9 フラッシュバック

 9 フラッシュバック


 夜、ディナーの後に部屋で本を読んでいるとノックの音が聞こえた。

「武文様、アワレでございます」

「アワレ? いいぞ」

 答えると、ドアが開く。

 あれから毎夜、アワレと会話を楽しむ習慣は続いていた。だが、今日はいつもよりも時間が早い。

「どうした? 今日は早いな」

「あ、いえ、武文様にお電話が入っております」

「電話? 父さん?」

「はい。どうぞ、居間の方へ」

 促され一階に降りる。

 俺に電話をかけてくる人間なんて父さんしか考えられない。そして俺は電話をかける事は皆無なので、部屋にも必要ない。よって、この屋敷は広いにも関わらず、電話は居間に一台きりだった。今までは一定回数なるとベルの音が大きくなったのだが、アワレがいるとその必要もないようだ。

 ――それにしても、何だろう?

 訝しげに思いながらも、受話器を手に取った。

「もしもし?」

『武文か』

 父さんの声を聞くのも、何だか久しぶりだ。前に聞いたのがいつだかわからないくらいなのだから。俺が父さんとの会話に興味が無いだけか、どちらにしても酷い話だとは思うが、特に心は痛まない。

「うん」

『元気か?』

「まぁまぁ、何?」

『食事は済んだのか?』

「ああ、うん、さっき食べたとこ」

『さっきのあれ、こないだ届いたやつか?』

「ああ、アワレ? うん、そうだよ」

『アワレ? お前、あのロボットに名前つけたのか?』

 電話越しで意外そうな父さんの声を聞き、そう言えば今まで他の機械には名前なんてつけていなかった事に気づく。

「まぁ、識別ネームが必要だったとかで、適当にね」

『そうか、しかし、しっかり喋るんだな。最近のロボットは……。それにしても、どうしてアワレなんて』

「なんか、用事があったんじゃないの?」

『ああ、いや、頭痛の方はどうだ?』

 父さんは、口ごもるように言ったが、俺はぶっきら棒に返した。

「相変わらず痛いよ。何?」

『あのな……、実は、昨日、熊坂君のお母さんが会社の方に見えてなぁ』

 その名前を聞き、ズキンと脳の奥の神経が唸る。

「う、うん……、なんだって?」

『まぁ、あれだな。今では本当にすまない事をしたと思ってるって、逆に謝られてしまってなぁ……。迷ったんだが、とりあえずお前には伝えておこうと思ってな……』

「そう、なんだ……」

『近い内に、一度家へ帰る。お前の顔も見たいしな。じゃあ、これからまた会議があるから……』

「うん……、じゃあ……」

 受話器を力無く置く。驚く程大きい音を立てた受話器を暫く眺め、痛む頭を抑えながら、俺は部屋へと戻った。

 階段が辛い。身体が随分と重い。身体の中に、鉛を流し込まれたみたいだ。手すりに手をかけて、一段ずつ何とか上る。頭痛は執拗に俺を責め立て、同時に様々な記憶を蘇らせる。


『皆藤、お前さっさと学校辞めちまえよ』

『お前金持ちなんだってなぁ。俺今月ピンチなんだよね、ちょっと貸してくんない?』

『てめぇふざけんなよ! お前の所為でなぁ! 俺らの人生めちゃくちゃだよ!』

『あんたって、本当に血が通ってるの? なんでそんな事出来るの?』

『気持ち悪い、こっちに近づかないでくれる』

『こいつ、殴っても全然怯えた目しないんだぜ、なんかムカツク』


 記憶の中の連中が、好き勝手に俺を罵倒する。だけど、こいつらの言うことなんか、流そうと思えば流せる。だけどいつも、いつも視界の隅に映りこむ熊坂を意識するだけで、俺の頭は割れそうになる。

 ――俺は、あいつの所為で、咎を負ったんだ……。

『ごめんね、皆藤君』

 うるさい……。

『僕だって、こんな事したいんじゃないんだ』

 黙れ……。

『皆藤君は、強いもんね。僕の気持ちなんか分からないよ』

 黙ってくれ……。

『もう疲れたんだよ。だから、ここで終わりにするんだ』

 やめてくれ……。

『全部、全部皆藤君が悪いんだからね』

 頼むから……。

『バイバイ……』

 脳の奥が、引きちぎられるような痛みが一瞬走った。階段を上り終えた時、視界が闇に沈んでいくのを感じた。だけど、そこから先の記憶は無い……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る