昔離れた幼馴染とSNSで再会したのだけど、お互い独り身だった件

久野真一

第1話 昔遊んだ彼女が近所に居た件

「ほらほらー。礼子れいこも反撃してきたらどうだ?」


 夢だ、と漠然と感じていた。

 だって、今の俺は大学生で、でも、この光景は中学一年の頃の話。

 彼女と最後に、近くの公園で花火をしたときの記憶だから。


「それなら、こっちもお返し行くよ―!」


 ドヒュンと、ロケット花火が飛んできた。


「ちょ、礼子。ロケット花火を人に向けるなよ。説明書にも書いてあるだろ」

隆二りゅうじ君も、手持ち花火を槍投げするの、駄目だと思うけど」


 お互い何でもありの、花火合戦。

 今思えば、よく怪我をしなかったもんだ。

 昔から、二人での花火遊びと言えば、バトルするのが定番だった。


 いや、ひょっとしたら普通じゃないかもだけど、俺達の間ではそうだった。

 それから、一時間以上もバトルを続けて。


「やっぱり、最後は線香花火だよな」

「うん。いいよね、こういうの」


 めいっぱいやりあった後は、線香花火で締め。

 そんな、俺と彼女の夏の風物詩は、しかし、中一の夏を最後に途切れた。

 実のところ、なんで疎遠になったのか、よく覚えていない。

 とはいえ、別の中学に通ったのだ。

 お互い、自分たちのコミュニティで手一杯になったんだろう。


 でも、不思議と心が暖かくなる夢だ。


◇◇◇◇


 気がつくと、電車の中だった。

 がたん、ごとん、と揺られているのを感じる。

 少し、胃もたれを感じて、


(そういえば、サークルの飲み会の帰りだった)


 そんな事を思い出した。つい、寝落ちしてしまったんだろう。


 周りを見渡すと、同じように寝ている乗客がちらほら。

 他には、大学生だろうと思われる元気なグループ。

 仕事帰りでげっそりしている会社勤めの人たち。


 都心の夜の電車は、なんだか少しうら寂しい。

 そして、俺自身も。

 集まりが楽しければ楽しい程、その後が寂しい。


(礼子、今頃はどうしてるんだろな)


 先程夢に出てきた、東城礼子とうじょうれいこの事を考える。

 彼女との付き合いは、いつからかははっきりとは覚えていない。

 たぶん、小学校の途中からで、最後に会ったのは中一の夏。

 それくらいだ。


 それと、男顔負けの気の強さに、元気の良さ。

 外ではしゃぐのも家でゲームするのもどっちも好きな奴だった。

 しかも、俺も礼子も負けず嫌いだったから、色々なもので争った。

 夢に出てきた花火も、モノポリーも、格闘ゲームも、桃鉄も。

 あと、ボンバーマンでもお互い叩き潰す、と執念を燃やしていたっけ。


(また会えたらいいんだけど)


 と思うものの、今はもう連絡先すらわからない。

 だいたい、俺自身、今の今まで、礼子の事を忘れていたのだ。


(いや、でも、もしかして、フェイスブックに登録してるかも)


 フェイスブック。主に友達の近況を知るために使っているSNS。

 基本、実名で皆やっているせいか、思わぬ人と再会することもある。

 ダメ元で検索してみるか。


(東城礼子、と……)


 さーて、見つかるといいんだけど。

 検索して出てきたのは、三件の結果。

 全国には同姓同名は以外と多いらしい。


(出身地考えると、これかな)


 幸い、出身地と出身中学までは公開になっていた。

 さすがに、投稿は「友達まで公開」らしい。


(あとは、友達申請するかどうか、だよな)


 あいつも、こっちの事なんて、もう忘れているかもしれない。

 そう思うと、少し怖くなる。

 でも……。

 うまく行けば、再会出来る。

 もし、無理でも、別に失うものはない。

 友達申請しない手は無かった。

 ぽちっとな。

 ちょっとした可能性を夢見て、友達申請を送ってみる。


 そして、一日後。無事、友達申請が通っていたのだった。


『隆二君、すっごい久しぶり!中一からだから、十年ぶりくらい?』

『そうかも。でも、プロフ見たけど、美人になっててびっくりしたぞ』

『ふっふーん。大学生にもなれば、お洒落だってするよ』

『まあ、十年近く経つもんな。続きは、ラインでしないか?』

『うん。おっけー。QRコード送るね!』


 十年近くのブランクがあるはずなのに、自然にメッセージを送れていた。

 

