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 ×月×日


 『もし、夢が叶うのなら』

 これは程度の違いこそあれど、誰もが胸中の奥深くで思い浮かべる言葉だと思う。

 『夢は必ず叶う』

 対してこれはそんな思いが万が一口から溢れた際、時折投げかけられる言葉だろう。

 正直なところ、この言葉はあまり好きでは無い、何故ならこの言葉はある種のポジティブハラスメントの常套句だからだ。

 こんな事考えている地点で大概自分も捻くれているとは思うが、実際のところ大抵の物事には二つの顔があり、どんなに希望に満ちた言葉にも、取りようによってはそれだけ強い皮肉になり得るからだ。

 焚き火は暖かだが、その炎は紛れもなく何かを傷つける力を持っている。

 食事は命を繋ぐが、それは同時に間接的にとは言え他の何かを殺した証でもある。

 ある人は『誰も隅っこで泣かない様に、地球は丸い』などと歌ったが、それは同時に『角の無い世界だからこそ、隅っこで隠れる事も出来ない』という証明でもある。

 つまり、最初の考えに戻ると、『夢は必ず叶う』という根拠の無い肯定は、『悪夢も必ず叶う』という傍迷惑な理論武装の一つで、実際のところ悪夢と言う物は案外叶いやすいものだから吐き気がする。

 自分でも卑屈過ぎるほど醜い考えだと思うが、考えれば考えるほどその考えを否定するだけの答えを見つけることは出来ないと知らされるし、そもそも大抵の物事に『中立』が存在しない以上まともな答えは出ることが無いのだ。

 「何時時だったかな、お前は私の考えを『哲学的』だと称したな」

 自分にとって数少ない『中立』である如月は、何かを察してか不意に口を開いた。

 「爾来黙考しておったのだが、存外、哲学に執著なのはお前の方かもしれぬな」

 手の甲に浮いた血を舐め取り、やっと出血が収まった事に満足げに目を細めた如月はそんな言葉を口にする。

 「また妙な事を言うね」

 「そうでもあるまい、私に言わせてもらえばお前は随分と妙な考え方をする人間だよ」

 「つまりは如月の考えも妙な考えになるけど大丈夫?」

 その言葉に、如月は少しだけ笑うと床の上に横たわり、蛍光管の生む人工的な光を浴びながら口を開いた。

 「馬鹿だなお前は、考えるのはお前のちっぽけな脳みそ一つだが、私とお前は性格が違うのを忘れたのか?

 目に見える物が人によって違うのと同じく、同じ考えもまた通すフィルターによって姿を変える物だ」

 血の様に赤い瞳が見据える先、そこには安っぽいシーリングライトが張り付いている。

 蛍光物質を介して目に見える光を放つ蛍光管、その光を見つめる如月は、すっと目を細めてから言葉を続ける。

 「問いに対して穏当な答えを出すだけではつまらぬ、それは安寧では無く諦念の一つの形に過ぎんからな。

 問いに対し新たな問いで答えるのが哲学だ。

 そしてその一端で弾けた欠片を命題と呼ぶのなら、それ以外の物から無理矢理にでも中立を探すのも悪くなかろうよ」

 「随分と難しい話をするね」

 「判らないのであれば、これもまた哲学やもしれぬな」

 そう言い、如月は目を閉じると静かに目を閉じるのだった。

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