第三章「幼馴染は確かめる」

第23話「幼馴染は指を咥える」



 翌朝。

 いつもとは少し変わった雰囲気を感じ、目を覚ました。


 ——確か、昨日。

 俺と四葉はお互いに告白して、認め合って……付き合った……ような気がする。いや、普通に付き合ったのか? 記憶が曖昧だが、おそらく、多分、きっとそうだと思う。そんな気がする。というか、付き合ったな、絶対。世の非リアども爆散しやがれ。


「はぁ……」


 とは言ったものの、一息つくとふと思うことがある。


 昨日の出来事は全てうそだったのではないのか——と。


 違った何かだったのではないか——と。


 付き合った翌朝に思うのもなんだが、実際のところ不思議で——まるで夢でも見ているかの気分だった。もはや、他人事でさえ思う。


 四葉の事が好きだったのは十年も前の事だし、もっと幼馴染らしくしていた頃の方が好きだったはずなのだが——振り返ってみると結局、今も好きだったらしい。


 嘘を付いていた——とまではいかないが、俺の中でも何か譲れないものがあったのだろう。お互いにさらけ出した後ではそれはもう、泡沫の夢のようなものだ。


 それに、もし、そうでもなかったとしても——これから好きだと思っていけばいいのだ。


「……ぁ」


 すると、右から声がする。


 トーンは高めで、俺の耳にタコができるほど聞き慣れた声。

 幼馴染、高嶺四葉の声だった。


 ところで、どうして彼女が俺の隣に寝ているのだろうか?

 いつもは互いに別々の部屋で寝ているはずなのだが——?


 ——ん。


 ——あれ、俺は今なんて言ったんだ?


 甚だ疑問を生むようなことを言ったような気がするが、きっとそれは走馬灯的な何時しかの記憶だろう。だって、四葉と寝たことは小学生の時に何回だってあったし、お尻とお尻が触れ合ってドキッとしたことも、雷が怖くて互いに恥なんて忘れて抱き着き合ったことはある。


 ——


 というわけだ、もう一度考えてみよう。




「ねえ、和人……」


「どうした?」


 夕食後、いつもの美味しい四葉の料理を腹に詰め込んでから十分後。ソファーでくつろいでいる俺の隣にゆっくりと座った彼女が右肩に寄りかかりながらこう言った。


「その、ね……別に、ね?」


「なんだよ、急に」


「い、いやね……変な意味とかじゃないんだけどさ」


「変な、意味?」


「っ。だ、だから、そういう意味じゃなくってって言ってるの……いちいち突っ込んでこないでよ……この、いじわる」


「あぁ、すまんすまん。つい、な……」


 右肩に圧し掛かった四葉の頬。その柔らかさと共に、温かい体温が伝わる。というかむしろ、温かすぎてそのまま沸騰してしまうのではないかと思った。


 しかし、そんなことよりも、聞いたか? 今の言葉。

 皆はしっかり聞いたか?


『この、いじわる』


 ヤバい台詞聞いちまったぞ。

 サバサバツンツン幼馴染がデレる、この瞬間。


 ——射精の100倍は気持ちぃィィィィぜ‼‼


 というアサシン台詞は冗談で、尊死してしまいそうだ。最高に可愛い、これだから幼馴染はやめられない。こういうのが見たいから好きだったのかもしれないし、そう言われたら即落ちする自信がある。


「——それで、どうしたんだ?」


「だからね……その、一緒に——何というか……」


「何というか?」


「えっとぉ……その、ね……私、一緒に————寝たぃ……」


「え?」


 一瞬、空耳だと思ったが勘付いていた俺の頭がそれを聞き逃さなかった。


「寝たい?」


「う、うん……」


「……」


 もちろん、口頭で誘われたのは初めてだったし、ここまでストレートに言ってくるのは彼女だけだったために口が固まってしまった。


「ど、どうなのよ……」


 身を捩らせ、太ももを擦り合わせる四葉。


 動きに見とれて、返事が忘れてしまいそうだ。もはや、ここまできたら抱き着きたいまである。その可愛い顔を見つめながら、ぐちゃぐちゃにしてデレデレにさせたい。もっと言えば、唇を————って今のは忘れてくれ。


「……い、いいけど」


 そして、何とか理性を保とうとした俺は何も考えずに理性が吹っ飛ぶ選択をした。



 まじかよ、ほんとじゃん。

 寝てるじゃん、一緒に。


「んぁ……ぁ」


 自ら認めるとすぐに、右側から四葉の高音ボイスが聞こえる。そんな声に俺の右肩が反応し、びくりと震えて彼女の頬に当たってしまった。


「んあ⁉ い、いたぁ……」


 恐る恐る視線を落とし、彼女の方へ身体を向ける。すると、頬を抑えながら眠そうに呟く幼馴染の姿があった。


「だ、大丈夫か?」


 少し焦って、彼女の手の上から一緒に抑えるとその指が掴まれる。


「うぁ……むぅ」


 すると、ハム。

 ボンレスハムではない、ハムっと彼女の小さな口が俺の指を覆ったのだ。


 にゅめりと温かいトロトロな唾液が指を襲っているのを感じたが、直ぐに理性が働いて指を抜いてすぐさま拭いて、罪悪感に駆られた俺はすぐにその場を去った。


「やべぇ……」


 指を噛まれた。

 というか、舐められた。


 まさか、自分がアニメで喜んでいたことが現実で、それも四葉にやられるとは思わなかった。マジでエロかったし、あれはやばい。


 語彙力がなくなるほどにはやばい。


「……さすがに、自重しないとやばい…………」


 一言呟き、少し牛乳を喉に流し込んでから、呼吸を整えた俺はゆっくりと布団の中に入って目を閉じる。


「ふぅ……」


 そして、次の十秒間で妙な温かさに包まれた俺は息を引き取るように目を閉じていったのだった。

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