5分で読める物語『久々に再会した女の子って、どうしてあんなに可愛いんだろうね?』

あお

第1話

 春休みが終わった新年度。大学二年生になる森永雅哉は、筆記用具やら参考書やらが詰まったリュックを背負って家を出た。雅哉が住むのは東京にある築二〇年の小さなアパート。ワンルームで、立地も駅から遠いため家賃は安い。しかし大学までは徒歩数十分で行ける距離であり、雅哉にとっては優良物件である。

 そんな雅哉のアパート、自室の隣は朝から騒がしかった。

「誰か越してくるのか」

 見ると、引っ越し業者がせっせと荷物を隣の部屋に運び入れていた。「お騒がせしております」と業者のお兄さんが申し訳ななそうにするのを、「大丈夫です」と笑顔で答え、雅哉は学校へと向かった。

 大学での授業を終え、家に帰ると、引っ越し作業は終わっていた。隣の部屋の表札を見るとそこには〈小枝〉と入居者の苗字が書かれている。

「〈小枝〉さんって、どこかで聞いたことあるような……」

 記憶を探るも、それらしき人物は浮かび上がらず、悶々とした気持ちで雅哉は自分の部屋へと入っていった。

 夕頃、積んであるマンガの消化を進めていると、ピンポーン、と来客の合図が鳴り響いた。玄関の覗き穴をみると、顔は見えないものの、女性らしき人が立っていた。用件だけ伺おうと、雅哉は玄関を小さく開けた。

「えっと、どちら様でしょうか?」

「本日隣に引っ越してきたものです。ご挨拶をと思いまして」

「これはこれは。ご丁寧にどうも……」

 このご時世に丁寧な心遣いだ。感心しながら雅哉は扉を全開にする。

 足元はパール色のパンプスを履き、足首まである桜色のプリーツスカート。トップスは白のシースルーで軽やかにまとめている。そしてトップスにかかるように伸びた艶のある黒髪。顔の輪郭はシャープで凛とした面持ちがあり、くっきりした目つきと、ライトブルーな瞳の色合いが美麗さを際立たせている。

(あれ、この人どこかで……小枝って、まさか!)

「もしかしてソラ⁉」

「えっ⁉ なんで雅哉がこんなところにいるの⁉」

 二人の声はアパート中に響いたのだった。


 閑静な住宅地であるのため外で話し込むのは近所迷惑になる。しかし、久々の再会に積もる話も有り余る。雅哉はとっさの判断でソラを部屋に招き入れることにした。来客など想定していないので、散らかったままだが、ソラならいいかと心を許していた。

「本っ当に久しぶりだね。ソラが転校してからだから、一〇年ぶり?」

「そ、そうね。まさかこんなところで会えるなんて、ね」

 ソラはどこか落ち着かない様子でいたが、雅哉は気づいていなかった。

「ソラは、何しにこっちに来たの?」

「近くの大学に編入したのよ」

「近くの大学ってまさか――」

 ソラは雅哉と同じ大学に編入していた。なんでも世界中から評価されている教授のもとで自身の研究を深めたいとのことだった。

「ソラってそんな勉強好きだったっけ?」

「うるさいわね、あんたに関係ないでしょ」

「関係ないって、つめたいなぁ。昔はあんなに」

「あー! あーあーーあー!」

 ソラは顔を赤くしながら、それ以上雅哉に昔の自分を思い出させまいと、しきりに声をだす。

「な、なんだよっ?」

「いーいーかーら! 昔のことは忘れなさい! それとこれ! 置いてくからちゃんと食べなさいよ!」

 そういうと、ソラはそそくさと雅哉の部屋を出た。数秒後、左隣からガチャンと扉の閉まる音が聞こえる。

(まじで隣にソラが住んでるんだなぁ)

 雅哉の表情はどこかしみじみとしていた。

(それにしても、一〇年も経つとまるで別人だったな。あんなに可愛かったっけ?)

