第29話 捜査開始(1)

 マナを筆頭に、ユウト達はストリートを歩いていた。歩いている理由は、何もない訳ではない。ファントムの事件を追いかけるためだった。どんな事件でも、地道に足で稼がねば何も始まらない――それは何処かの誰かが古い書物に書き残した名言ではあったかもしれないが、今ではそれはただの詭弁と化していた。


「……結局、付き合わないといけなくなった訳だが……」

「まあまあ、良いじゃないの。私だって、まさかこんなに大所帯になるとは思いもしなかった訳でね? 少しぐらいは有難いとも思っていたのだけれど」

「何故だ? 寧ろ少人数で行った方が、意見も聞きやすくないか?」

「意見というよりかは尋問に近いかもしれないけれどね……。ともあれ、これからどうするんだ? まさか、この辺り一帯の人間に聞き込みとか……? それは警察にやらせるべきだと思うけれど」


 ユウトの言葉に深々と溜息を吐くマナ。


「言いたい理屈は分かるけれど、私は情報屋という仕事をしている訳だ。――いつも情報を仕入れておかないと、生き死にに関わる訳。そして、今回のファントムの情報はセンセーショナルになることは間違いないわ! 絶対、何か良い情報を手に入れて、それを高く売りつけることが出来るはずよ」

「金に目がないね、相変わらず……」

「それはお互い様でしょう?」

「……お互い様、ねぇ。まあ、言われればその通りかもしれないけれどさ。少しは謙遜した方が良いと思うけれどな。後、あそこで暮らしている以上はそれなりにお金に不自由はしていないと思うけれど」


 ユウトの言葉を聞いて、首を傾げるマナ。


「何が? まさか、私が納付金を少なくしている、と言いたいの?」

「納付金?」


 ルサルカはマナの言った単語を反芻する。


「アネモネに限らず、ああいう宿では納付金を納めないと部屋を借りることは出来ないんだよ。家賃に食費、光熱費に水道代……その他諸々がかかる経費を、ある程度安く見積もってくれた金額を提示してくれて、俺達はそれを了承して部屋に入る、って訳。とはいえ、金額の基準が明確に決まっている訳じゃないから、極端に安くして経営を悪化させる宿もあれば、高い金額を納付させてほかの宿に行かせないようにする、奴隷みたいな宿だってある。……そう考えると、あそこは悪くない宿だと思うよ。マスターがハンター上がりだからかな?」

「あぁ、そうかもね……。仕事柄、色んなハンターと出会って殆どの宿には行ったつもりではあるけれど、多分あそこは良くも悪くも平均的。安くはないかもしれないけれど、それなりのサービスは提供してくれるからね。……だからこそ、私はマスターを裏切りたくないの」

「裏切り……か。まあ、言い得て妙だな。マスターは色々とこちらに気を配ってくれているのは確かだし、裏切りたくないのは確かだ」


 ユウトとマナはそう会話をしながら、辺りを見回していた。

 理由は、質問が出来るような人間が居るかどうか――そのチェックだった。

 とは言っても、全員が全員そういう知能を持ち合わせているのは当然ではあったが、問題はそれを認識しているかどうか――ファントムのような対象を見つけるということは、少なくとも怪しい人物が怪しいものであると認識出来るような存在でなければ難しい。例えば子供や老人であるならば、認識能力は成人のそれと比べて格段に落ちる。


「……この辺りの人間に話を聞くのが一番だろうが、ここは宿場しかない。外に出歩く人も居ないから、なかなか調査することが難しいような気がするんだよな」

「それは私だって分かっています。けれどね、見つけないといけないんですよ……、生きていくためには」

「薬は要らんかねー、ポーションに毒消しは要らんかねー」


 そんな声が聞こえたので振り返ってみると、そこには大きいリュックを背負った小柄な女性が歩いていた。


「あれって……薬師だよな? いつも宿やハンター協会の集会所にやって来ている」


 アンバーの問いに頷くユウト。


「確かに、うちの宿にも来ていたよ。今日は未だ来ていなかったけれど……」

「ねえ、そこの薬師さん!」


 ユウトとアンバーが話しているうちに、さっさとマナは薬師に向かって走っていた。

 薬師は声をかけられ立ち止まると、マナに向かって柔和な笑みを浮かべた。


「はいはい、どうしましたか。薬が欲しいんですか」

「薬というより、情報が欲しいかも」

「?」


 薬師は首を傾げると、マナは半ば一方的に話し始める。


「さっき、あそこの路地で殺人事件があったの。状況からして犯人は世間を賑わせているファントム。……であるならば、あそこの路地に誰かが入っていかないと、殺人は出来ないはず。それに、犯人は武器を運んでいたはずだから相当目立っていたはずなのよ……。でも、この辺りって出歩く人が少ないでしょう? だから――」

「へへぇ、だから私に声をかけたってことですか? 薬師ならばここを出歩いているから、と……」

「話が早くて助かるわ。で、どう? 怪しい人物を目撃した?」

「それなら、ポーションを購入して欲しいですねぇ」

「……え?」


 目を丸くしたマナに、薬師は首を横に振って、


「いやいや、だって情報が欲しいんでしょう? こっちだって商売でやっているんです。ポーションぐらい買ってもらわないと情報は提供出来ませんよ。それに、あなたは情報屋でしょう。情報の価値は一番分かっているはずですからねぇ」

「……ご尤もな言い分だが、どうする? マナ」


 アンバーの言葉にマナは俯くことしか出来ない。

 確かに薬師の言っていることは正論だ。情報を無料で提供しろ、というのは虫が良すぎる。それが、商売をしている人間から得る情報であるというのなら、こちらから先に金銭を支払って、少なくともその時間分の価値を提供しなければ話にならない――それは情報を金に換えている情報屋なら、嫌という程知っていることだった。

 

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