黒い影。

 落ちる夢。


 影はぬるぬる蠢き這う。


 浮かぶ髑髏は女神の顔。

 女神は崩れ、凱旋する。


 大蜥蜴が少女を喰らう。

 腕。

 足。

 太腿。

 鼠蹊部。

 順番に。


 毒の焔が沼となり、辺一面を犯し出す。


 黒い影が這って来る。

 ぬるぬるぬるぬる這って来る。


 逃げても。

 隠れても。

 それはどこにでも入って来る。


 ぬるぬると。

 ぬるぬると。





「調子は如何かね?」


 御剣のプライベートセーフハウス内。

 そこは、本人とナナミ以外、玄関どころか、どこにあるのかさえ知られていない不可侵領域。

 そこに「影」が忍び込む。


「ん?ぁ……あぁ……ああ……」

 御剣はどこからとも無く響いてきたその壮年か初老の男の声に目を醒す。

 どこをみるでもなく天井を眺め、頭の中に溜まった老廃物が押し流されるのを感じながら、呻く。

 「影」は吸気口、送風管、扉の隙間から漏れ出る様に、或は押し流される様に御剣のベッドのところまで来ると、隆起し、立ち上がり、人の姿を取る。

 髭を蓄え、片眼鏡モノクルをし、パイプを加えた老紳士の姿へと。

 その影の老紳士は御剣の顔を覗き込んでいる。


「あぁ……あなたか……お久しぶりです」

 御剣はその超常現象を当然の事として受け入れ、旧知の様な会話を始める。

やあサルウェ、調子は如何かね?色々と大変そうだが?」

「おはよう御座います……いや、あなたが来てるなら、まだ朝は遠いかな?」

 御剣はそのまま間木たちと交わすのと変わらない会話を始める。

「まあ、色々大変ですね……折角引退したに……」

「私も引退した身だが、解散したはずなのに後輩達が好き勝手して困るよ」

 その話を聞きながら、御剣は身を起こす。

「あなたは創始者なんだから、それくらいで困らないで下さいよ」

「まあ、その辺りは甘受しよう」

 互いに最初以外は顔を見合わせずに会話を進める。

「で、何故わざわざご隠居がここまで?招待はしてませんよ?」

「何、今日は月が奇麗だったのでね。あとは『塔』は私の時代の最後の弟子だから、かな」

「分ってますよ。殺しも殺させもしませんよ」

「なら、良かったよ。さようならウォーレ

 それだけ言うと、老紳士の影は溶け出し、部屋から出て行く。

「少しは僕も心配して下さいよ」

 御剣は虚空に向かって吐き出す。

「君の心配は要らんだろう?」

 それは、声だけ聞こえた。

「さて、準備するか……」

 御剣はそう呟くと、欠伸と共にナナミを呼び出し、ベッドから抜出した。


 顔を洗い軽く朝食を済ませると、ナナミと共に地下へのリフトに乗る。

 乗客の安全性を最小限に考えた機械類が剥き出しのリフトを降りると、扉の前で何やら呟く。

 すると、扉は一瞬業火を映し開き始める。


 その先は、装備弾薬の類いが並ぶ、武器庫であった。

 拳銃、短機銃、突撃小銃、軽機銃、機銃、光学照準機、手榴弾、スモーク弾、弾帯、ナイフ……

 およそ個人装備可能なものは大体揃っている。


「今回はどう行くんですか?」

 ナナミが作戦の大まかな方向性を訊ねる。

「んー?」

 御剣は短機銃等を選びながら、笑顔で応える。

「正々堂々、正面から」

「了解致しました」

 ナナミも装備品を選び出した。



×



「わたし、自由になれるの?」

 カレンは輝く瞳でジュスティーノに訊ねる。

「あ……あぁ……」

 ジュスティーノは少々濁す。

「どうして躊躇うの?」

「いや、都合が良過ぎる、と思ってな……」

 ジュスティーノは悪夢にうなされている間に懐に入れられたメモを見返す。

 そこには、こう記されていた。


『後輩殿へ