 先ほど一〇年ぶりの再会を果たしたソラの容姿を思い出す。

(昔は前髪ぱっつんで、あどけなさありありだったのに。いまじゃあんなに綺麗な黒髪美人で、顔立ちも整ってて、瞳は変わらず透き通った綺麗な水色で。おまけにいい匂いもした。うん、やっぱり可愛い)

 幼いころは男友達同然として、遊んでいた少女が、いまや絶世の美女に成り果てている。年頃の青年からすれば、胸の高鳴りを抑える方が難しい。

 雅哉は大人ソラに一目惚れしていた。していたのだが、

(ちょっと美人になりすぎてる。ありきたりな顔してる俺なんかより、背高くて、頭も良くて、意識も高いような男の方がいいだろう。口惜しいが、俺はあいつにつり合わない)

 雅哉はそう考えていた。


***


 部屋に戻ったソラは、無言でベッドにもぐりこむと、足をバタバタさせ、声にならない叫びをあげていた。

(なんで、なんでマー君がいるの⁉ しかも隣に! 大学も同じだっていうじゃない! そしたら、これから二人で一緒に大学通っちゃったりして……)

 妄想が膨らむほど、足に入る力もどんどん強くなっていく。

(あぁ、マー君かっこよかったなぁ。昔もかっこよかったけど、いまはなんか大人の男って感じで。……はぁ。いくら急な再会だったとはいえ、どうしてあんなに冷たい態度取っちゃったんだろ)

 本当はもっとお話ししたかったのに、と先ほどの運命的な再会をないがしろにしてしまったことに、ソラはひどく後悔していた。

「マー君といたら、昔の私に戻れるのかな……」

 ソラはどこか悲しそうに、一人呟くのだった。


***


 翌朝、雅哉の部屋にインターホンが鳴り響く。

 扉を開けると、そこには翠色すいしょくのワンピースを着たソラが立っていた。

「どうしたソラ」

「私、今日から学校行くんだけど、行き方わかんなくて。だから案内しなさい」

「は?なんで俺が」

「私と通学デートできるのよ? こんなチャンス逃していいわけ?」

「チャンスって……」

(俺はお前の彼女になれる素質を、持ち合わせてねぇんだよ)

 雅哉は自信の無さから、何と答えるべきか迷っていた。

(行って一時の甘い蜜を吸うか。しかしその代償は俺の惨めさが、こいつの隣を歩くことでより明白になることだ。つり合わないと肌で分かってしまったら、俺はこいつと顔を合わせられるだろうか)

 黙って俯いている雅哉をみて、ソラの心中は穏やかでなかった。

(なんで、さっさと行くっていわないの⁉ もしかして、マー君、私のこと嫌いになっちゃった?)

 ソラは無性に悲しくなり、背を向け、一人で学校に行こうとする。そのソラの腕を雅哉がすっと掴んだ。

「待った待った!」

「なに?」

「案内する! ソラとはもっと話がしたかったんだ。着替えてくるから、待ってて」

 雅哉は、振り返ったソラの背中に一〇年前のことを思い出していた。それは、別れを告げてきたソラに、何も言うことが出来なかった自分だった。

「分かったわ。早くしなさいよね」

 ソラは雅哉と行けることに、喜び踊りたい気持ちだったが、それを精一杯抑え、冷ややかな口調で答えた。雅哉が扉を閉めるまで我慢だ、と思っていたソラ。しかし、扉が閉まりきる直前で、再び扉が開かれた。

「言い忘れてた。その服、すごい似合ってる。かわいいよ」

 じゃっ、と言って雅哉は扉を閉め、部屋の奥へと駆けていった。

「っな、っな、っなぁぁぁ!」

 ソラの顔は真っ赤に茹で上がる。

 雅哉にとっては一矢報いることができたら、という一言だったが、一矢どころか百矢級のダメージをソラに与えていた。

「うるさいっ! バカっ! 変態っ! バカっ! バカっ!」

 溢れまくる感情を、扉をガンガン叩くことで、何とか発散させるソラ。

(かわいいって言った⁉ かわいいって言った⁉ かわいいって言った⁉ 私をあのマー君がかわいいって⁉ しかも、言い逃げって、ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいっ!)

