第13話 .......攫われちゃったね

 夢を、見ている。朝起きて、夢の続きが見たくて二度寝した時のように。明晰夢とまでは言わないものの、なんとなく夢だとわかるような、そんな感覚。


 あたりにはただただ暗闇が広がり、上も下もわからず、立っているのか座っているのか、はたまた寝っ転がっているのかも曖昧で、意識が暗闇の中を揺蕩う。


 あたりを見回し、視線を元に戻すと、暗闇の中に微かな光が見えた。なんだか無性に気になる光で、俺は無意識のうちにその光の方へ向かっていく。


 光へはそれなりに距離があるらしく、すぐには着かない。


 この世界はひんやりとしたトロトロとしたもので満たされているようで、泳いでみるととても気持ちが良い。案外、距離があってくれて良かったかも。なんだか楽しくなってきた。


 小学校の時に水泳を習い、しっかり2級まで到達した我が技量、見せてやろう!と意気込んで泳ぎ出す。


 だが、意気込んだは良いものの、光への距離はそれなりどころかかなり遠かったらしく、なかなか辿り着けない。


 しかし、そこで諦める俺ではない。実はこう見えて俺はかなりの負けず嫌いなのだ。必ず、必ず辿り着いてやりますとも!


 そこから、酷く長いこと移動した。どれほどの時間が経ったのかはわからない。もしかしたら、実はそれほど経ってないのかも知れないとも思えてくる。不思議な感覚。


 泳ぐのが疲れたので、途中からは歩いたし、なんなら飛んだ。液体の中を泳いでいたつもりなのに、なぜそんなことができるのかは知らん。ただ、歩けると思ったし、飛べると思った。できると思ったから、できた。


 ん?できると思ったからできた?何言ってんだ俺。そんなの魔法じゃあるまいし。..........あーいや、夢ってのはそういう不思議なことが起こるもんか。


 そうして、ようやく。光の元まで、あと少しというところまで来て、気付く。


 扉だ。真っ暗で光以外は何も見えないが、おそらくここに扉がある。


 なぜって、光が鍵穴の形をしているのだ。


 おそらくこの光は、扉の奥から鍵穴を通って出てきているのだろう。まだ距離があるため中を覗き込むことはできないが、おそらくそうだと思う。


 閉まっている扉があれば、開けたくなるのが人の性というもの。パンドラの箱も、学校の開かずの扉も、鶴の恩返しも然り。まあ、あれはダメだと言われると開けたくなるよねってやつだから、ちょっと違うかもしれんが。


 ともかく、こんなに意味深な扉があるのだ。開けなければ逆に失礼というもの。


 ようやく、鍵穴に手が届くところまで来た。


 しかしこの鍵穴、相当でかい。俺の体と同じくらいの大きさはある。鍵穴がこれだけ大きいということは、扉の大きさは計り知れないな。


 さて、それじゃあ、と。鍵穴から中を覗こうとするが、届かない。


 あれ?さっきまで目の前にあったのに、と思ったら、いつのまにか俺は暗闇の中で立っていて、鍵穴は俺のはるか頭上にある。


 あっれぇ、なにこれ。ちょっと瞬きした瞬間に、いきなり移動してしまった。まあ夢だもんな。わけわからんこと起きるよな。普通に扉開ければ良いか。


 そうして、扉に手をかける。その瞬間。


 先程まで全くの音が存在しなかったこの世界に、騒々しい雑音が響き渡る。なんだか、猿の鳴き声のような、キキッキキッて感じのやつだ。


 それが聞こえると、俺の体は一気に扉から引き離される。おいおい!こんなに頑張ってここまで来たのに!


 あー、もう朝か。せっかく良いとこだったのになぁ。二度寝して続きみようかな。



        浮上する。



 今日何曜日だっけ?月曜か?なら1限からあるから二度寝できねぇな。くっそ、だるいぃ。




        浮上する。




 てか俺こんなアラームにしてたっけ。耳に障る不快な音。黒板を爪で引っ掻いた音も相当だが、これも負けず劣らずだな。




        意識が、浮上する。





  あーくそっ、うるせえうるせえ。わかったわかった。今起きるから。ったく、このアラーム優秀すぎだろ。










 ---------------目が、覚める。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜











 蒼です。目が覚めたら、お猿さんに囲まれてました。


..............いやどーゆーこと!?待って、情報が飲み込めなさすぎてやばい!


 落ち着け俺。情報を整理しろ。


 えーっと、俺はさっきまで変な夢を見てたわけだが、寝てたんだよな?あれ夢だよな?んで、なんでこんなとこで寝てるんだ?俺昨日の夜なにしてたっけ?確かいつも通りバイトして............あー、違うわ。


 そうか、ここ異世界だったっけ。やばいな、今の今まで忘れてるとか。どんだけ混乱してんだ俺。


 だんだん思い出してきた。昨日の夜は、確か小便しに行って、寝ようかなって思った時に、なんかすげー音が聞こえて、ついでにすごい揺れもきて。


 それに驚いてすぐさまあたりをキョロキョロしたら、結界の外にとんでもなくでかい猿がいて。それに目を取られてたら、いきなり気失ったんだよなあ。


 ああ、そうか。さっきからなんか頭痛いと思ってたら、殴られて気絶したのか俺は。漫画なんかではよくみるけど、実際に自分がやられるとはな..........。


 そして、このあたり一面無数にいる猿ども。よく見ればあの大きい猿に似てる気がする。主にこの気持ち悪い顔とか。今すぐ殴って陥没させてやりたいくらいには不快だ。まあ、そんなことした瞬間殺されそうだけど。


