最終話 グラスキングダムの黄金竜



『我々はいつの世も中庸だ。人間の正義が時として他の種族に仇をなすことをよもやわからぬわけではあるまい?』

「それはいかに宮廷の人間だって買い被りだぜ。そんなことわかってたらあんたの首など取りに来ないさ」


ラングが唐突に言いきった。ぎくりとウォルドが振り返る。すでに彼はドラゴンとタイマンをはっていた。


「この国の奴等がそれがわかっていたのだってもう百年も前の話だろ。つまり今、あんたはその人間側の正義とやらで狩られそうになっている。じゃあその正義とは何だ?」


白竜は答えない。ラングもレダークもすでにわかりきっていることだがあえて言葉にするためにもう一押ししてやった。


「人間を襲ったって?」

『まさか! 誰が古い友人の大事な国を襲うかね』

「でも! あなたは我が国の騎士団を壊滅させたと……」

「ウォルド……お前ははっきりいわれなきゃわからないのか?『先に私を殺そうとしたのは王国側です。殺される前に殺りました』」


ウォルドにしてみれば信頼しきっていた故郷である。世界で指折りの優秀な大国である。まがりなりにも誇りを持って仕えていた、はずが。ラングにずばりと指摘されてがっくりと膝を落としてしまう。元々体力がある方ではないのでそろそろ限界だったせいもあるかもしれない。


「じゃあ、どうしてグラスキングダムは竜を狩ろうとするんだ。大きな犠牲まで払って……」

『私の持つ秘剣が目的か、私の心臓が目的か』

「心臓。何するんだよそんなもので」

「だから不老長寿の薬だろう?」


レダークがすんなり答える。すっかりありがちな言い伝えだと思っていたのに。


『ついでにランギヌスに教えておこう。私の牙はあらたな秘剣となり鱗は強靭な防具となろう。城壁に皮をめぐれば魔法の砲火をもはじき肝の臓からは万病を退くという薬ができる。爪は永く風雨に耐える天蓋となり骨は竜を静める笛になる』


え……? ウォルドが白竜を見上げた。その真意がつかめずに。


『それでもお前は私を狩りたいとは思わぬか?』

「どれも今のところ間に合っているな」

『そう、だから私はお前に耳を貸すといったのだ。全く小気味良い』


ドラゴンは笑っているようだった。うっすらと目を細め顔を地に近づける。


『人が人足る訳を考えよ、若い魔道士よ』


ささやくように言う言葉はウォルドへ向けられていた。


「さて! これでオレの当面の目的は達成された訳だけど……お前、どうするんだ?」

当面の目的=ドラゴンを見ること(及びグラスキングダム国王をぎゃふん(死語)といわせること←まだ達成されていない)である。

今更、というか案の定依頼を達成する気はすっかりなくなってしまった。レダークもそんな相棒の気分を察してどこか晴れやかな顔である。


「どうって……」

「騎士団と合流してドラゴン退治を続行するかここのことは黙っているか。それともいっそ全部国王に直訴してみるか?」


笑いながらいわれるとまるで脅迫である。そんなラングのバックには巨大な白竜。……前者なら無事この竜の巣を出られそうもない。だからといって口先だけうまいことをいってあとで密告、なんてセコイまねをする気にもならなかった。


「黙ってます」


たぶん最後の選択だと下手をすると打ち首獄門あたりいってしまうかもしれない。


「意気地なし」

「……直訴は仲間を募ってからします! 権力のあるおバカな人間を説き伏せるのは大変なんですよっ」

「けっこう言うな、お前……」

『約束できるか?』


さすがに本人に念を押され神妙に頷くウォルド。

と、ドラゴンの鼻先に淡い光が生まれたかと思うと指輪が現れた。


「契約の指輪だ。はめれば約束を破った時に大変なことになる」

「大丈夫です」


今度は躊躇なく手を伸ばす。


「約束は守ります。いつになるかわからないけれど」



そうして、〝竜の巣〟での出来事は当分三人の心の奥底にしまわれることになる……。



一方その頃……


「だーかーらー、ドラゴン退治なん無理だってば」

「王様の御所望なんだから! 勇者は仕えるべき王をもつものよ。うだうだ言ってないで進む!」

「……大丈夫ですか、エクシードさん」

「はひ……いつものことなんで」


勇者エクシード一行は、ラングの離れた騎士団と合流し、山頂へとたどり着こうとしていた。いきなりウォルドまでをも含む三人がいなくなってしまったので急きょ夜通し……さらに昼通し雪中行軍を行った次第である。でもってすでに夕方だ。


「あっあれは!!!!」


雪に覆われた崖を登りきったところで兵士が指差した、瞬間。


「うわぁっ」


一行は何者かに襲われた。


「って……なによこれ」


みゅーみゅー鳴いている黄色い物体。


「これ……ソル・ブレイク子どもでは……」


朝焼け照らされて黄色の毛皮がほむら色、太陽よりも赤い紅。


「あぁ、それでソルブレイク<太陽壊し〉なわけか……」


わらわらとどこからともなく現れたもふもふした小さな守護獣に囲まれて、ほんわか気分で誰もが思った瞬間。

雪柱が上がった、ように見えた。


ドォォン!


爆音にも似た派手な音を立てて巨躯が朝焼けの空に現れる。

赤から黄へと移ろう光の中、紅金の光色を散らして翼がひるがえった。


「ドラゴンだ!」


誰かが叫んだとき、それはすでに朝焼けの空にむかって小さくなっていた。





「……あれは、ソル・ブレイク!?」


竜の背でウォルドはそれらの生き物を見逃さなかった。紛れもない、本物の守護獣である。


「あれらはもともと白竜アーカイブが初代の王に親愛の印と王国に遣わしたこの霊峰の種族さ」

「ところで……」


レダークとウォルドがどんどん小さくなる騎士団をみるその後ろでラングは白竜にささやいた。


「さっきの、ただのアメジストの指輪だろ?」

『気づいたか?』

「レダークもな」


あざやかな朝焼けに白竜の鱗が黄金の光を返す。次第に東の空が明るみを増すに連れ、いやそれとも『東』に脅威の速さで近づいているせいか?

やがて紅黄金の光の空色は白みを帯びた。


『それくらいで人間不信になるほど若くはないさ』


太陽はやがて白く輝き金の光は銀へと変わる。



その日、グラスキングダムの住民は朝の光に「銀」の竜を見たと口々に騒ぐのだった……。





あるときは銀、あるときは黄金、あるときは白。

西の霊峰には、三頭の竜が住むといわれている。





**この物語は**

FortuneBreaker‐愚勇者と呼ばれるラングとレダークの世界を廻る旅の譚。そのほんのさわりにすぎません。「スライム(中略)レベル100」ともどもこの先の物語はまた別のお話。

お試し短編として楽しんでいただけましたら幸いです。

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Fortune Breaker ‐ グラスキングダムの黄金竜 梓馬みやこ @miyako_azuma

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