第28話 現場確認(2)

「写真撮影は終わったか? だったら、さっさと帰るんだな。あまり関係者以外にゃ見せられねえんだよ、こういうところは。現場の調査もしなきゃならねえし……」


 ハンスはぶつくさ言いながら、現場をキョロキョロと見渡した。何か探し物があるのだろうか、それとも単純に周囲を確認しているだけだったのかもしれない。


「ハンス警部、何かお探しですか?」

「……相変わらず、綺麗な現場だよな――ファントムはそういうやり方でやって来ているんだから、今更何を言ったって意味はねえんだろうけれどよ」


 ハンスの言う通り、現場は綺麗に整えられていた。正確に言えば、血が壁にべっとりと付着はしているものの、乱雑に付着している訳ではなく、何処か絵画のような見栄えすら感じさせる代物となっていた。

 それを見たユウトは、ぽつりと呟く。


「……ファントムは、殺人を芸術に仕立て上げているのか?」

「ご明察。流石じゃねえか、お前さん。冒険者にしちゃあ、筋が良いな。今からでも警察官になってみねえか? 働きがいはあるし、給料も安定しているぜ。ハンターはハンターで面白いかもしれねえが、こっちはこっちの楽しみ方がある。……そうだろう?」

「そりゃあそうかもしれないが……、でも残念。今は未だこっちの方が身の丈に合っているものでね……、少しばかし遠慮させてもらいますよ。またの機会にしてもらいたいですね、その機会があればの話ですけれど」

「分かっているじゃねえか。……まぁ、チャンスなんていつやって来るか分かんねえし、チャンスをチャンスと認識出来るかどうかもまた問題よな。チャンスはやって来るものではなくて、自分で掴むものかもしれねえ訳だし。そんな俺だって、ちゃらんぽらんに過ごして来たら、気が付けばこんなところまでやって来ていたしよ……」

「ちゃらんぼらんだという自覚はあったのか……。いや、別に批判するつもりはないけれどさ、少しは自分に自信を持ったらどうなんだ? 一応警部ってことはそれなりに評価されてきたんだろうし……。評価されないことだって、多々あるだろ? 多分、きっと、メイビィ。……他人のことをとやかく言うつもりはないけれどさ、でも俺もそういう人間だしな……」

「……ユウト、結局何が言いたいんだ?」


 マナの冷静なツッコミに、我に返るユウト。


「……あ、あぁ、済まない。別に変なことを言いたかった訳じゃない。訳じゃないんだが……、やっぱり今のハンターも未来は結構暗いしな」

「それは何処だって言えることだぜ。……警察官なんて、公務員だから未来は安定だ――なんて言えるかもしれねえが、それはあくまでも表向きのイメージだ。中では抗争やら何やらと面倒臭いやり取りが雁字搦めになっちまっている。そんな生活を何十年も続けられるのは、それが好きな人間か、別の仕事に転職出来なかった不器用な人間か……。少なくとも、俺は後者だな。こんなことを好きな仕事だと思う人間の方がどうかしているぜ」

「いや……、どんな仕事でも好きじゃなきゃ長続きしないと思うけれど? 割り切ってやっていく人も居るっちゃ居るけれどさ、それも限界がありそうなもんじゃないか?」


 ハンスは頭を掻いて、現場をぐるりと見渡した。


「そんなものかね。――例えば、この犯人だって、或いは好きな仕事だと思っているのかね。人を殺すことを? だとしたら、間違っているとは思わんか」

「それを何とかするのがアンタの仕事だろ。何のために警察官を名乗っているのさ」


 ハンスとユウトはしばし睨み合う。

 警察官とマナが慌てながらそちらを見ていて、どうやってこの事態を終息させようかとやきもきしていたところだったが――。


「……ぷっ、あははっ! 良いねえ、最近のガキにしちゃぁ珍しく、権力ってもんを恐れない。そういうガキは好きだぜ。だがな、忘れるなよ少年」


 ポン、とハンスはユウトの頭を軽く叩いた。


「そういう何でもかんでも噛み付くのは悪いことじゃねえけれどな……、分別を持って取り組めや。まぁ、全く敵いそうにない存在に噛み付いて存在感を示すのも悪くねえが……、お前さんの寿命が持たねえ。そう思ううちに、お前さんはシェルターから追放されてミュータントの餌食にされちまうだろうな。でもよ、これだけは忘れないでおいてくれよ……。未来を作るのは、いつだって若者だ。年寄りじゃねえ。そりゃあ、年寄りは敬っておいて損はしねえよ。だからといって、年寄りの言うことばかり聞いていても意味はねぇ。何故ならそいつは、確実にお前さんより早く死ぬからだ。長い人生、そいつと付き合う時間はどれぐらいだと思う? きっと、お前さんの人生で比べたら短いものだろうな。後は、若い人間でやれば良い。その頃には……、お前さんも俺みたいに嗄れたジジイになっているかもしれねえけれどな!」


 がっはっは、と高らかに笑いながらハンスは規制線を潜り抜けて何処かへ歩いていった。


「……あのおっさん、威厳は確かにあるけれど、何か憎めないな。マナと仲良くしている理由も分かる気がする」

「あぁ見えて、良い人だからねー……。まっ、こっちも色々やりたいことあるし、取り敢えずはこれで良いんじゃないかな?」

「やりたいこと? まさかまた変なことに俺を巻き込もうと……」

「良いだろ、別に。減るもんじゃないし。……殺人鬼ファントムの正体、迫ってみたいと思わないか?」


 例えそこで答えなかったとしても、或いは否定したとしても――マナの性格を知っている以上、押し通すことは出来なかった。寧ろ、マナが押し通す立場であるということは、重々承知していた。

 だから、この場でユウトが取れる選択はただ一つ――マナの言うことを聞く、ただそれだけだった。

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