第12話 急襲

  地球にいた頃、俺はかなりの夜型だった。あーいや、地球にいた頃、なんて言っているが、この世界に来たのは昨日の昼間。まだ1日余りしか経っていない。


 だから、地球にいた頃、なんて、まるでこちらの世界に馴染みきった後のような枕詞をつけてしまったのは、自分でも少々驚いたが、それはさておき。


 俺は基本的に、夜の5・6時に眠りにつき、昼の13時くらいに起きるような生活を送っていた。ニートかな?いえいえ、学生ですとも。


 だからだろうか。今日一日鬼のように歩き詰めだったはずなのに、何故かすんなり眠ることができなかった。


 いや、もしかすると心の方かもしれない。この世界に来てしまったことを未だに受け入れられていない動揺なのか、これからのことに対する不安なのか。それとも、お伽噺でしか聞いたことのなかった魔法を実際に使えた興奮からか。自分でも良くわからないが、心がまだ眠りたくないと言っているのかもしれない。


 現在、時刻は夜中。野営の準備を終え、みんなでご飯を食べた後、男女別に分けられたテントでそれぞれ就寝することとなった。


 ただ、見張りはしっかりついていて、メル以外の交代制でやるみたいだ。メルはやんないのかって?ほら、あの子は育ち盛りの娘さんだし、なにより朝のあの様子じゃあできそうもないじゃん?


 まあ、そんなこと言ったらシロナさんもどうなのかって話だけど、一応シロナさんの番は1番最初に終えられていて、もうすでに就寝してしまっている。


 あ、そうだ。メルと言えば、魔法。


 あの、俺がなんの実感もなくあっさりと水球の魔法を発現せてしまった時、メルはそれを見て、目をカッ!と開いて、ついでにお口もクワッ!と開けて、愕然とした表情を浮かべていた。


 到底可愛らしい女の子がして良い顔ではなく、直してあげようともしたのだが、俺はこう見えて女の子に対しては割とシャイ。だからどうにもできず、静かに顔を逸らしてあげることしかできなかった。


 そしてその顔で十数秒間固まったあと、メルは俯いて、プルプルと震え始めた。


 え、何怖い。やばいやばいなんかやばい雰囲気ビンビンに感じるんだけど、と俺がびびっていると、メルが唐突に顔を上げ叫んだ。


「なんで..........なんでできてるんすか!?ここは情けなーく失敗した後に悔しそうにしながら自分に教えてくださいと必死に頼み込むパターンじゃないんすか!?んで自分が『しょうがないっすねぇ........ディゴバのチョコ1年分で許してあげるっすよぉ』って言って師匠ポジを確立して、果てには『師匠、ありがとうございます!おかげで魔法が使えるようになりました!1年分なんて言わず、一生養ってあげますからね!』ってなるとこっすよね!?」


「違うわ!この短時間でどんだけ未来のこと見えてんだよ!てか養うってなんだよ、俺は立派な一文無しだぞ!?」


 なんなら、俺がメルや広翔君に養ってもらうまである。さーて、家事全般の修行でもしようかなぁ!.........いや、決して胸を張ることではないんだが。


「てかそもそも一発成功ってなんなんすか?自分でも初めての時は1分はかかったってのに、10秒!?自分どうやってマウント取れば良いんすか!」


「取るなよ!シンプルやなやつじゃねぇか!」


 と、凄い勢いで捲し立てたと思ったら、流石に疲れたのか落ち着いた様子。それでも、うわごとのように「ありえない.......ありえないっすぅ.......」と呟いていた。いやほんと、良いキャラしてるよね。


 まあ、具体的に何歳かは聞いていないが、メルはまだまだ思春期真っ盛りの年頃だろう。こういうのも、余裕を持って受け取ってあげるのが大人の仕事だと、そう思った。


 とまあ、そんなこんなもありながら、とりあえずは魔法が使えるようになったわけだ。


 メルは師匠ポジを確立できなかったと言っているが、俺からすれば魔法が使えるようになったのは間違いなくメルのおかげだ。一から丁寧に説明してくれたし、わかりやすいように手本も見せてくれた。


 この世界ではおそらく魔法が使えるのが前提の生活を送らなければならない。だから、魔法が使えないというのは死活問題だったのだ。


 それを思えば、メルには感謝しても仕切れない。無事に街につけたら、1年分とは言わ無いまでも、頑張って稼いでお菓子の一つや二つ返さないとな!


