第47話 新たな殺人(1)

 市場の前には、ハンスが立っていた。茶色いボトルに入っている液体を飲みながら待っているその姿は、ボロボロのロングコートの姿も相まって何処か浮浪者のように見える。


「ハンスさん、そのコートそろそろ買い換えた方が良いんじゃないの? 別に稼いでいない訳でもないんだろうし」

「開口一番何を言い出すかと思いきや文句か。……良いじゃねえか、別に。俺はこのコートお気に入りなんだ。それにこれは良いんだよ、結構使い勝手が良くてよ」

「……いや、見た目的な問題が一番だと思いますけれどね? ハンスさん、一応警部なんでしょ。だったらもっと見窄らしくない格好にすれば良いというか……」

「そりゃあ駄目だな。俺はそういう格式張ったものは嫌いなんだ」


 警察官を全否定したようなコメントをしたハンスだったが、持っていた小瓶をコートのポケットに仕舞うと、ふらふらと歩き始めた。

 その風貌はどう転んでも警察官には見えやしない。けれども、ハンスの見た目はそれで正解なのかもしれない。

 警察官と言えば傲慢な態度を取るのが殆どだと言われている。何故なら彼らは公僕として知られていて、数々の権力を振るって、人々へ横柄な態度を取っている人間が多い――人々は少なくとも警察官に対して良い印象を抱いていない。それは、彼らが行ってきた数々の小さな積み重ねによるもので、今更それを謝罪したところで、オセロのように挟めばひっくり返るみたいなことは起きやしない。


「……毎回思うが、あの警察官はちょっとどうかしているんじゃないのか?」


 アンバーは小声でマナに問いかける。

 アンバーは新聞記者だ。ということは、警察官にもコネクションは持っている。そんな警察官のデータベースからアンバーは考えるに、ハンスみたいな警察官は見たことがない――という結論に至ってしまう。

 そもそも警察官は、小汚いことが有り得ない。見た目は綺麗にしていて、そしてプライドが高く、いつもこちらを値踏みするように下に見ている――アンバーの持つ警察官のイメージは、そういうものだった。

 しかしながら、ハンスはどうだろうか?


「やぁ、ハンスさん! うちの焼きそば、買っていってよ! 今日は美味しく出来上がったんだぜ! ハンスさんならオマケにうちで手に入ったチョコレートもあげるよ!」

「いやぁ、俺甘いの嫌いって知っているよなぁ? 甘いのは嫌いなんだよぉ、甘ったるいというか、何というか……。チョコレートを良く貰うことはあるし、貴重品であることは重々承知しているんだけれどよぉ」

「まぁまぁ、そう言わずに! 美味しいからさぁ!」


 ……とまぁ、そんな感じでチョコレートと焼きそばの入った袋を渡されてしまった。


「ハンスさん、相変わらずですね」

「要らないって言っているんだけれどなぁ……。まぁ、あそこの店主は一度助けてやったお礼をしてやりたいと思っているんだろうよ。とはいえ、もう何度もこうやってお礼を貰っているつもりなんだがな……」


 袋を持ち上げながら、少しだけ顔を顰めるハンス。


「どうしたの、ハンスさん?」

「これ、焼きそばが出来立てだろ。そしてその上にそのままチョコレートが乗せられている訳だ。……つまり、チョコレートをどかさねえとあっという間に溶けちまうじゃねえか!」


 そう言うと、チョコレートを取り出して中身を確認する。チョコレートは銀色の紙に包まれていて、それを見た限りでは中からチョコレートが染み出している様子はない。しかしながら、触っただけでも分かるぐらい、チョコレートは柔らかくなっていた。


「げぇっ。予想通りだぜ……、相変わらず行動力の化身だよ、あの店主は。チョコレートと焼きそばを一緒に放置したらどうなるかなんて、簡単に分かりそうなものなのによ」

「甘いものが嫌いなら、貰っても良い?」


 マナはハンスからチョコレートを奪い取るように手に取ると、そのまま銀紙を剥がしてチョコレートを口の中に放り込んだ。


「もぐもぐ……、おっ、これアーモンドが入っているじゃない。ってことはかなり高級品よ。チョコレート自体食べられることは珍しいし、私達市民が食べられるようなチョコレートは色々と混ざっているから、本物って感じがしないけれど、これはカカオの香りがするし」

「確かハンター協会のカフェテリアでは本物を出していると聞いたことがあるが、何処まで本当なのかな」


 ユウトの問いにマナは答える。


「そりゃあ、正解ね。ハンター協会は上とのコネクションがあるし、ハンターのモチベーションアップを目的に、『本物』を安く提供している……なんて聞いたことがあるし、実際あそこのメニューは美味しいでしょう? 私は情報屋だから本来はあそこで食べることは出来なかったりするんだけれど、一応ライセンス登録はしているし」

「……そういや、マナもハンターライセンスは所持しているんだっけな。でも、外に出たことはないんだろ?」

「出なくても良いような仕事をしている訳だしね。……ハンターの方が手っ取り早く稼げるのは分かっているけれど、私みたいな人間が稼ぐにはこれしか道がなかった、ってだけの話よ。別に、変な話でも何でもないと思うけれどね。ハンターに向いている人間はハンターになれば良いだけの話で、情報屋に向いている人間は情報屋になれば良いだけのこと……、ただそれだけのことなんだから」

 

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