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 ×月×日


 『芸術家タイプ』、そんな言葉にはいつだってルビが振られていた。

 『シャカイフテキゴウシャ』あるいは『ヘンジン』、場合によっては『イラナイコ』、言葉を向けられたその日、その瞬間によって半透明なフォントで刻まれた読み仮名は変わっていたが、大抵はこういったものが多い。

 卑屈すぎるって?

 その考えは、同じ言葉を向けられた事のない人間だからこそのものであって、所詮は第三者の戯言に過ぎない。

 何も知らないからこそそんな事平気で言える、それこそ、あの物語の主人公に向けられた『特別』の二文字と同じく、あの言葉にはある種の呪いが含まれている。

 「ずいぶんと自虐に過ぎておるな」

 考えを理解している筈だが、如月がそう返したのは何かしらの考えがあっての事だろうか。

 如月は浴槽の中に座り込み、浴槽に満たされた存在しない水につかったまま言葉を投げる。

 「よくわからない物に適当な名前を与えて一括りにして、其れを差別するのは人間の常套手段でしょ、ただその対象が、否応なしに共同生活をしなきゃいけない人間となれば、とりあえず端から見る分には悪口に聞こえない其れを選ぶだけの話であって」

 口の中一杯になった歯磨き粉を吐き捨て、自由になった舌で紡いだ言葉に、如月は言葉を返した。

 「自分が持たぬ能力に対して畏怖を覚えるのは当然だ、理解できぬ能力なら、今度は無関心かヘイトが常であるからな」

 「それならまだましだよ、実際のところ、何か特殊な力を持つと言うことは他で欠けている事の証明だ。

 だからこその社会不適合者なんだ、社会では何の役にも立たないスキルばかり持ってくるくせに、人間としてできて当然の能力が欠けているからね。

 否定したくてもそのことを一番よくわかってるだけにたちが悪い」

 出来損ないを人間と呼べればの話ではあるけど、本当に自分は嫌味な人間だ。

 口の中を水で濯ぐと、なぜか冷たい浴槽に身を沈めたままの如月へと向き直り、虚構の声を待つ。

 「自然界の動物とて、全ての個体が交尾して子孫残すわけでもあるまい、阿呆」

 二手先の言葉を用いた如月は、さらに浴槽の中に身を沈め、そんな姿に自分は言葉を投げた。

 「それで、いつまで水風呂に浸かってるの?」

 「おまえの意識が途切れるまでだ」

 「難儀なことだ、それじゃ自分は先に眠るとするよ」

 「薬は飲んだか?」

 「飲んだ」

 淡々と紡がれる言葉のやりとり、その最後に、如月は相変わらず落ち着いた声で、だけど妙に包容力のある声で告げた。

 「おやすみ」

 そう口にし、如月は浴槽の中に全身を沈めるのだった。

 

 

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