第29話「幼馴染は犬が好き」

【設問】

「幼馴染はやっぱり好きかどうか?」


【証明】

 週末、俺がリビングのソファーでまったりと漫画を読んでいると洗濯物を干し終わった四葉からこんな一言が投げかけられた。


「和人って猫が好きなんだったわよね?」


「え、あぁ、まあそうだな。どうしたんだ、急に?」


「いや、別に。深い意味はない……」


 耳に付けた外部音が取り込める形になっているインナーイヤー型のワイヤレスイヤホンを外し、言うだけ言ってプイッとそっぽを向いた四葉の方へ視線を向ける。


「もしかして、猫でも飼う気?」


「——っ」


 どうやら、俺の推理は図星だったらしい。


 ビクりと肩を揺らし、頬を指でくりくりと触っている。まさに、図星の合図。今まで口にはしていなかったが幼馴染としてよく遊んでいた頃からずっと、嘘を付くときにはこういった仕草をする。


 最高に可愛い仕草をこうやって眺められるのは幼馴染の特権だな。


「か、飼う気ではないけど……その、なんか最近あんまり外出れてないからペットショップにでも行こうかなって」


「ペットショップ? 飼う気じゃん」


「だから、別にそういう気はないし……」


「ほんとかぁ? 俺との二人同棲生活にそろそろ飽き飽きして、子供が欲しい~~とか言う主婦みたいな思考じゃないのか?」


「——っ、k、こ、子供は作らないわよ‼‼ そ、そんなの……入るとは思えないし……ぅ」


 ちらちらと俺の股間を見つめる四葉、頬が一気に朱色に染め上がり動きのおどおど感が一層増していた。


 想像がすごい。


 付き合い始めて二週間でもう子供を視野に入れているとは、嬉しい気持ちとどこだか行き遅れた気持ちが混在してしまう。


 まあ、ただ一つ言えることがあるならば――――四葉が俺とあんなことやそんなことをしたいと思ってくれているということだ。もしかして、一人で致してることか……まさか、こんな幼馴染に限ってそんなことはない。夜、隣の部屋で小さな喘ぎ声が聞こえるなんてお色気ラブコメ展開が起こってもいない。


 それはそれで興奮だけどな、へへっ。


「……どこ見てるのよ、変な目で」


「おっと失礼、いやな、四葉があまりにも先のことまで考えてくれていることが嬉しくてよ……」


「涙ぐみながら恥ずかしいこと言わないで! わ、私は——別に、そういう意味で言ったわけじゃないし……」


「え、違うの……?」


 なんで、四葉って俺のこと好きじゃないの……? 悲しいよ、俺。悲しくて泣いちゃう。泣きわめいちゃう……うぅ。


「————んな、そ、そそ、そういうわけでもないっ……て」


「うぅ、四葉ぁ~~‼‼」


「うぎゃっ――ち、近づかないで、きも、きもいから‼‼」


「あれれ、その割には顔が真っ赤で湯気まで出てるぞ?」


「~~~~っ‼‼ うっさい‼‼」


「おい、やめっ‼ あぶっ、ハンガーを投げるな‼‼」


「うっさいの、どっか行って‼‼ この変態馬鹿、クソ幼馴染~~っ‼‼‼‼」


 久々の罵倒。

 チクチクする痛みを堪えながら思う。

 

 ————俺の幼馴染はこうでなくちゃ務まらないのだ。




「よし、それじゃ行くか――」


「え、えぇ……」


 あれから30分後、俺たちは玄関を出て、札幌中心部へ向かうべく地下鉄の駅まで歩いていた。


「そういや、四葉って猫が好きだったっけ?」


「違うわよ……私は犬の方が好き」


「へぇ、意外だよな……」


「そ、そうかしら?」


「まあな、あんまりそうは思わなくて」


 ほんとに意外だ。

 昔の活発な彼女なら犬が好きでも問題もないし、それどころか似合っているのだが——今のツンツンしてる落ち着きのある彼女にはあまり似合ってはいない。


 まあ、俺への思いが変わっていなかったのと同様、好みまでは変わっていないらしい。


「犬の方が可愛いんだもの。ご主人様に従順で、一緒に遊ぶことも寝ることもできる。とにかく慕ってくれる可愛い弟みたいな感じで好き」


「従順とか……ペットにまでSなんだな」


「——っそんなことないし‼‼ 何言ってるのよ‼‼」


 引き気味に返すと、食い気味で否定してくるあたりほんとに可愛い。


「……ははっ、さすが俺の彼女だな」


「何よ、それ……。そんなこと言うなら、あんたも犬みたいに従順にさせるわよ?」


「うひょ~~、これは怖いな」


「棒読み、まじうざいし」


「ははっ! やっぱり、そういう命令を聞いてくれるようなものが好きなんじゃないかよ……さすがだな」


「……だから、別にそういう意味じゃ……もぅ、いいっ」


 おっと、これは少しやり過ぎたみたいだ。

 一応補足だが、昔から犬が好きだった彼女にとって、理由は違うはずだ。


「ごめんごめん……やりすぎた」


「ひ、ひどいもん……和人」


「俺の方がSっ気あるのかもな」


「……そういうところ、ほんとに嫌いっ」


「それなら、他は好きってこと?」


「ほら、そういうとこ……ウザいし、キライ」


「じゃあ、そこを好きなだけ嫌ってくれればいいよ」


「……全部嫌いになるわよ」


「——それはまじで勘弁っ‼‼」


 脊椎反射の如く、その場で土下座するとあわあわと恥ずかしそうに震えてしまう四葉。いじりがいのある所は俺の好きなところだ。


「や、やめてよ‼‼ もう‼‼」


「……いやぁ、だって四葉が嫌いになるとか言ってくるから……」


「……もう、言わない……わよ……」


「ほんとか⁉」


「……うん」


 結局、スキだよと言わずに——仕草で押してくる幼馴染は世界一可愛い。

 これだけは……自明の理だと思う。


 以上で、設問「幼馴染はやっぱり好きかどうか?」という、証明を終了する。


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