 明日明方お迎えに行きます。お姫様と一緒に脱出のご用意を。爆発を感じたら、玄関ホールで集合。——「剣のA」より』


「その剣の人って、スゴい人なんでしょ?」

「……ああ……」

 「塔」はあの時の一戦を思い出す。

「しかし、『後輩』とは何だ……?」

 そう呟くも、眼前の少女の光に溢れる瞳を目にしては、行動に移さない訳には行かなかった。

 武器弾薬の確認を始める。

「ねぇ……」

「何だ?」

 「塔」が装備品の確認をしていると、カレンが話し掛けてくる。

「自由って、どんな感じ?」

 言葉に詰まる。

「そうだな。あまり良いものではない。後、君の場合……」

「カレン」

 二人称を使うとカレンがジュスティーノの口に指を当て、怒った顔で覗き込んでくる。

「ああ……カレンの場合は……」

 ここで少し言いよどむ

「今より不自由を感じる場面も多いかもしれない」

 ナイフを数本仕込む。

「でも、ジュスティーノが一緒にいてくれるんでしょ?」

 ジュスティーノはこれにも鼻白む。

「あ……あぁ……」

「なら、安心ね!」

 ジュスティーノはそれには応えず、ポケットピストルに弾倉を込めると、カレンに渡す。

「最後は、自分の身は自分で護るんだ」


 振動。


 地震のある地域とはいえ、これだけの高層住宅で振動を感じる、と言う事は——

 ジュスティーノはそこまで考えると、カレンに向きあう。


「合図だ。行こう」

「うん!」



×



 猛スピードでベントレーが突っ込む。

 通常、こう云う建物はテロ対策でその様には突っ込めない。

 それが「通常の車」であれば。

 そのベントレーには高出力ターボジェットが搭載されていた。


「たのもー!!」


 「剣」は楽しそうに叫ぶと、ナナミとともにベントレーを乗り捨てる。

 ベントレーはそのまま入り口の守衛やセキュリティを突破すると、盛大に爆発する。


 それが「合図」であった。


「なんだ!?」

「カチコミかぁ!?」

 メディコ一家の構成員が次々と出てくる。


「ナナミ!」

「はい。先生」

 「剣」の合図でナナミは脹脛に取付けたロケットを発射する。

 それらは軽い音を立てると、そのまま着火、推進力を解き放ち突っ込んで行く。


 そして、出てきたばかりの構成員を吹飛ばす。

 まだ煙が納まらない中へ「剣」は突っ込んで行と、両手にもった短機銃のグリップで次ぎ次ぎと構成員をなぎ倒していく。


 正面のリフトが下りを示す。

 第一波が納まると、第二波が来るまえに短機銃を両脇に下げると、構成員が落として行った拳銃を拾い、そのまま第二波を待ち受ける。


 チン


 正面リフトが開くと、非常階段からも同時に大勢の男が飛び、或は撃ってくる。


「ナナミ!第二射!」

「はい。先生」


 ナナミは太腿に括り付けたロケットを発射する。

 こちらも第一射同様有象無象に襲いかかり盛大に煙を上げる。

 その中に「剣」は突っ込んで行き、奪った拳銃で至近距離で回転しながら、次々と構成員を撃ち抜いていく。

 手中の拳銃の弾が無くなったら次のを拾い、また次へ、また次へ。


 ロケットの煙が納まると、そこにはホールドオープンした拳銃を両手に持つ「剣」が立っていた。



×



「先ずは普通に出るぞ?」

 「塔」はカレンにそう告げると、何食わぬ顔で部屋をでる。

 廊下の向こうには見張りが一人。

 恐らくその角を曲がった先にも一人いるだろう。

 倒すのは容易いが、早い段階でバレるのも拙い。

「ここで隠れているんだ」

 そのままいつも通りに歩いて行く。


「おい。そこのお前!」

「あぁ!?」

 「塔」は見張りのガラの悪い男に声を掛ける。

「今揺れたが、何かあったのか?」

「あぁ!?てめぇには関係ねぇだろうが」