 俺がそうして決意を新たにしていると、突然尿意を催した。ふむ、そろそろ寝ようと思ってたし、寝る前にお花摘まなくちゃ。


 俺は、現在見張り番をしているバンズさんに立ちション、もといお花摘みに行ってくることを伝える。結界内はそこそこに広いと言っても、女性陣がいる以上出来るだけ離れたところでするのがマナーというもの。


 バンズさんがコクンと頷いたのを見てから、俺はバンズさんがいる方とは反対側の結界の壁際まで歩く。


 それにしても、夜の森というのは本当に不気味で怖い。暗くて先が全然見えないし、今にも何か出てきそうだ。


 昨日俺が最初に飛ばされた場所は、まだそれなりに空からの光も少しは入ってきていたのだが、ここら辺の木は幹がバカみたいに太いし、木の傘の部分も大きく、太陽光や月光は本当にわずかしか入ってこない。


 昨日広翔君に出会った時も死ぬほど怖かったのだ。早く終わらせて寝よっと。


 俺は早々にお花摘みを終わらせる。男は楽で良いよね、出して出すだけだから。


 さてと、それじゃあテントに戻って寝ますか。明日も朝から歩き通しだろうし、きちんと休まないとね。


 そう思って、俺がテントの方に振り返り、一歩を踏み出そうとした、その瞬間--------


  ッドォンッ!!!!!


 世界が、揺れた。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 爆発的な魔力の気配を感じ取り、広翔はすぐさま目を覚ました。そして、次の瞬間。


 ッドォン!!!!!!


 と、尋常じゃない音が結界内に響き渡る。


「緊急事態!みんな、起きて!」


 先ほどまで寝ていたにもかかわらず、広翔は迅速に部隊に指示を出す。無論、広翔が指示を出す前に既に全員魔力の気配で目を覚ましていたのだが。


「バンズ!状況は!?」


「今の一撃で結界の強度が残り50%を切りました!感じる気配、攻撃力から考えて、おそらくBクラス以上の魔獣です!」


「わかった!」


 装備はそのまま着込んでいたので、武器である剣を素早く手に取りテントの外に出る。そして、見張りの番であったバンズに状況を尋ねた。


 そして、バンズとの情報交換の間に部隊の他の仲間もテントから姿を見せる。寝ている途中ではあったが、流石に騎士。戦闘のプロである彼らは、寝起きでも関係なく、戦う準備ができている。


 そして、外に出てきた彼らの視線の先には、一つの巨大な影がある。いや、


 あたりは真っ暗で、常人ならばそれを影としか捉えられないだろうが、そんなものは魔法でなんとかなる。


 すぐさま暗視の魔法をかけた彼らの目に映ったのは、一体の猿。


 猿といっても、もちろんただの猿ではない。その体長は5メートルを優に越え、全体的に細めの印象はあるが、手足が長く、その先には鋭い爪が生えている。


 また、全身は堅牢な体毛に埋め尽くされ、握られた拳はまるで岩石のようである。


 極め付きは、顔。その顔には、酷く歪んだ笑みが浮かべられており、その口から覗くのは、噛み切るのに特化したような鋭利な歯。


 広翔達は知っている。この非常に不快感を誘う魔獣の名は--------


  「みんな、敵はマリグナント。強さはおそらくAクラスに入りかけ程度。迎撃するよ!」


 『了解!』


 広翔がみんなに指示を出し、部隊員達は声を揃えてイエッサーを返す。それをスイッチに、彼らの集中はさらに深いものとなる。


 幸い、広翔達はこの魔獣のことをよく知っている。時間はかかれど、全員無事なまま討伐をすることができるだろう。そう、は。


 (あれ、ちょっと待って)


 そこで、広翔が気付く。いきなりの事態に思考が追いついていなかったが、もう1人、ここにいるべき人が、いない。


「バンズ!蒼さんは!?」


「っ!!そう言えば先ほど、尿意を催したとあちらの方に!」


 そうしてバンズが指す方向は、グラジーノとはちょうど反対方向。広翔は急いでそちらを確認するも、しかし、やはり蒼はそこにはいない。


「蒼さん!くそっ!すぐ助けに-------」


「2撃目来んぞ!結界が割れる!準備を!」


「っ!!!」


 ニックが叫ぶと同時、マリグナントの長い腕が思い切り結界に叩きつけられ、結界はパリンッという音と共に砕け散る。


 もはや広翔達と魔獣の間を隔てるものは既に無く。


 戦いの火蓋は、ここに切って落とされた。


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