 しかし、気持ちは収まるどころか、どんどん大きくなり、その分扉を叩く強さも増していく。

「うるせぇ! 扉壊れるだろうがぁ!」

「マー君が、かわいいっていうのがいけないのよ!」

「あぁ⁉ かわいいもんはかわいいだろ!」

 追い打ち。

「んーっ!!!!!!!!!!」

 ソラは堪えきれなくなり、言葉にならない叫びとともに、さらに叩く。

「だから壊れるって!」

 雅哉は秒で着替え終わり、バカバカ叩かれてる扉を一気に引いた。すると両手に体重をかけていたソラは、玄関の中、雅哉目掛けて倒れ込む。

「うおっ⁉」

 雅哉は受け止めようとするも、間に合わず二人は重なり合うように、倒れ込んだ。

「ってぇぇぇ……」

 背中に痛みを感じながら、雅哉はゆっくり目を開けると、目の前にはソラの顔。その距離、かぎりなくゼロ。

「きゃぁぁぁぁぁああああ!」

 ソラの叫びと共に、、全力で頬をはたかれる雅哉。

「いってぇぇぇぇぇええええ!」

 雅哉の絶叫が、閑静な住宅街にこだました。


***


「あれは不可抗力だろ? てか俺何もしてないし。はたかれる筋合いないし…… あぁ、そっち反対だって。いやなぜそれで俺を睨む⁉」

 雅哉はつかつかと歩くソラの後ろを、左頬を抑えながら、気だるそうについていく。

「もっと早くに言いなさいよ! まったく使えないわね!」

 ぐんぐん前に進むソラを、「また迷うぞ〜」と言いながら雅哉が追いかける。

ふと、周りを見てみると、通行人がみなこちらを、ソラを見ている。ある人は感嘆を漏らし、ある人は見惚れ、ある人は写真に収めようとカメラを向け、っておい、やめろ。

(やっぱ、そうだよな。ソラ綺麗だよな)

 雅哉も同じように見惚れるが、それと同時に、自分にはふさわしくないと、苦い思いも噛み締める。

「ねぇ、これどっちー?」

 周りの視線も、雅哉の想いも気にしない、というか知らないソラは、さっと雅哉に振り向き尋ねる。

「あー、そこは右。そんでもう大学が見えてくるはずだ」

二人が歩き始めて約三〇分。ようやく二人は大学へとたどり着いた。

 キャンパスに入ると、その視線はより分かりやすくソラに集まる。

(おい、そんなジロジロ見るなよ……って、俺そんなこと言える立場でもないか)

「あれソラじゃーん!」

そんな視線の中にソラの知り合いがいるようだった。しかしその言葉尻は好意的とは言い難かった。それを証明するかのようにソラの体は震えていた。

「なんで皿沢さんがここに」

 怯えた目つきで、ソラが問いかける。

「えー? 私ここの生徒だよ? ソラこそなんでこんなとこいるの? あ、もしかしてそちらの方が彼だったり」

「違うわよ! この人は関係ない!」

 そう言い切った途端、ソラの顔がハッとする。雅哉の方に顔を向けると、ソラはいまにも泣き出しそうな顔で、「ごめん」と呟きキャンパスの奥へと走り去ってしまった。

「お前、あいつのなんなんだよ」

 雅哉が皿沢に問いかけると、冷ややかな笑みを浮かべ答えた。

「えー、中学の同級生だよー? 仲良しだったのになー」

 雅哉はその含みのある言い方から、実情をある程度察した。皿沢を睨みつけ、雅哉はソラを追いかけていった。

 ソラは正門から一番奥にある校舎前のベンチに座っていた。

「ソラ!」

「っ!」

 雅哉の呼びかけに、さっと顔を背けてしまう。

「さっきソラが言ったことなら気にしてない」

 歩み寄る雅哉に、ソラは見向きもしない。

「中学時代の友達だってな」

 ソラの体が一瞬ビクッとする。

「でもきっと、友達じゃないんだろ」

 雅哉は座っているソラと同じ目線になるよう屈んだ。

「あんなやつ気にすることはない。もし、また絡んできたら俺が守ってやる」

 顔はそっぽを向けたまま、ソラが口を開く。

「でも、あんたがいない時に出くわしたら……」

「じゃあずっと一緒にいてやる。お前と同じ授業を取って、お前と一緒に帰る。部屋の前まで毎日送ってやる。だから、そんな顔するな」

 ソラの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「こう見ると昔と変わんないな」

 そう言って笑うと、雅哉はソラの頭を撫でた。

「マー君のバカ」

「なんだって?」

「子供扱いすんなって言ったの!」

 雅哉の手を払って、ベンチから立ち上がる。

「へいへい。そんな元気ならもう大丈夫だな」

「ちゃんと言質とったからね! ずっと私といるのよ!」

「ええ、どこまでもお供いたしますよ。お姫様」

 雅哉はうやうやしく腰を折り、ソラの手を取るのであった。

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5分で読める物語『久々に再会した女の子って、どうしてあんなに可愛いんだろうね?』 あお @aoaomidori

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