『で、積もる話もあるだろうし、家帰ったら、通話しようぜ』

『おっけー。こっちからかけるね』


 ということで、帰宅後、そのままライン通話に移行。


「改めて。ひさしぶり、礼子」

「隆二君も、久しぶり!」

「……」

「……」


 その後、気まずい沈黙が流れる。


「隆二君、なんか言ってよ」

「礼子の方こそ」

「それじゃあ。中一のあれ以降、どうしてたのか教えて?」

「だな。確かに、あれ以来だし」


 ということで、順調に高校、大学と進学したことを伝える。

 今は文学部で、近代文学を研究していることとかも。


「隆二君が、文学研究とか、すっごく意外!遊んだ記憶しかないのに」

「そりゃ、俺だって、大人だからな。でも、結構面白いもんだぞ」

「へー。私も、少しは読むけど、どんな文学を研究してるの?」

志賀直哉しがなおやってわかるか?その人の研究してるんだけど」

「あー、中高の授業で読まされたような……。でも、研究かー」


 なんだか、感慨深い声を聞いて、


「礼子は今、何やってるんだ?」


 彼女の近況を聞くことにする。


「私は、実は、理学部。来年で研究室配属なんだけど、迷い中かな」

「そういえば、玲子は理系の話、好きだったよな」


 特に、化学物質の合成とかそういうのが大好きだったのを覚えている。

 お酢と洗剤を合成して、やばいことになりかけたりしたこともある。


「そうそう。化学か、あと、最近流行りのAIか、迷ってるんだよねー」

「へー。化学は昔からだけど、AIか。そっち行ったら、先生!って感じだな」

「やめてよー。まだ、研究室にも入ってないのに」


 なんて、近況を語り合っている内に、昔のような空気に戻っていた。


「そういえば、さ。礼子は今、彼氏とかいるのか?」


 プロフ写真の彼女は、長い髪をポニーテールにまとめていた。

 体格はほっそりとしていて、手足もすらっとしている。

 当時は意識していなかったけど、顔も目元も美人だと思える。

 まあ、彼氏居るだろうな。


「実は居ないんだー。恋愛よりも、色々学ぶのが楽しくて」

「そういえば、昔から好奇心旺盛だったよな」


 意外と言えば意外だけど、恋愛よりも楽しいことがあれば。

 まあ、そんなものかもしれない。


「隆二君も、読書家で、色々知ってた気がするけど」

「いやー、どうだろう。家に本が転がってたから、読みまくってたけど」

「だよね。小学校の時も、勉強全然してないのに、頭いいなーって思ってた」

「まあ、そう見えてたかもだけど。ちょい照れるな」

「別にいいところだから、照れなくてもいいと思うけど」


 なんだか、クスクスと電話口の向こうから笑い声が聞こえる。


「まあ、上には上がいるから。俺なんて、そこそこだよ」

「謙虚なところも、隆二君らしいね」

「別に謙虚だった覚えはないけど」

「忘れてるなら、いいよ」

「気になる言い回しだなー」

「それはおいといて。隆二君は彼女さんいないの?」


 うぐ。痛いところを。


「まー、彼女居ない歴=年齢だよ」


 ふっと、自嘲してしまう。


「じゃあ、おんなじだね。私も彼氏居ない歴=年齢だし」


 そんなことを胸を張っていう礼子に噴き出してしまう。


「なんで、笑うのー?」

「だって、そこ、胸張るとこじゃないだろ」

「えー?別に、堂々としていればいいと思うけど?」


 不思議そうな彼女だけど、そういえば天然な気があったのだった。

 自分の心に素直というか、心に負い目がないというか。

 昔から人気があったのは、そういうところだった。

 俺も……思えば、そんなところに恋をしていたのだし。


 その後も、午前二時を過ぎるまで、ひたすら、話し続けていた。

 あれからの話と、今の話と。

 

