第32話 捜査開始(4)

 現場には、既に警察官の姿はなかった。かと言って、この先の出口が工事で塞がっているために、ここを利用する人間は皆無だ。しかし、ユウト達にとってはそれが有難いことであって、現場状況を再確認したいマナとアンバーにとっては最高のチャンスでもあった。


「しかし、現場を確認したい――とは言ったものの、実際にこう見てみるとそこまで酷いものでもないというか。血液を洗い流して、死体を何処かに持って行っただけか?」


 アンバーが分析してみるものの、実際はそうではない。血液を洗い流してはいたが、全て洗い流された訳ではなく、少し地面を見ると血液が残っている箇所がある。とはいえ、先程の様子を思い返してみると、壁に血液がべっとりと塗りたくられていた惨状と比べると、今は九十パーセント以上綺麗になったと言えるだろう。


「……血液は凝固してしまいますからね。ミュータントだろうが、人間だろうが、それは一緒だと思いますけれど。しかし、少しはまともに綺麗にしてくれるもんだと思ったけれどなぁ」

「壁を綺麗にしたのは、持ち主の問題じゃない? ほら、ここの壁……つまり、家屋の持ち主は流石に血液がべっとりとついている壁をそのまま放置したくないし、自分は被害者なんだから警察が綺麗に落とせよ――と文句を言いたくもなるんじゃない? こればっかりは、実際に家を持っていないから分からないけれどね」


 マナの理屈も分かる。しかしながら、理屈をどうこねくり回したところで、理屈は理屈。現実の事実を受け入れることが出来たとしても、それを理屈で跳ね飛ばすことは不可能に近い。理屈というのは言葉で捲し立てるための手段であって、事実を揉み消すことは不可能だからだ。

 マナは改めて事件現場を確認する。石畳のストリートは、左右にしか道が存在しない。そのうち右は元々やって来た道であって、アネモネの入り口があるメインストリートへと続いていく。そして左の道はまた別の場所に繋がっていた道ではあったが、今は道路工事に伴い接続されていない。仮にそこを通る人間が居たとしても、工事の作業員が目撃しているはずだ。そして、先述の入り口は薬師が常に確認していた。

 不審者たる少年または少女が路地に入ってから警察官が入ってくるまでの間、誰も入っていない。そして、誰も出てきてはいない。つまり、その少年が被疑者或いは重要参考人として警察の事情聴取が必要たる存在であると言えるのだろうが、残念ながら少年はローブを深く被っており、人相を確認することが出来ていない。少年か少女かすら分からないぐらい、ゆったりとしたローブを羽織っていたというのならば猶更だ。


「……どうしましょうね、この事件? 私は探偵ではありませんし、昔の名探偵が持っていたと言われているような灰色の脳細胞も持ち合わせてはいませんけれど、少しはこの事件について考え直さないといけないのでしょうかね?」

「そんなこと俺に言われても困るな。今回の事件、もとい事象はお前が持ってきたものだろ。だったら、情報屋であるお前が事件を解決しろよ。話はそれからだろ」


 突き放すような物言いではあるが、しかしそれは事実だった。今回の事件を持ちかけてきたのは、他ならぬマナだった。ユウトとルサルカはそれに巻き込まれただけに過ぎない。アンバーは元々今回の事件を追いかけていたのだから無視するとしても、その事件を解決するのは自分ではない――と言うユウトの言い分も間違ってはいなかった。


「ユウト、少しは同じ釜の飯を食べた人間を助けると思って、知恵を貸しては頂けないんですか。……別に事件を私の代わりに解決しろ、とは言いませんよ。最悪、私が事件を解決しなくても警察に事件を解決してもらえばそれで良いんですから」

「……いや、それはそれでどうなんだ?」


 ユウトの言葉を余所に、ルサルカは地面をじっと見つめていた。


「……ルサルカ。そういえばずっと地面を見ているけれど、一体どうしたんだ?」

「もしかして、何か見つけたのかい。ルカちゃん、頼むよ、私に何か活路を見出してくれないか……!」


 最早神頼みをするマナに、溜息を吐くことしか反応が出来ないユウト。

 ルサルカはじっと何かを見つめていたのだが、やがて石畳の端っこにある石に指を引っかけた。


「……おいおい。幾ら何でも石畳を知らない訳はないだろう、ルサルカ。石畳というのは、石を並べて隙間を固めているから、そんな石なんて外れないようになっていて――」


 かぽん、という音を聞いてユウトは目を丸くした。いや、正確にはユウトだけではなく、マナやアンバー――それに石畳の石を外した張本人であるルサルカさえも目を丸くしていた。

 石を外すと、そこには錆びた鉄板が置かれていた。つまり石畳はフェイク――そう実感したアンバーはルサルカの隣の石畳を解体していく。少し引っかかりはあるものの、然程力を必要としない。どんどんと外れていく石畳は、やがて隠していた鉄扉を露わにさせた。


「……これって、どういうことだよ?」

「隠し扉、という奴だな。シェルターには色々とあると言われているが、まさかこんな場所にあるとは……」


 アンバーはそう言いながら、取っ手に手をかける。

 少し力を加えただけで、扉はゆっくりと開いていく。使われていない扉であるならば、錆び付いてしまって動かなくなってしまったり、或いは動きが鈍かったりするのだが、そんなことは全くなく、非常にスムーズに開かれた。

 中には梯子が闇深い地下へと広がっているのが確認出来る。そして、それを見たアンバーは間髪を入れず、中へ入っていった。


「おいおい、マジかよ……」

「ここで中に入らなかったら、ジャーナリストとして駄目だからね。まぁ、およそ見当はついているよ。ここが何処に繋がっているのか、ということはね」


 そうして、アンバーを先頭に、ユウト達は地下へと入っていく。

 シェルターの地下は、ハンターの大半ですらも把握していない――シェルターの闇とも言える場所であった。ユウトもシェルターに地下があることは、噂程度でしか聞いたことがあるぐらいで、それ以上の情報は仕入れていなかった。

 梯子を降りると、少し遠い位置に松明の明かりが見える。ただの地面ではなく、水が流れている。どうやら下水道へと繋がっているようだった。


「……何処へ向かうんだ、俺達は?」

「まあまあ、ついていけば分かるよ。君だって、噂の一つぐらい聞いたことはないかい?」


 やがて松明の明かりに辿り着いたユウト達は、その松明の下に置かれている看板に目をやる。

 そこにはこう書かれていた――この先、第一貧民街。


「貧民街……?」


 ユウトの呟きに、アンバーは答える。


「シェルターには何も地上だけが存在している訳じゃない。光あるところに陰もある。そして、貧民街はその陰だよ。シェルターの『暗部』……、それが貧民街だ」


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