間違いないはず。


 そう判断し、受付の方へ歩を進める。


 途中で、よくある定番の新人イジメみたいなイベント起きないかな、大丈夫かな、と心配していたが、そんなこともなく、無事に受付へと辿り着き。俺はとりあえず、1番左にいる子に話しかける。


 「あの、すいません。冒険者登録したいんですけど」


 「はーい。わかりました。では、この書類に必要事項を記入して、しばらくお待ちください」


 受付嬢はそう言ってこちらに1枚の紙を渡して、奥へと引っ込む。何かを取ってくるのかな?


 とりあえず、書類に記入しよう。えーっと..........あれ?この文字、何?


 俺の目に入るのは、見たこともない不思議な文字。文字、なのかもわからないが、書類に書いてある以上文字だろう。


 そういえばここ異世界だったな.........と思い直すが、しかし大事なのはそこではなく。


 読めるのだ。この見たこともない文字が、読める。意味もしっかり理解できる。なんだか、不思議な感覚だ。


 そういえば、異世界なのに言葉もしっかり通じてるじゃん。今まで気に留めていなかったが、これもおかしいことだ。


 そこで気づく。驚愕の事実に、愕然とする。なんということだ。


 「あの占い師、翻訳機能はつけてくれてたのか..........!」


 そうか、クソ使えないクソ占い師だと思っていたんだが、定番の翻訳機能はつけてくれてたのか。少し見直した。マイナス1億がマイナス9900万くらいにはなった。それくらい感謝している。


 書けるかどうかも試してみるが、どうやら問題なさそう。少し気持ち悪い感覚だが、こちらの世界にいる以上、日本語よりもこちらを使うことの方が多くなる。慣れていかないとな。


 書類の内容は、そう難しいものではなかった。出身地とか年齢とか名前とか、あとは特技などの欄もある。


 書き終わったので、戻ってきていた受付嬢さんに提出する。


 「えー、アマミズ アオイさん。20歳、ですか。出身地は.......ニホン?........この辺の生まれじゃないんですね。特技は特になし、と。間違いありませんか?」


 「あ、はい。大丈夫です」


 正直に日本と書いたが、まあ世界は広い。きっとどこかにそう言った名前の村でもあるのだろうと捉えてくれた。


 「そしたら、まずは冒険者についての説明からですね。必要、ありませんか?」


 「いえ、お願いします。相当な田舎から出てきたばかりなもので、あまりよく知らないんです」


 「なるほど、そうでしたか。それでは、一般的なお話からさせていただきますね。わからないところがあれば、質問して下さい」


 「お願いします」


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