第8話「幼馴染はこき使う」

☆霧島和人☆


「——それじゃっ、買い物に行くわよっ!」


「あいよ……」


 気温は摂氏36度、天気は快晴。

 ミンミンと鳴く蝉の声が札幌の暑い夏に鳴り響き、季節の貫禄を感じさせる。


 しかし、それにしても暑すぎる。汗が止めどなく流れるし、喉もすぐ渇く。


 まあ、関東圏の方に言わせてみれば暑くなんてないだろと言われてしまうのかもしれないがこちらの夏も近年ではかなり暑い。


 そんな夏があまり好きではない俺は今、燦燦と照り付ける陽の光を浴びて、四葉と外に出たのだった。


 まず、俺たちが乗ったのは市電。あぁ、これは略しになっちゃうか。札幌市の中心を走る路面電車だ。大通公園、ススキノから反対側である札幌市中央図書館まで走るこの市電は札幌市民なら一度は使ったことがあるかもしれないがそこまでいいものではない。


 朝は通勤で満員、夕方は帰宅ラッシュで満員。高校に行く時にたまに使うし、それが中々に疲れるはずなのだが……案外、今日は人が少ないようだ。


「ちょ、くっつかないでよ」


「んあ、すまん」


「何、セクハラ?」


「なわけねえだろ、お前にセクハラして何になるんだ……」


「っそ、そう。なんか、そう言われると癪ね」


 プイッと視線を逸らして頬を赤らめる四葉。

 しかし、すぐに顔を上げて拳を構えながらこう言った。


「まあ、されたらぶっ殺すけどっ」


「そうか、それなら安心だな。お前にセクハラなんてするつもりないし」


 攻撃的な四葉にそう言うと少し顔を顰める。それからは一言の会話もせずに窓の外の眺めを見続けるのだった。



『西四丁目~~西四丁目~~』


 大通り西四丁目駅についたことを知らせるアナウンスが車内に響き、俺たち二人は札幌市限定で使える電子マネーSAPIKAを取り出して、運賃を払った。にこりと笑った女性の運転手の可愛さに少々見とれていると後ろに並んでいた四葉が俺の背中をゴツゴツと殴ってくる。


「っ、いてぇ」


「和人があの人に見惚れてるからでしょっ……この変態」


「べ、別にいいだろ……俺だって男なんだし」


「理由になってないし、今日は私の荷物持ちできたのよ? 他の女に鼻の下伸ばしてんじゃないわよっ」


「嫉妬かよ……」


「う、うるさいっ! 氏ねっ‼‼」


「ってぇ!」


 ドガン、そして次は先ほどの二倍の威力が俺の方に直撃する。流石の衝撃に俺も腰から崩れ落ちた。


「お、お前……力が強いって……」


「知らないわよ、そんなのっ」


 くそ。

 この学校のアイドル、ゴリラかってくらい力が強い。昔はまだ華奢で守りがいもあったが今では逆に男とためを張れるくらいに馬鹿力の持ち主なのかと思うと時の流れは中々に感慨深い。


 それもこんな完成されたツンデレ少女になろうとはな。中二少女の中二病的な神聖さを感じる。俺も案外、フェチのようだ。


「それで……まずはどこに行くんだ? 札駅か?」


「駅……そうね、服でも見てからスタバ飲もうかしらね」


「あいよ……それじゃあ、俺は仕事を始めなきゃいけないとっ」


「あら、反応が早いわねっ」


「は、どうだか」


 それもこれも何もしなければ四葉が所構わず殴ろうとしてくるからだが……嬉しそうに笑う可愛い顔に免じて、これまでの事はとりあえず水に流しておくとしよう。



 ☆高嶺四葉☆


「人が多いなっ」


「そうかしら、別に普通じゃない?」


「お前は別にいいかもしれないが家ばっかりにひきこもっている俺からしたら最悪だぞ」


「自分が悪いでしょ、それは」


「っぐ……」


「図星ね、和人も少しくらいは友達作ったらどう?」


「友達はいるぞ、さすがの俺もな」


「何人?」


「一人」


「誤差じゃない」


「俺は機械だからな、0か1でしか判定できないんだ」


「へぇ、それじゃあ私の命令も律儀に処理してくれると?」


「んぐ……そ、それは……今回だけだな」


「まぁ、それなら十分ねっ。こき使ってあげるから安心しなさいっ」


 それにしても本当にこいつはだらしない。

 その割に私といっつも一緒に話したりしているから他の女子友達とか男子とかに凄い人だって見られがちだが——全くの真逆。期待外れもいいとこだわ。昔、小学生の時はそれなりに……それなりにカッコよかったけど。


 ——今では微塵も感じないし、やつれたただの高校生って感じね。


「……にしても、シャキッとしなさいよ」


 さっきから人とすれ違う度におどおどして、猫背になる背中が見っともない。近くにこんなに可愛い幼馴染がいるのに何をしているんだか。


「ははっ、俺には無理な提案だな」


「カッコ悪いけど?」


「別に四葉だけだし、問題はあるか?」


「ありありね」


「どこがだよ……」


「まず、私の隣に並んでいる男子がよぼよぼの幼馴染ってところだわねっ、クラスの連中にバレたら最悪っしょ」


「そうですかぁ……ごめんなさいね」


 気持ちの籠っていない謝罪。聞き慣れてしまったが正直、私もいい飽きたから特に何も触れないでおこう。


 それから数分間、大通公園から札幌駅を繋ぐ地下歩行空間を歩いて私行きつけの駅の洋服屋さんまで歩いた。終始カッコ悪い和人には呆れてしまったが荷物持ちとしてきたんだし、周りから思われようとも関係ないわよねっ。


「そう、そうだわね、荷物持ちだしねっ」


「あぁ、今だけはお前の大好きな奴隷だな」


「す、好きじゃないわよっ!!」


 て、照れてなんかないし、見せたくもないんだから……私。

 なんで、顔赤くしてるんだろう。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る