20 違和感

 20 違和感


 怠惰の限りを尽くした春休みが明け、クラス替えをしたばかりの新学期の教室で、熊坂を見つけた。同じクラスになった事に特別感慨も無かったが、顔馴染みに挨拶をしないのもなんだと思い、熊坂の席へとそのまま足を向けた。

「よう」

 声を掛けると、熊坂は顔を上げ、俺の顔を確認して朗らかに笑った。

「皆藤君、おはよう。これから一緒のクラスだね。よろしく」

 熊坂は俺と同じクラスになれた事を心底喜んでいるように、無垢な笑顔を見せた。だけど、この時から既に、歯車は少しずつ狂い始めていたんだ……。


 光陰矢の如し。

 時間は瞬く間に過ぎ去り、気がつけばもう五月に入っていた。ゴールデンウィークも終わり、特別なイベントも無いまま、穏やかに緩やかに過ぎ去っていくであろう筈だった時の流れに、一つの違和感を覚えた。

 きっかけは、極々瑣末な事。見慣れた帰り道の道端に、新しく芽生えた花を見つけるような、本当に些細な出来事。

 ある日を境に、熊坂は体育を休むようになった。一度なら気にも留めなかっただろうが、二度三度続けば流石に異常だ。

 ある日の昼休み、俺は熊坂に尋ねた。

「ああ、最近体調悪くてさ。ちょっと、体育は辛いんだ……」

「風邪とか?」

「ううん、そう言うんじゃない。けど、大丈夫だから……」

 それっきり口を噤んだ熊坂を訝しく思いもしたが、本人が大丈夫だと言っているのだからと、それ以上の追及をしなかった。

 そしてそれとほぼ同時期に、教室の喧騒の中で嫌な噂を耳にした。

 熊坂が、不良グループとつるんでいると言う噂だ。

「私見たんだもん。熊坂君が、宮内君と一緒に居るところ」

「えー? 見間違いじゃない? 熊坂君があのグループと?」

「本当なんだってばー!」

 宮内とは、同学年の不良グループのリーダー格の男だ。そいつの父親も、何とかって言う企業のお偉いさんだとかで、その力を利用している狐のような男だという話もまた、別な噂で耳にしていた。だが、まがりなりにも不良グループを纏め上げているであれば、求心力もそこそこあるのだろうと推測出来る。廊下ですれ違った時の宮内の印象は、虎の威を借っていると言うよりは、虎さえも従えさせるというような、ギラギラした物が溢れていた。

 熊坂が、そんな奴らと?

 そんな疑問を抱いていたある日の昼休み、俺は熊坂に声を掛けられた。

「……ごめんね、皆藤君」

「どうした? 何かあったのか?」

 熊坂は、酷く怯えたような目で俺を見ていた。教室の隅っこで、まるで薬の取引でもするかのように、慎重に、だけども罪悪感に滲んだ瞳で、俺の顔を見ては、目を逸らす。床に唾を吐くように、そのまま俺の目を見ずに呟いた。

「今日、放課後、校舎裏に来て欲しいんだ……」

「校舎裏?」

「うん……、じゃあ、伝えたから」

 熊坂はそのまま教室を飛び出して行き、午後の授業にも出て来なかった……。

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