「まあ、お互い、ふつーの人生送ってるな」

「ね。楽しいからいいけど」


 それが俺たちの結論。


「まーでも、これも何かの縁だし、また一緒に遊ぼうぜ」

「いいね、いいね。中学校の時の、花火バトル、やり直す?」

「それ、採用。俺たちらしいよな」


 というわけで、翌週、人の少ない川のほとりで、俺達は再会。

 昔みたいに、花火を思いっきり打ち合いしたのだった。

 以前より、お互い戦略を立てるようになっていたから、

 それはもう白熱したものだった。

 

 それからの、俺と礼子は、昔みたいに遊ぶようになった。

 とはいえ、そこは大学生で成人済み。

 遊園地に行ったり、水族館に行ったり、プールに行ったり。

 夏の間、色々なところを二人で遊びまくった。


 そして、秋も深まる十月になって、俺はひとつの事に気づいた。


(ああ、俺。礼子の事、好きだ)


 きっと、この想いは中一までのあの初恋とは少し違うんだろう。

 再び二人きりで過ごしたからの想い。


(礼子はどう思ってるんだろうな)


 考えてみれば、カップル御用達のデートスポットに行きまくった。

 礼子の事だし、気にしていないだろうとそう思って。

 しかし、いくら何でも、ただの友達とそんなところに行くだろうか?

 

(でも、昔馴染みのよしみで、てこともあるかもだし)


 驚く程、色っぽい雰囲気になったことがなかったと思う。

 観覧車に乗っても、「いい眺めだなー」なんて二人で言っていただけ。

 

(でも、別に、想いを伝えてもいいんだよな)


 再び築いた関係がおじゃんになるかも、という恐れはある。

 それでも、恋人になれたら、もっと楽しそうだ、とも思う。


(よし、飲みに誘おう)


 というわけで。

 週末に、ご飯が美味しい個室居酒屋に誘ったら、一も二もなくOK。


「ちなみに、何か、重大な話、あったりする?」


 その問いには、少し、ドキっとしてしまった。

 礼子の方も、少しいいにくそうだったし。

 どう伝えたもんかな。でも、ここで怯んでも仕方ないよな。


「まあ。ある。結構重大な話が」

「んーと。私と、隆二君に関係する、こと?」


 そこ、突っ込んでくるかー。


「あー、たぶん、想像してるようなこと、だと、思う」

「わかった。じゃ、私も気合い入れて準備するから」

「あ、ああ。それじゃ、楽しみにしてるから」

「うん。楽しみ。期待には、たぶん、応えられる、から」


 そうして、通話は切れたのだった。


(これって、結構、いい反応だよな)


 今のやりとりで、告白に類する事であることは伝わったはず。

 その上で、期待に応えられる、という言葉。


(でも、別の意味かもしれないし)