「俺はお嬢さんの護衛を頼まれているんだ。関係無いことがあるか。確認しろ」

「あ?あぁ……」

 男は軽くしたうちをすると、電話を取出し詰所に電話を掛ける。

 その瞬間、曲がった先にあるリフトの扉が開く。

「おい!ヤバいぞ!カチコミだ!」

 出てきた男はそう叫んだ。

「はぁ!?」

「何だと?」

 最初にいた2人はそう返す。

「とにかく、お嬢を!」

 リフトから出てきた男はそう告げる。

 判断のいい男だ。だが、運が悪い。

 「塔」はそう思うと、その2人の喉元を引き裂く。


「カレン!大丈夫だ!行けるぞ!」

「うん!」

 その声に呼ばれ、カレンは出てくると、血に沈む死体を見て言葉を失う。

「ここを出る、とはこう云う事だ」

「あぁ……あ……」

 ジュスティーノはカレンを抱き寄せ頭を撫でる。

「先ずは、地獄を抜けよう。一緒だ」

「……うん。」

 カレンは泣きながら応えた。

 後ろで爆発音が続く。





 二人の逃避行中ずっと爆発音が響いていた。

 そして、それは一々カレンのトラウマを刺激した。

 その度にジュスティーノはカレンを励まし、歩いていった。


 最初の二人以外、会敵はしなかった。

 恐らく「先輩」の活躍のお陰だろう。


 そうして、無機質な金属製の扉の前を通る。

 そこは最初に「塔」が腕試しをさせられた場所であった。


 2人がそこを通り過ぎようとした時、向かいの扉が開く。


素晴らしいブラーヴォー素晴らしいブラーヴォー!」

 そこでは、ドン・メディコが盛大に拍手をしていた。

 あまりの出来ごとに、2人とも呆気にとられる。

 すると、反対側の扉も開くと同時に、ドン・メディコのいる扉から銃撃が加えられる。

 「塔」は少女をかばいながら、開いたばかりの扉に転がり込む。


「いや、これだけ派手な揺動の準備といい、脱出の際は最小限の戦闘に抑えるといい、流石は『プロ専門』」

 ドン・メディコは一通り褒めた後、大きく口を歪ませながら笑う。

「しかし、これで袋の鼠、だ」

 「塔」が転がり込んだその部屋には、既に多くの構成員が配置されていた。


「メディコ!これはどう云う事だ!?」

 ジュスティーノは思わず聞いてしまう。

「それはこちらの台詞だよ、シニョール。何故『護衛対象』を誘拐しようとするのかね?」

 しかし、それは心配している親のそれではなかった。

 ジュスティーノは周囲の構成員を見ながら、ゆっくりと身構える。

「彼女を『護る』為だ」

「ふあはははは」

 メディコは声を出して笑う。

「いい判断だと思うよ、シニョール」

 そして笑顔を消すと、命じる。

「撃て」

 実に冷たく。


 銃声が響く。


 だが、その硝煙の中「塔」は立っていた。

 両手でナイフを放つと、自分に当たる軌道の銃口を逸らし、別の構成員に当てさせる。

 何故か味方が倒れ、困惑している構成員の隙を突き、「塔」は抜き出した拳銃で次々と周囲の構成員を倒して行く。

 そして、最後に、メディコの両脇に居た部下2人も倒す。


「素晴らしい!素晴らしい!」

 しかしメディコは動じる事なく笑っている。

「だが、私が第一波だけで終わらせると思うかね?」

 メディコが指を鳴らすと、第二波が出てくる。

「弾は残っているのかね?」

 既に両手の拳銃のスライドが開いているジュスティーノにメディコは悠然と訊ねる。

 装填の時間は無い。



 チン



 リフトの開く音。

「はい。お待たせ」

 それは「剣」であった。

「ナナミ!」

「はい。先生」

 それを合図に、ナナミはスカートの中に入った爆薬を全て発射する。

 そして、背中に抱えた重機関銃を構えると、そのまま掃射する。


