シンカンカクスゴイカタイアイス①

 コンコが頬に手を当て目を細めさじくわえて堪能しているのは、あいすくりんである。

「冷たぁーい甘ぁーい美味しぃーい!」

 向かいでリュウは、財布を開いてため息をついていた。

 コンコがどうしても食べてみたいと言い、高島からの金が想像より遥かに多かったので、たまの贅沢ならいいだろうと、浅い考えで安請け合いしたのが間違いだった。

 想像を遥かに超える値段だったのだ。


「リュウは食べないの? 美味しいよ!」

「あのなあ、いくらしたと思っているんだ」

 すると匙にあいすくりんを取り、それをリュウに向けた。

「はい、あーん」

 リュウは頰を染めて目を泳がせ、匙を見つめたまま硬直した。

「もう、早く食べないと溶けちゃうよ」

 コンコは残念そうに自分の口へ運ぶと、先ほど述べた感想の通りに感動して、身悶えした。

「巫女の真似はよせ、はしたないぞ」

 途端に真顔になり目の焦点を失って、忘れていたのに……と、つぶやいた。


 死んだ魚の目をしたまま、再びあいすくりんを匙で取り、リュウに向けた。

 仕方なさそうに匙を受け取り、あいすくりんを口へ運ぶと、今までに食べたことがない冷たさ、甘さ、濃厚な味に驚嘆してしまった。

「もっと食べる?」

「うむ、残りでいいから半分くれ」

「文明開化も、いいものだねぇ!」


 冷たいものを食べたはずだが、心はほっこりと温まっていた。あいすくりんとは不思議な食べ物である。

氷水こおりすいっていうのも売っているんだね! どんなものかなぁ?」

「もう買えないぞ。おいなりさんも抜きだ」

「ええー!? せっかく関内まで来たのに!?」

 コンコのお気に入りの店が近いのだが、財布が軽くなりすぎて寄れなくなってしまった。


 あいすくりんを食べた満足感と、おいなりさんを食べられなくなった喪失感の間で、コンコの心は激しく揺れ動いていた。

 食べてしまったから、もう遅い。

 コンコは、ハッキリとしたため息をついた。

「あーあ、またあやかし退治をするしかないか」

 観念したことに安堵して、その場を立ち去ろうとすると、あいすくりん屋の主人がふたりの前に飛び出してきた。

「今、あやかし退治とおっしゃられましたか?」

 コンコとリュウが目を合わせ、主人に連れられ店内へと戻っていった。


 厨房にまで連れられて、主人を挟んでふたりが立つ格好となった。

「あいすくりんの作り方をご覧入れましょう」

「わぁ! 楽しそう!」

「まず卵を溶きます」

 なるほど、高いわけだとリュウは納得した。

「次に砂糖を入れます」

 そんなに多く入れるのかと、ふたりの顔が引きつった。

「そして牛の乳を入れます」

 これは苦手なのだと、リュウは眉をひそめた。

「よく混ぜたら、外に張った氷で冷しながら混ぜます」

 冷たいのだから当然だが、こんなに多くの氷を冷やすためだけに使うのか。それは高いわけだ。


 しばらくすると、混ぜるのに力がいるほど固さが出てきた。

「これで、あいすくりんの出来上がりです」

「うわぁ! 凄い凄い!」

「ふむ、これは面白い」

「あっ!!」

 そう言った瞬間、主人が天井の隅を指差した。コンコもリュウもそちらを見るが、何もない。

「何だ? どうかしたのか?」

「どうかしているのは、あいすくりんの方でございます」

 あいすくりんは、一瞬にして氷塊のように固くなってしまったのだ。


 夜であれば、あやかしの姿が見えるだろう、と言うことで夜警をすることになった。

 しかし、ただ待っているだけでは、何も出てこない。

 このまま朝を迎え、また明日あいすくりんが氷のように固まるようでは、武士の名折れだ。

 それに謝礼は解決したら、という約束をしたのだから、早ければ早いだけいいに違いない。


 待ちくたびれて、ううん…と唸ると、コンコが厨房を漁りはじめた。

「こらコンコ、悪戯をするな」

「稲荷狐の神様が悪戯なんかするものか」

 そう言いつつ、手にしていたのは卵だった。

「それをどうする気だ?」

 ニヘッと笑って、牛乳瓶も取り出した。

 まさかと思ってリュウは立ち上がったが、そのまさかだった。

「あいすくりんを作るんだ」


 幸い材料も必要な氷も、まだ残っていた。

 作り方は見たものの、それぞれの細かい分量がわからない。やむを得ない、目分量で作ろう。

「しかし何故、あいすくりんを作るのだ」

「そんなの決まっているじゃないか。目を離した隙に、あいすくりんが固くなりすぎる。あやかしの目当ては、あいすくりんということさ」

 そう説明しながら、コンコは西洋料理の料理人に扮していた。霊力を使ってでも、雰囲気を演出する衣装は欠かせないようだ。


「あああ! 砂糖が多い!」

「これくらい入れていたよ?」

「それはそうだが、もったいない」

 リュウは貧乏が板についているなと、コンコはため息を吐いた。

「お店で出すのと同じか近いものを作らないと、あやかしは出ないよ?」

「あああ! 氷をそんなに……」

「これくらい使わないと冷えないよ」

 あいすくりんの贅沢な作り方を見て、リュウはずっと冷や冷やしていた。それはきっと、あいすくりんよりも冷たい。


 あとは冷やしながら混ぜるだけなのだが、これが単調で固まってくるとヘラが重くなってくる、地道な作業なのだ。

「コンコ、代わるか?」

「やりたくなってきた?」

「そうではない。腕がつらいなら代わるかと言っておるのだ」

「でも、もうじき出来上がるよ」

 すると突然、あいすくりんを混ぜていたヘラが動かなくなった。

「あやかしだ!!」

 その瞬間、店内に吹雪が吹き荒れた。

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