あなたのアワレでございます
泣村健汰
1 配達日
1 配達日
人間の行動なんて、その殆どはなんとなく行ったものに過ぎないだろう。余程確固たる意志を持っていたとしても、その理由を選んだ理由も突き詰めて行けば、所詮はなんとなくと言う事が多いはずだ。だから、俺がこいつにその名前を付けたのも、大した意味は無い、ただなんとなくの行為なんだ。もし、そのなんとなくを神様や何かに支配されてるんだとしたら、この世界は神様に操られてるのは間違いないだろう。どうでもいい事だけど……。
「うわっ!」
呼び鈴の後、玄関から知らない誰かの驚く声が微かに聞こえてきた。きっとまた、宅配便を届けに来た配達員が、玄関の荷物受け取り兼警備ロボットに肝を冷やしたのだろう。警備ロボらしい威圧感を漂わせるその風貌に、初見で驚かない者はまずいない。
扉の閉まる音が聞こえた後、たっぷり10分程時間を置いてから、部屋を出て階下へと向かった。
玄関に置かれていたのは、かなり大きめのダンボールの箱。差出人を見ると、いつも通り父さんの名前が記されていた。
どうせまた、新しいロボットでも送って来たのだろう。深く溜息をつきながらダンボールを開けると、中には頑丈そうな、カプセル型の物がダンボールギリギリに収められていた。
表面には大きく『HR‐C7』と記載されている。そのカプセルは上部が薄っすらと透けていて、ちらりと中を覗くと、そこには眠っている女の子がいた。
一瞬人間が入っているのかと焦ったが、冷静になって考えてみれば、父さんがダンボール箱に女の子を詰めて、俺に送ってくる訳が無いと思い至り、やはりこれはロボットだと言う結論に帰着した。
スイッチを探るように表面を触っていると、カプセルの左横にボタンがあった。強めに押すと、カプセルは機械的な音を立た後、ゆっくりと開いた。
中で眠っていたロボットは、中世文学にでも登場していそうなメイドの格好をしている。そしてそれは、一見すると人間にしか見えないような、リアルなものだった。改めて口元を確認してみるが、呼吸をしていない。もし死体じゃなければ、人間である訳が無かった。
次の瞬間、ピーッと言う電子的な音を発しながら、メイドは唐突に目を開き、上半身を起こすと、そのままゆっくりと立ち上がった。
音が鳴り止んだと思ったら、今度は機械的な音声が聞こえてきた。
『タダイマ、キドウニトモナイ、プログラムノフォーマットヲオコナッテオリマス。ショウショウ、オマチクダサイ』
口は開かずに、頭頂部から聞こえてきたその声に従い、暫し待つ。少しの間、再び電子的な音をピロピロと漏らしていたかと思えば、不意に音が止んだ。
機械的にギギギと言う音が聞こえてきそうな動きはせず、非常に滑らかに、ともすれば人間以上に人間らしく、メイドは表情を変えぬままこちらを向いた。
『フォーマットガカンリョウシマシタ。マスターノ、オンセイカクニンヲオコナイマス。アナタサマハ、ミナフジタケフミサマデ、ヨロシイデスカ?』
感情のこもっていない機械的な音声に、ああ、そうだよ、とぶっきらぼうに返す。
俺の声をしっかりと認識したのか、ロボットは見開かれた目の奥に電子的な光をちらつかせ、再びピポパポと音を放った。
『オンセイノカクニンガ、カンリョウシマシタ。ツヅキマシテ、シキベツナンバーヲヘンコウシ、シキベツネームノニンショウニ、イコウイタシマス。コチラノシキベツネームハ、コンゴヘンコウハデキカネマスノデ、ゴリョウショウクダサイ。ソレデハ、オスキナシキベツネームヲ、オッシャッテクダサイ』
目の前のメイドは、頭のてっぺんから、俺に向かって無機質にそう話しかけてきた。聞き取りづらい機械的な声をなんとか耳に溶かし、ふと思う。きっとこいつも、人間がエゴを極める為に作られた産物なのだろう。そう思えば、その存在自体が哀しくさえも感じた。
だから俺は、なんとなくこいつの事を哀れだと思った。
「アワレ……」
本当に、なんの気無しにそう言ったんだ。
『シキベツネームヲニンシキシマシタ。シキベツネームハ、「ア・ワ・レ」デ、ヨロシイデスカ?』
「ああ、いいよ、何でも。面倒くさい」
『リョウカイイタシマシタ。クリカエシニナリマスガ、シキベツネームノヘンコウハデキマセンノデ、アラカジメ、ゴリョウショウクダサイ。ソレデハ、メインプログラムニ、シキベツネームヲ、ハンエイサセテイタダキマス。ショウショウオマチクダサイ』
メイドはそう呟くと、再び瞳の奥に再び電子的な光を輝かせながら、これまた電子的な音を外部に漏らした。それから暫くして、ピーッと言う、誰かが遠くで笛でも吹いている様な音を最後に、音と光は止まった。
それからメイドはしゃなりとこちらへ向き直り、上品と言う言葉を体現したような仕草で、スカートの裾を軽くつまんでから、右足を引いて少し身体を傾け、俺に微笑みを向けた。
「武文様、お初にお目に掛かります。あなたのアワレでございます。これからどうぞ、よろしくお願い致します」
先程までの機械的な音声ではなく、口を開き、肉声に近い声で喋り掛けてきた。
これが、我が家に新しいメイドロボットが、宅配便で届いた日の話である。
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