005 はじめての依頼

「ここで終了でーす!」


 店員が拡声器で言った。俺達のすぐ後ろで。


「どうにか間に合ったね」


「そうだな……」


 俺達は今、家電量販店に来ている。

 店の前にある行列の一員になっていた。

 目当ての商品はZONY社の最新ゲーム機〈Play Ztation 5〉だ。


 通称「PZ5」と呼ばれるこのゲーム機は、しばらく前に発売された。

 しかし、半導体需要の高まりによって材料の確保に難航しており、生産が追いつかず酷い品薄状態にあった。

 ネットでは転売が横行しており、定価の数倍で取り引きされている。


 そんなPZ5を買うのが、俺達に与えられた依頼だった。

 迷子の捜索でも未解決事件の解決でもない、PZ5の購入が使命だ。

 あと一人でも多く並んでいたら、この使命を果たすことができなかった。


「〈よろずん〉が何でも屋だからといって、無償で代わりに並ぶというのはどうなんだ?」


 当然の疑問を抱く俺。


「他人からしたら大したことないことでも、実は大したことあるものじゃない?」


「それはそうだが、こういうのは自分で並ぶべきだろう」


「並べないから〈よろずん〉に依頼してきたの。鈴木さんだって、赤の他人に代行なんてさせたくないと思うよ。お金で雇った人間ならまだしも、私達は無償タダで働いているわけだから、本当に並んでくれるか分からないじゃない」


「たしかに」


 一理あるな、と思った。


 鈴木曰く、このPZ5は自分用でなく子供用とのことだ。

 ずっと前から欲しがっていて、つい先日、誕生日を迎えたらしい。

 しかし、PZ5を買ってあげることはできなかった。

 予約も試みたが、転売屋に先を越されて惨敗したという。


 そんな鈴木だが、依頼を済ませると仕事に戻っていった。

 どこぞの重役らしいので、仕事といってもゴルフだろう。日曜日だし。

 ――などと、俺は勝手に偏見を抱いていた。


「次の方ー!」


「僕ですー! やったー、PZ5ゲットー!」


「よかったわね僕ちゃん、ウフフフフ」


「うん! ありがとう、ママー!」


 順調に列が消化されていく。


「この調子だと1時間もしない内に買えそうね」


 俺は「だな」と同意し、それから尋ねた。


「釣り銭、本当に返すの?」


 PZ5は税込みで約5万5000円だが、鈴木からは6万円を預かっている。

 釣り銭について、鈴木は「せめても謝礼金ということで、どうか受け取ってほしい」と言った。

 俺は素直に喜んだが、文香は「いえ」と断った。


「返すよ。〈よろずん〉は金銭を受け取ったら駄目だから」


 法律的な都合らしい。

 よく分からないが、文香が言うならそうなのだろう。


「釣り銭を受け取ってもバレないだろうに、文香は真面目だなぁ」


「真面目じゃないよ」


 真顔で否定される。

 謙遜とかではなく、ガチの否定だ。

 体がビクッとした。


「真面目じゃないのか?」


「うん」


「なんで? バレなくても法律を守って真面目だと思うが」


「私が法律を守るのは崇高な理由からじゃない。後ろめたくなるような事実を作りたくないだけ」


「……つまり真面目なんじゃないのか?」


「違う。真面目なら法律を破ること自体を忌避するでしょ。私が忌避しているのは、法律を破ったことに対する後ろめたさなの。自分勝手な理由よ」


 ぶっちゃけ俺にはよく分からなかった。

 だから俺はこう返した。


「ぶっちゃけ俺にはよく分からない」


 文香が何も言わなかったので、会話が終了する。


「うお、めっちゃ可愛いじゃん」


「ねーねー、PZ5欲しいの? 俺、持ってるよ。一緒にウチで遊ばない?」


 通りすがった二人組のチャラ男が文香にナンパを始める。

 学校だけでなく外でもモテモテだ。


「結構です」


 文香は冷たく言い放つ。


「いいじゃん、そっちの彼氏も連れてきていいからさ」


「結構です」


 とりつく島もない。

 二人組は諦めたようで舌打ちした。


「あんな地味な男の何がいいかねぇ」


 わざわざ聞こえるように言いながら去っていく。

 思わず超能力で懲らしめてやろうかと思った。

 が、文香に怒られそうなので何もしないでおく。


「ごめんね、不快な気分にさせて」


「気にしないでいいよ。文香が悪いわけじゃないし」


「そうだけど……。なんだか私、ああいう人を引き寄せる才能があるみたい」


「まぁ可愛いからな」


「祐治も私のこと可愛いって思うの?」


「そりゃ思うよ」


「……ありがとう」


 文香がほんのり顔を赤らめて俯く。

 その姿がますます可愛くて抱きしめたくなった。


(今すごくいい感じじゃないか?)


 次のデートについて切り出すなら今だろう。

 先程は鈴木の登場で妨げられたが、今なら――。


「文香、あの、よかったら今度――」


「あ!」


 文香が前方を指す。


「祐治、あの人!」


 またしても妨げられた。

 それはさておき、どうしたのだろう。


 列から顔を出して文香の指した人間に目を向ける。

 俗に「不良」や「ヤンキー」と呼ばれる類のヤバい奴だ。

 いや、「半グレ」や「ヤクザ」というほうが適切かもしれない。

 首にはがっつり刺青が入っていた。


「なぁ兄ちゃん、俺、ここに並んでたよなぁ?」


 刺青野郎は気弱そうなオタク系の青年に絡んでいる。

 オタク青年はすっかりビビッてしまい、「そうです」と頷いた。


 彼の後ろに並んでいる連中にしても文句を言わない。

 当然だろう、明らかに文句を言ったら面倒なタイプだからだ。


 それに、これは先着順の販売。

 刺青野郎の乱入で割を食うのは最後尾の奴だけだ。


 そしてその最後尾が、俺達だ。


「文香、アイツのせいで俺達は買えないよ。残念だけど諦めて帰――」


「そんなの駄目」


 文香は列から飛び出し、刺青野郎に近づく。

 俺もその後ろに続く。


「割り込みは駄目ですよ。皆、頑張って並んでいるんですから」


 彼女は迷わず言った。


「あぁ? なんだぁ?」


「貴方が割って入ったせいで、最後尾の人――つまり私達がPZ5を買えなくなります。今すぐに立ち去ってください」


「なんだお前、喧嘩売ってんのか? あぁ!」


 そう言って刺青野郎は文香の胸ぐらを掴もうとした。

 言い換えるなら俺の恋人に暴力を振るおうとしたのだ。

 やってはならない行為である。


 俺は躊躇なく超能力を発動した。

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