 金属の扉は凹み、コンクリの壁はえぐれる。

 飛び散る薬莢。

 火薬の臭い。


「じゃあ、後は僕がやるから、ナナミは二人をよろしく!」

 「剣」はそう叫ぶと、煙の中に飛び出していく。

 そのまま、煙の中で一方的な戦闘が行われ、その隙にナナミは二人を回収し、リフトに乗り込むと、ケーブルを切断して降下した。


「素晴らしい!素晴らしい!流石は『プロ中のプロ』!」

 メディコは何故か嬉しそうにそう笑う。

 その影が、大きく揺れる。

「あぁ……やっぱりねぇ……」

 御剣も、何故か笑い出す。

「あんた、悪魔と契約しようとしてるんだろ?」

 影は粘性を増し、メディコを包み始める。

「ふん。分るのか」

 メディコが指を向けると、その先から液状の影が飛び出し、御剣が居たところを突き刺す。

「そちらも、副業だからね」

 御剣はその影にナイフを当て自身の位置も変える事で躱す。

「なるほど。尚素晴らしい!」

 今度は十指すべてから影を放つ。

 しかも一本一本のそれはうねうねと曲がり、御剣の位置を追ってくる。

 だが御剣はそれらを機関拳銃でいなして行く。

 散らばった薬莢と御剣のステップが舞踏会を開く。


「でも、まだ契約は完了していない様だね」

「ふぅむ」

 黒い影に覆われたメディコは笑顔を飲込む。

「『剣のエース』、よもやこれほどまでとはな」

『塔』後輩を雇ったのは、シミュレーションのつもりかな?」

 「剣」が銃弾を三点バーストで叩き込む。

 しかしそれはメディコの顔の直前で黒い影が盾となり、飲込んでしまった。

「まあ、そんな処だ。ふんっ!」

 今度はメディコの足元から影が八方に伸びる。

 その内の一つが御剣の足を感知すると影の錐が飛び出した。

 御剣はバック宙を決めるとその錐にも銃弾を打ち込む。

 銃弾の打ち込まれた箇所には次の針が伸び出していたが、その出ばなを挫く。

「な……」

「『副業』だって、言っただろう?」

 そのまま御剣は再度メディコの顔に向け三点バーストで撃ちこむが、これも先程同様になる。

「で、不完全だから、娘を生贄に契約を完成させようとした訳だ……」

「な?」

「何故解る、って?今、触れたからね」

 メディコは今度は右手の指全てから影の誘導針を放つとその先端でクラスター爆弾の様に炸裂する。

 周囲に針の後が穿たれる。

 だが、御剣はその全てを躱していた。

「後、もう一つ、別の感情があるな、これは……」

 御剣はそう呟きながら、再度銃弾を撃ち込む。

 こちらも同様に飲込まれる。

 だが、今度は今までと違い、機関拳銃の弾が尽きる。

「はっ。弾切れの様だな」

 メディコはここで余裕を取り戻すと、御剣を観察しながら何度か針を飛ばす。

 それらは全て躱されるが反撃はない。

「ふ、これから死ぬ者とはいえ、どうにも読まれた様で気分が悪い。先に自分の口から言ってしまおう」

 御剣は近づく様子を伺う。

「そうだ、アレは私の不貞の妻による、不貞の子なのだ」

 メディコはオペラ歌手の様な大仰な姿勢で語り始めた。

「アレの母は、見た目と頭の良さで孤児院から身請けしたが、こちらを出し抜く様な事をするので『商談』中に敵対組織幹部を暗殺する計画のついでに亡き者にしたが、それでも血を分けた娘と思い育ててやった」

 メディコはそのときの事を思い出すのか、手がわなわなと震え出す。

「だが、血を分けたればこそ、と思い育てた娘が、しかし托卵の可能性が出てきたのだ」

 メディコの感情に合わせて影が蠢く。

「わかるか!?この気持ちが!?故郷では相手にされず、移民先で成功しても二流扱い。ようやく広まったら今度はマーケットはアジアがメインになる!その上娘も他の男の胤だと!?コケにするのも大概にしろ!」