 だって、この周りにいる猿どもの数、尋常じゃないもの。暗くてよく見えず、確認はできないのだが、見える範囲でも50体くらいはいそう。


 大きさはまちまちで、俺の腰ほどの大きさの奴もいれば、2・3メートルあるような奴もちらほらいる。


 おそらくこいつらみんな、俺のことなんて遊ぶように殺せるような奴らだ。そしてそんな奴があたり一面、俺のことを取り囲み、ニヤニヤとした気色の悪い笑みを浮かべている。


 正直に言おう。めちゃくちゃ怖い。顔を陥没させたいとか、気色悪いとか。そんな強気なことを思っていないと、きっと怯えすぎて心臓止まるくらいには怖い。


 こういう時は余計なことを考えて恐怖を感じさせなければ良い。思考に、没頭する。


 広翔君達は、大丈夫だろうか。俺がどのくらい気絶していたのかはわからないが、まだあのとんでもなく大きい猿と戦っているのだろうか。


 正直、あの一瞬に感じた威圧感だけでも、人類が勝てるような相手じゃないと思うのだが。それでも、広翔君なら何故か勝てそうな気がするのが不思議なところだ。


 というかまあ、広翔君に勝ってもらって、俺を助けにきてくれることを願わないと、俺はどうやったって死ぬからな。そう思いたいってのが、正直なところかもしれない。


 どんどん思考を加速させる。


 てか、こいつらの目的はなんだ?さっきからニヤニヤ笑って遠目から眺めているだけで、殺されそうな気配を感じない。本来なら、わざわざ気絶させてここに運んでくる必要なんてないはずだ。だって瞬殺できるんだもの。


 もしかしたら、死ぬ間際の獲物の抵抗を眺める趣味でもあるのかもしれないな。叫び、もがき、苦しみ、死んでいく。そんな姿が見たいのかもしれない。顔でわかる。こいつら絶対性格悪いもん。


 もしもそうなのだとしたら、殺されなくてラッキーと捉えるべきか、これから訪れる未来を悲観すべきか。俺は痛みに強くないんだ。死んだ方がマシなような痛みを与えられるくらいなら、本当に死んでしまいたい。


 だが、先ほどから俺の脳みそを引っ掻くような聞いてるだけで吐き気を催す声や、人を不快にさせるためだけに生まれてきたようなその顔。


 それが群れをなし、輪をなし、その全てが俺に向けられているという事実に、怒りが爆発しそうなのも事実。


 生憎と、俺は生まれついての負けず嫌い。俺をいたぶろうものなら、恐怖など怒りで押し潰し、せめて一体でも道連れにして盛大に死んでやる。


 それすらも、地球にいた頃じゃ無理だった。だけど今は、魔法がある。


 地球とこの世界の、決定的で、大きな違い。か弱い人類が、自分たちよりも強大な敵に立ち向かうための、絶対的な条件。


 幸いにも、昨日メルから教えてもらったことで、俺はそれを多少使えるようになっている。


 昨日、初めて魔法が使えるようになった後も、しばらく練習を繰り返した。相変わらず内魔力を上手く感じることはできなかったが、それでも失敗することはなかった。


 しかもメルが言うには、すでに中級クラスくらいの魔法ならいけそうなくらいらしい。それがどの程度かは聞けなかったが、初級や下級と言う名前じゃないだけ威力には期待できるだろう。


 ははっ、なんか覚悟決めたら落ち着いてきたな。恐怖も少し和らいだ。


 よしっ、心の準備はできた。あとはもう、迷わない。敵が近づいてきたら、最大火力の魔法をぶっ放そう。なにが良いかな?やっぱり爆破かな。今のうちにイメトレしとこ。


 そうして、怒りを殺意に変え、頭の中で猿どもの頭をポンポン爆発させるという、ちょっぴり刺激的なイメージをしていた俺の耳が何かを捉える。


ズシン..........ズシン.........


 地響きが聞こえる。


 腹の底に、いや、心の底に深く響くような低い音。


 その音が響いた瞬間、周りの猿どもが急に静かになり、音の方に向かって頭を垂れ始める。


 その猿どもの態度と、音に乗せられた威圧感で、その音の主人の正体がわかってしまう。


 音が、近づき。真っ暗な木々の間から、それは姿を表した。


 考えたくも、なかったが。果たしてそれは、予想通りの結果に終わる。


 身の丈6メートルを超え、腕も、爪も、足も、歯も、毛も、そして髭も。何もかもが、先ほど結界を襲ったものよりも一回りでかい。


 ただ、見たもの全てに不快感と、そして強烈な恐怖を刻み付けるその顔は、憎たらしいほど変わらない。


 俺なんかが、人類なんかが到底太刀打ちできないような、まさしく"化物モンスター"と呼ぶべきそれを目の当たりにして。





   俺の心は、ポッキリと折れた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る