006 燦爛

 俺の超能力は地味で、大仰なことはできない。

 例えばむかつく奴の臓器を潰したり、山奥にテレポートさせたりは無理だ。

 とはいえ、何事も使い方によっては化けるもの。


 そこで俺が発動したのは、『触れなくする』能力だ。


 これは磁石の同極を思い浮かべると分かりやすい。

 N極とN極を近づけた場合、反発して触れられない。

 磁石ではないけれど、仕組みとしてはそういうことだ。

 故に俺はこの力を〈同極化〉と呼んでいる。


「なっ……!」


 男の手が文香に触れようとして弾かれる。

 まるで見えない壁でもあるかのように。


「俺の彼女に触れようとするんじゃない」


 刺青野郎に対して、俺は臆せず言い放つ。

 そのことに我ながら驚いたが、理由は分かっていた。


 俺は今、すごく怒っているのだ。

 大好きな文香に乱暴なことをしようした刺青野郎に。


「ここから去れ。そうすれば許してやる」


「なんだお前! 人前じゃ殴られないと思ってんだろ!」


 刺青野郎が拳を振り上げる。

 俺の超能力によって同極化しているとも知らずに。


「うごぉ」


 振り下ろした拳は、またしても寸前のところで弾かれた。

 その衝撃によって刺青野郎のバランスが揺らぐ。


「警告は守るべきだ」


 再び超能力を発動する。

 今度は刺青野郎の右足の裏を同極化してやった。


 すると、男の右足は地面につけなくなる。

 これを両足にすれば、ほんの少しだけ浮くことが可能だ。

 しかし、片足だけの場合――。


「ほれ」


 ――軽く胸を押すだけでバランスが崩れる。


「ごわっ」


 刺青野郎は盛大に尻餅をついた。


「てめぇ!」


 などと吠えながら立ち上がろうとするが、立ち上がれない。

 右足が地面につかないからだ。


 そのことに気づいていれば、片足でも立てるだろう。

 俺みたいな雑魚ですら片足だけで立つことができるのだから。

 しかし、分かっていなければそうもいかない。


「くそっ、なんだよ、た、たてねぇ!」


 刺青野郎は無様に吠えるだけだ。

 こうなると俺達以外の人間も強気になる。


「順番抜かしは駄目ですよ」


「ルールは守りましょう」


「そうですよ」


 今まで知らぬ顔をしていた行列の人間が注意し始めた。

 さらに周囲には人だかりができていて、スマホで撮影している。


「大人しく去る気になったか?」


「あ、ああ、そうするよ! だからどうにかしろよ!」


 刺青野郎が喚く。

 よく分からないが何かしたのはコイツだ、と思っているのだろう。

 見た目に反して勘は鋭いようだ。


「いいだろう」


 俺は〈同極化〉を解除してやった。

 分かりやすく指パッチンをすることで解除をアピール。


「ひぃいいいいいいい、ば、化け物!」


 刺青野郎は小便をちびりながら逃げていった。


「化け物だなんて酷い言い様だな」


 俺は、ふぅ、と息を吐く。


「凄いよ祐治、すごくかっこよかった」


 文香がギュッとハグしてくる。

 それからおもむろに拍手を始めた。

 すると他の連中も便乗して拍手する。

 盛大な祝福が俺に注がれた。


「君、凄いね!」


「まさに恋人を守るヒーローだ!」


「人は見かけによらないものだねぇ! 男気がある!」


 皆から賞賛の言葉を浴びせられる。

 これほど目立ったのは初めてのことだ。


 俺は「いやぁ、まぁ、そうっすよね」と後頭部を掻いた。


 ◇


 俺達は無事にPZ5をゲットした。

 その後は〈よろずん〉の事務所に戻って休憩する。


 1時間ほどで鈴木が戻ってきた。

 小学4年生の息子を連れて。

 たしか名前は大輝だったはずだ。


「こちらがPZ5とレシート、お釣りになります」


 文香は商品の入った袋を大輝に渡す。

 レシートと釣り銭の入った封筒は鈴木の懐へ。


「わぁ!」


 大輝は袋の中を覗いて目をキラキラ。


「誕生日プレゼント、遅くなってごめんな」


「ううん、大丈夫! お父さんありがとう!」


「そこのお姉さんとお兄さんが手伝ってくれたんだ。二人にもお礼を言いなさい」


「うん!」


 大輝は俺達に向かって深々と頭を下げた。


「僕のためにありがとうございます! お姉ちゃん! お兄ちゃん!」


 大輝の幸せそうな顔を見ていると、ついつい表情が緩んだ。


「大輝、パパは二人と話があるから外で待っていなさい」


「うん!」


 大輝は重そうにPZ5を持ちながら事務所を出る。