 影は次々と膨張し、或は針を飛ばし、穴を開ける。

「だから、今回も母親同様にしてやろうと思ったのだ」

 影が大きく膨れる。

「思ったのだが、だが……貴様が台無しにしようとしている!」

 大きく膨れた球体の影が御剣へ発射される。

 御剣はそれを躱すが、数本かする。

 そこから血がにじむ。

 「剣」が体勢を立て直そうとすると、再度球体が形作られる。

「分りたくないな」

 御剣はその球体を撃ち抜く。

「弾切れではなかったのか!」

「それはそっちが勝手に思い込んだだけさ」

 御剣の弾を撃ち込まれた球体は再度弾を飲込もうとするが、しかし、今回は炸裂した。

「な?」

「やっと、仕込み終わった」

 御剣が大きくため息を着くと、それを合図に影の表面にサンスクリット語の魔法陣が浮かびあがり始め、次々と炸裂の連鎖を起こす。

「貴様!」

「だから、『副業』だと言ったじゃないか。相手を見下し過ぎだね」

 メディコの体も、撃ち込まれた箇所と対応した部分が次々と血を噴き出し始める。

「きさ……ま……」

 最早影の護りが無くなったメディコはその場に崩れ落ちる。

「人を呪わば、穴二つ、だ。随分と情けない最期だね」

 御剣はそう言うと暫くメディコの体を見る。

「そろそろ、かな?」

 すると、メディコの体に散らばっていた影が群がり始める。

 それは体を飲込むとどんどんと大きくなっていき、オオサンショウウオが立ち上がった様な姿になる。

 最後に、喉の付近からメディコの顔が出てくると、それが獣の声を発し始めた。

「サラマンダーかぁ……しかも契約が不完全なまま力を使うから、ああ……」

 サラマンダーは「剣」を視界に入れると、そのまま尻尾で殴り掛かってくる。

「話が通じる相手じゃなさそうだな……」

 サラマンダーは飲込んだ感情に任せ、体中から焔を放出し、周囲を破壊し、或は構成員の死体を食べ始める。

 燃え盛る焔は同時にその付近を浸食し始める。

「これは、僕も逃がしてもらえない感じかな……」

 そう言うと御剣はため息をつく。

「仕方ない。とっとと片付けるか」

 「剣」は懐から取出したデリンジャーを自分のこめかみに向けて撃つ。

 御剣はそのまま血を流し横に倒れる。

 その音にサラマンダーが反応し、御剣の体に近づき食べようとする。


「ぅぅあぁぁあああ」

 突然、御剣が叫び出す。

 それに驚いたサラマンダーがメディコの声で叫び熱風を放出する。

 御剣の背中に黒い羽が生え始める。

 それはコウモリの様でもあり、或はもっと強力な生き物の腕の様でもあった。

 ただし、全てが漆黒の液体の様な影でできている。

「ぅぅぉぉぉおう!」

 御剣は叫び声と同時に腕を振ると、その腕の先から馬の顔が飛び出す。

 馬はにたりと嗤うと、肉食獣の様な牙を見せサラマンダーの左前足に噛み付く。

 噛み付かれたサラマンダーは焔を吐き馬の頭を焼くが、同時に馬の頭はサラマンダーの前足を喰いちぎる。

 吹飛ばされた馬の頭は燃えながら前足を咀嚼した。

 腕を喰い千切られたサラマンダーはしかし、そこから再度ねたねたとした液体と共に前足が生えてくる。

 サラマンダーはそのまま御剣を尻尾で薙ぎ払おうとする。

 ダクトが巻込まれ漏電したのか火花が散る。

 「剣」はその尻尾を翼で受け止めると、今度は両手を振う。

「『凱旋車イル・カッロ』!」

 そう叫ぶと両腕から山車を引いた黒い馬が現れる。

 それはまたしてもにたりと嗤い今度はサラマンダーの両腕を喰いちぎる。

「エト『死神イル・モルテ』!」

 「剣」の声を合図に山車から無数の矢が飛び出し、サラマンダーの目や口などに刺さり続ける。刺さった先で小さな髑髏がけたたましく嗤う。さらに山車からがしゃどくろが大鎌を振り回しながら出てくると、けらけらと不快な音をたてながら幾度もサラマンダーの顔を切りつけ、或はメディコの顔をめった斬りにする。その間も髑髏の矢が降り注ぎ続ける。

 サラマンダーの首が大きくズレるが、その口から再度焔が吐かれ馬と死神を焼き払う。

 しかし、「剣」はこの機を逃さずそのまま翼とその先の爪で切りつけると、サラマンダーの首を完全に飛ばす。

「『正義ラ・ジュスティッツィア』!」

 追撃の手を緩めず次を叫ぶ。

 目からは血の涙が流れる。

 すると、今度は秤と剣を持った女神が立ち顕れる。

 その女神が微笑むと、顔が溶け、髑髏が剥き出しになる。

 突如鐘が鳴り、天秤に乗せられたサラマンダーは剣で刺し貫かれ、そのまま燃え上がると、髑髏の女神サラマンダーの串焼きを喰らい始める。

 メディコの体もろとも。

 女神はサラマンダーを捕食し終えると、そのまま御剣の体に戻って行った。


「うぁぁ、おおぉぉぅおお……」

 黒い影が体に戻ると、御剣は呻き出し、酷い嘔吐感に襲われ、踞る。

 そのまま仰向けで倒れてしまう。

 周囲に火の残ったまま。


「起きましたか?先生?」


 それは聞き憶えのある声と、見憶えのある顔だった。

「ぅぅうあ……あぁぁああ……ぉうぅあぁ」

 御剣は何とかそちらの方を見る。

 それは、ナナミだった。


「迎えに参りました。動けますか?」

 そこで御剣の意識は途絶えた。

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