 ちゃんと確かめるまでは、たぬきの皮算用は止めよう。


◇◇◇◇


 そして、あっという間に約束の週末。

 個室居酒屋「忍」の入り口で俺は彼女を待っていた。


「お待たせ!ちょっと道に迷っちゃってごめん」

「大丈夫。東京は、俺も未だに迷うし……て」


 集合場所に現れた彼女は、いつもの数倍気合いが入っていた。

 靴も、よくわからないけど、高級感漂う代物。

 普段パンツルックだけど、膝まである白いスカート。

 上も、なんか知らんけど、清楚な感じのワンピース。


 元気っ子という印象だった、こいつが、凄いおしとやかに見える。

 うう。と声にならないうめきが漏れる。


「あのさ。すっごい似合ってる」

「ありがと。隆二君も、似合ってる」

「俺は、全部店員さんに選んでもらったんだけどな」

「言わなくてもいいのに」


 くすくすと笑われてしまう。


 そして、個室で二人きりの宴会。


「改めて、俺達の再会に乾杯!」

「うん。乾杯!」


 生ビールのジョッキを鳴らして、今更の再会を祝う。

 それから、俺も礼子もばんばん飲んだり食ったりした。

 食事の好みが、お互い海鮮系好きということで似通っているのもある。

 しかし、それ以上に、酒の力を借りたいという気持ちがあった。


 だって、彼女の返事次第で、今後ががらっと変わるわけだし。


「隆二君、だいぶ酔ってないー?」


 少しふにゃふにゃとしたしゃべり方になっている礼子。


「少しは、酔ってる、かもなー。でも、礼子もだぞー」


 少しぼーっとしているのを感じつつ、酔った彼女も可愛いと思う。


「それでー。隆二君、重大なー、話があったんじゃないのー?」


 お互い、べたっと机に頭をくっつけての会話。

 かなり酔いが回って、理性が蕩けてるのを感じる。


「あー。それそれー。お前の事がー好きなんだよー」


 これが酒の力って奴か。

 なんて思いながらも、自然にその言葉は口から出ていた。


「うーん。私も―、好きだよー。でもさー、おかしくない?」


 おかしい?なにが、だろう。


「何もおかしくないだろー。再会して、好きになっただけだろー」


 なんで、不満げな声なんだろう。


「だったらー。あの花火の後ー、なんで、ぱたっと誘ってくれなくなったのー?」


 そういえば、一緒に居たのは、あの日が最後だった。

 でも、別に理由なんて何も―と、唐突に、一つの映像が浮かんだ。

 礼子の中学校の校門近くで、こっそりと様子を伺う俺。

 そして、男友達や女友達と仲良く出てくる礼子。


 そうだ。それで、「礼子にとって、俺は「昔の友達」なんだな」って。

 そう感じて、とても落ち込んだのだった。


「だってさー。お前が校門から、友達と楽しそうに出て来るしさー。俺のこととかもう忘れてるんだろうなーって思ったんだよ。仕方ないだろ」


 なんで、その事を忘れていたのか。

 続くと思っていた友情が途切れたことか、あるいは、淡い想いが潰えたことか。

 いずれにしても、黒歴史として抹消したかったんだろう。


「それはー。私だって、中学校の友達の付き合いはあるけどー。でも、だったら、隆二君だって、同じだよー」


 同じー?


「俺は、お前誘って、また一緒に遊びたいと思ってたんだぞー?」


 何が同じだというのか。


「だってー。私だって、また遊びたくて、隆二君の家に行ったんだよー。そしたら、隆二君のおばさまがさー。「ごめんね。あの子は、友達と遊びに行ったよ」って」

「そりゃー、俺だって、友達付き合いはあるだろー」

「でもー。「男の子ですか?」って聞いたら、「女の子ねー。なんか、凄く仲が良さげだったけど」っておばさんが言ってたよー」


 記憶を掘り起こしてみても……あ、そういえば。


「あー、そういえばー。部活で、ぐいぐい迫ってくる子が居たからー。なんか、一回だけ、二人で遊びに行った、かも」


 でも、別に何もなかったのだけど。


「ほらー。やっぱり、あの時、彼女さん出来てたんでしょー」


 彼女―?


