第28話「幼馴染も負けてはない」


「……っか、和人っ」


「どうした、四葉?」


「い、いいい、一緒に——k、kk……ちゃえろっ‼‼」


 噛みやがった。

 こいつ。


「茶色?」

「噛んじゃったぞぉ、四葉ちゃんがぁああああ‼‼」

「うひょおおおおおおおっ、最高に可愛いなぁ、おいおいおい‼‼」

「まじで立っちゃうからやめてくれ‼‼‼」

「可愛すぎて尊死したらだれが責任取ってくれんですかこれ?」

「だめだ、もう……」

「罪だよ、四葉ちゃん! そこで噛んじゃったら和人君もう!」


 もう、なんだよ。

 俺より周りの連中がうるさい。


 まったく、彼氏の俺が冷静なのに——クラスの連中と言ったらこうやって大袈裟に……。っていうか、彼氏っていう響き、めっちゃいいな……。


 おっと、そんなことよりも今の四葉が可愛くてたまらないっていうのは——ってこれでもなくて。こいつらのせいで俺も思考が混じっている。本音と建前とがぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。


 ――というか、だれだよ。鼻血出してるやつ。死んでも誰も責任取らないし鼻血も拭きやがれ。それに、誰だよ興奮してるの。それだけは許さんぞ、俺は。


「……帰ろっていう、話か?」


「————っ‼‼‼‼ べ、べべつ、別に噛んでないから‼‼‼」


「は、はぁ……」


 どうやら、噛んだことが相当恥ずかしかったらしい。

 しかしまあ、ここまで見ている人間がいて、噛んでないと言い切るのはさすがに無理があるんじゃないのか。


「別に、どっちでもいいけど」


「っ……そ、そう」


 唇と肩がぷるぷるしてる。

 どんだけ恥ずかしがってるんだよ、四葉こいつは。


「ほら、帰るぞ――っ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめる四葉もかなり可愛かったのだが、さすがの俺もこの公衆の面前で彼女の羞恥を晒して楽しむほどドSではない。身体を小刻みに震わし、口をパクパクさせながらその場で固まっている四葉の手を引き、俺たちは教室を出た。



「ふぅ、ここまで来ればいいかな」


「……」


 玄関まで来たら大丈夫だろう。

 すこし後ろから視線を少々感じるがあとはもう、勝手に消えてくれるし、このまま恋人らしく帰らせてもらう。だいたい、恋人なんだからこのくらいしたっていいだろう。


「おい、大丈夫か?」


「だ、大丈夫——よっ」


 大丈夫ではない顔しているがな。

 よし、ここは少しいじってやるのも面白いかもしれない。


「……へぇ、顔赤いけど。俺と帰るのがそんなに楽しみだったのかぁ?」


 ははっ。これなら、普段通り「——ちち、ちがっ、そんなわけないでしょっ‼‼‼」みたいに顔真っ赤で満点の照れ顔見せてくれるに違いないな。


 すると、数秒間。俯いて黙った後、急に顔を上げて俺の方へ近づいてくる彼女。


 あれれ、おっかしいぞぉ?

 照れ、照れてない?

 いや、顔は真っ赤だし、照れてないとこはないが——どうしてこんなに笑ってるんだ?


 一歩、近づいたところで俺は一歩退いた。


「——な、なんで逃げるのよ」


「えっ⁉ い、いや、逃げてないけど……」


「逃げてるでしょ……ほ、ほら」


 すると、もう一歩。

 彼女がない胸を両手で寄せて抱えて、こちらへ近づいてくる。


「——逃げてないぞ?」


「ここまで見えているんだし、無理があると思うんだけど……」


「うっ——」


 なんで、俺が攻められてやがる。

 急に彼女らしく、笑みを浮かべながらこっちに近づいてくる四葉。やばい、ふつうにやばい。というか、四葉ってこんなに胸、おっきかったっけ? いつの間にか、縦についていた童顔が——なんか大人っぽく見えてくるし……あぁ、なんだ、頭がくらくらするぞ……。


「なに、照れてるの?」


「て、照れてるのはどっちだよっ」


「あらあら、顔真っ赤なのはどっちかなぁ……(私だって、負けてられないのよ)」


「お、俺は——赤くはない。ちょっと風が暑いだけだ」


「……無理があるわよ」


 うっせ。

 俺も、そこまで女の子を主張されれば赤くもなるし、ドキドキするんだ。生理現象だから、仕方ない、こればっかりはな。


「そ、そうですか……でも、お前もさっきから足が震えているぞ」


「こ、これは——風で揺れてるだけっ」


「四葉も十分、無理がある……」


 そんなこんなで、幼馴染カップル二人組はお互いにお互いを辱めながら家へ帰ることとなった。この後、後ろから覗いてきていたクラスの連中からの「死ね」の連投ラインを一括削除したことは言わずもがな、だろう。

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