 それを確認すると、鈴木は懐から長財布を取り出した。

 1万円札を2枚抜き、文香に向ける。


「こちら今回の謝礼です。どうぞ受け取って下さい」


 鈴木の口調が丁寧になっている。

 それだけ感謝しているのだろう。


「いえ、最初に申しました通り、金銭をいただくことはできません」


「では寄付させて下さい。それであれば問題ないはず」


 素晴らしいぞ鈴木。

 たしかに寄付という形なら問題ない。

 これなら遠慮無く受け取れる。

 1万円、ゲットだぜ。


「いえ、寄付も受け付けておりません」


 文香ァアアアアアアアアア!

 俺は叫びたい気持ちでいっぱいだった。


 高校生の俺達にとって、1万円は大金だ。

 それを断るなんてどうかしている。

 わざわざ寄付という形にしてくれたのに。


「どうしても受け取っていただけませんか。ただ働きさせるのは気が引けるのですが……」


「はい。申し訳ございませんが、金銭の受け取りはいたしておりません」


「ふむ」


 文香の姿勢は一貫している。

 金銭は受け取れない、と。


「金銭が駄目ということでしたら、これはいかがでしょうか」


 鈴木が財布から2枚のカードを取り出した。


「鉄板焼き店〈燦爛・本店〉のディナーカードです。今日の夜に予約していたのですが、息子と家でゲームをすることになったので行けなくなりました。捨てるのも勿体ないですので、よろしければお二方で代わりにお使い下さい」


 思わず「うお」と声が漏れてしまう。


 〈燦爛〉は超が付く高級店で有名だ。

 予約限定の店で、ディナーは最低でも1人30万円。

 もちろん別途でサービス料や消費税がつく。


「すげぇ、〈燦爛〉のカード……しかも最高級コースのやつだ!」


 鈴木が俺を見て頷く。


「このカードがあれば、〈燦爛〉の最上位コースを無料で堪能できます。飲み物につきましても、ソフトドリンクであれば無料で好きなだけ飲むことができます。金銭ではないので、お受け取りいただけるのではないでしょうか」


 俺は心の底から受け取るように祈った。

 〈燦爛〉なんて自分の金では絶対に行けない店だ。

 頼む、お願いだ、文香! 受け取ってくれ!


「はい、金銭ではございませんので、ありがたく頂戴いたします」


 文香はあっさり快諾した。

 金銭でなければ、彼女の中で「セーフ」になるようだ。


「うおっしゃあああああああああああああ!」


 俺はその場に両膝を突き、背中を仰け反らせて吠える。

 鈴木は声を上げて笑い、文香も微かに頬を緩めた。


「それでは、予約の名義をよろずん様に変更しておきます。時間はカードの裏面に記載してありますので、そちらをご参照下さい。よろずん様、この度は大変お世話になりました」


「はい、また何かお困りの際はご依頼ください」


 鈴木が丁寧に頭を下げてから出て行く。


「えらいぞ文香! よく受け取った!」


「大興奮だね、祐治」


「当たり前だろ! 〈燦爛〉だぞ! しかも本店! 支店でもやべーのに本店だぞ! こんなの興奮しないほうがおかしいぜ!」


「そんなにいい店なの?」


「知らないのか? そのカードで食えるコースは一人で50万円もする! サービス料や消費税も加算したら70万近くなるんだ!」


「そうなんだ。じゃあ、おめかしして行かないとね」


「そうだな! そうしよう!」


 俺達はフォーマルな服に着替えて〈燦爛〉に向かった。

 親に晩飯を外で食うと連絡したら「もっと早く言え」と怒られたが、気にもならなかった。


 ◇


 燦爛にて――。


「見て楽しい、食べて美味しい、もう最高だな!」


「だね」


 専用の個室に並んで座り、最高級の肉を頬張る。

 専属のシェフが調理しており、非の打ち所がない。


「このお高いディナーを抜きにしても――」


 炭酸水を飲むと、文香が俺を見た。


「――よろずんの仕事、楽しいでしょ?」


 俺は大きく頷いた。


「大輝の顔を見ているとこちらまで嬉しくなったな」


「それに鈴木さんもすごく喜んでいた」


「だな」


「依頼の数はそれほど多くないけど、これからも頑張ろうね」


「もちろん!」


 文香が「ありがとう」と微笑む。

 その顔が可愛すぎて、一瞬、肉の味を忘れた。

 彼女前では〈燦爛〉の最高級コースですら霞む。


 そして日曜日が終わり、学校が始まった――。

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