「違うってー。別に、そこまで好きじゃなかったし。別に盛り上がりもしなかったしー」


 今思っても、あの子はなんで、俺を遊びに誘いに来たんだろう。


「むー。だったら、彼女さんじゃなかったっていうのー?」

「だからー、そう言ってるだろー」

「じゃあ、私の勘違い?」

「だから、そうだってー」

「そっかー。勘違いかー」


 そう言った途端、しくしくと泣き声がきこえてきた。

 その声に、急速に酔いが覚めるのを感じる。


「いや、待て待て。なんで泣くんだよ。これから付き合うってとこだろ」

「だって。あの時、勘違いしてなかったら、隆二君と、恋人になれてたかもだしい」

「え?お前も、あの時、俺の事好きだったのか?」

「そうだよー。だって、隆二君と一緒の時間、楽しかったもん」


 なんか、礼子が幼児退行している気がする。


「いや、それは悪かった。でも、礼子だって、友達と楽しそうにしてたし……」

「じゃあ、私の家まで誘いに来てくれたら良かったのに。もう……」


 まあ、そう言われると返す言葉もないのだけど。


「わかった。その件は俺が全面的に悪かった。でも、埋め合わせするから」

「なんでも?」

「あ、ああ。なんでも」

「じゃあ、ちゅー、してー?」

「え?」


 顔を上げたかと思えば、目を閉じて、迫ってくる。


「ちょ、ちょっと待てって。お前、酔ってる。キスとか手順を踏んでだなー」

「酔ってないー。恋人とキスできないっていうのー?」


 もう、完璧に酔っ払いだ。


「わかった。いいけど。後悔するなよ?酒臭いキスになるぞ?」

「しないよー」


 というわけで、迫られるままに、唇を深く触れ合わせたのだった。

 と思ったら、舌が口の中を這い回る感触が。


「っぷ。ちょ、初キスで、いきなり舌入れるとか……」


 いや、こいつめっちゃ酔ってるんだろうけど。

 俺は酔いが覚めてるから、心臓がドキドキだ。


「別にいいでしょー。ほら。もう一回―」

「ああ、もう。勘弁してくれ……」


 とまた、求められるままに、深いキス。


 そして、それから一時間が経ってから。


「え、えーと。いきなり、キス、迫って、その、ごめん」


 礼子はといえば、恥ずかしそうに平謝り。


「いや、まあ。俺も拒まなかったわけだし。良かったし」


 少し酒臭かったけど、それでも、嬉しかった。


「その。今度、もう一度、ちゃんとキス、しよ?」

「いや、今日のも覚えてるならちゃんとしたキスだろ」

「私が納得行かないの!」

「わかった。じゃあ、また今度な」

「とか言って、連絡謝絶とかないよね?」

「あの時は誤解だってわかっただろ。大丈夫だから」

「でも。少し、不安だし……」


 考えてみれば、あの時の事をずっと引きずっていたのだ。

 不安にもなるのかもしれない。


「わかった。指切り、しようぜ」


 小指を出して、そんな提案をしてみる。


「じゃあ。嘘ついたら、フグ飲ーます」

「待て待て。なんだよ、それ。ハリセンボンにかけたつもりか?」


 ちなみに、ハリセンボンはフグ目であり、フグの近縁である。


「フグ食べたら死ぬでしょ?それくらい、重い約束、っていう意味!」


 相当な怨念が籠もった言葉だった。


「わかった。嘘ついたら、フグ飲ーます」


 こうして、再会を果たした俺と礼子は恋人になったのだった。

 この調子だと、どうやってもこいつからはもう逃れられないだろうけど。


 でも、俺だって、気持ちは本物だし、きっと、一緒にやっていけるか。

 しかし、本当にフグ買ってきたら怖いな。

 

 ふと、昔の光景が蘇る。


◆◆◆◆


 それは、いつかの光景。


「はい。ハリセンボン買ってきたよ。隆二君、約束破ったからね」


 確かに、袋の中には、小さなハリセンボン……らしき生き物。


「待って。お母さんと用事があるって言ったと思うんだけど」

「でも、約束破ったのは事実だもん」


 ずいっと、本当にハリセンボンを差し出してきた。

 あの時は、めちゃくちゃ怖かった。

 大体、針千本じゃなくて、ハリセンボンを持ってくる辺りが、怖い。


「というか、礼子ちゃんの家に、そんなの居なかったよね」

「飼ってみたいって、お母さんに頼んだの」


 ……絶句。

 

「お願いだから、許して。ハリセンボンは飲めないよ」

「ぷふっ」

「何がおかしいの?」

「さすがに、本当にハリセンボン飲めないのはわかってるよ」

「じゃあ、なんで、持ってきたの?」

「今後は、軽々しく、約束を破って欲しくないから」

「わかった。ほんと、ごめん」


 その日は、遊ぶ約束を守れなかったことを平謝りしたのだった。


◇◇◇◇


(そういえば、昔から、こういう奴だった)


 こういうのが年貢のおさめどき、という奴なのかもしれないな。

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昔離れた幼馴染とSNSで再会したのだけど、お互い独り身だった件 久野真一 @kuno1234

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