17.親は子に似る

 ミラの自宅へ帰宅した途端、とんだ洗礼を受けることになろうとは……


「兄ちゃん大変だよ! 姉ちゃんが男連れて来た!」

「本当かリル!」


 妹のリルが声をあげると、奥からドタドタと駆け足でミラの弟が顔を出す。

 二人ともミラにそっくりで、弟のほうも中性的な顔をしているから、味方によってはミラの妹にも見えそう。

 そして二人とも声が大きくて元気だ。


「ホントだ男の人だ! 姉ちゃんが捕まえてきたの?」

「ちょっ、そういうんじゃ」

「さすがお姉ちゃん! もしかして彼氏いるの隠してたのかな!」

「違うってば!」


 慌てふためくミラは新鮮で、見ていて少し面白い。

 くすりと笑った所を彼女に見られて、ムスッとした顔で怒る。


「何笑ってんだよ! お前も何か言えよ!」

「あーそうだね。自己紹介をしておこう」


 僕は一歩前へ出る。


「初めまして、僕はアクト。ミラと同じ魔術師だよ」

「俺はトール! よろしくな! アクト兄ちゃん!」

「わたしリルって言います! よろしくね! お姉ちゃんの彼氏さん!」

「だから違うって、もう話聞かないんだから」


 呆れるミラにグイグイと二人が近寄る。

 彼女がしっかりしている所為か、年齢に大きな差はなくとも子供っぽく見えてしまう。

 そして何より仲が良くて、二人がミラのことを大好きだと一瞬で伝わった。


「姉弟か」


 羨ましいな。


「あらあら、今日は随分賑やかね」


 玄関でわちゃわちゃしていると、おっとりとした女性の声が聞こえて来た。

 僕たちは視線を家の奥に向ける。

 彼女はゆっくりと、自分の足で歩き顔を出す。


「お帰りなさい、ミラちゃん」

「お母さん!」


 ミラのお母さん。

 病気になり、倒れてしまったという彼女が平気な顔して歩いている。

 にこやかに笑うその表情は、どこか僕の母さんと重なる。

 辛いのに無理をして、心配させないように取り繕っている感じが……同じだ。

 ミラは急いで彼女に駆け寄る。


「歩いて大丈夫なの? 休んでないと駄目だって!」

「大丈夫よ。ちょっと前からすごく調子が良いの。それより私にも素敵な彼氏を紹介して」

「な、違うって!」


 否定するミラを他所に、彼女は僕と目を合わせる。

 

「初めまして。私はセラ、ミラちゃんの母親です」

「僕はアクトです」


 丁寧にお辞儀をするセラさんに、僕も合わせてお辞儀をする。

 顔をあげた時、改めて彼女の身体を見つめる。

 話に聞いていた通り、白く綺麗な肌には赤い痣が広がっている。

 それに……


「あの、セラさん」

「そんな他人行儀な呼び方をしないで。私のことはお義母さんと呼んでも良いんですよ?」

「あ、えっと」

「そういうのはいいから!」


 僕とセラさんの間にパッと入るミラ。

 ミラは大きくため息をついて、僕の地下より耳元でささやく。


「ごめんな。お母さんも弟たちも冗談が好きなんだ」

「あははは、そうみたいだね」


 トールとリルが見せたふんわりした雰囲気は、母親のセラさん譲りということか。

 逆にミラは、そんな中で育ったからしっかりしたのだろう。

 そんなほのぼのとした感想だけを思いたかった。

 しかしそうもいかない。

 今度は僕が、ミラの耳元でささやく。


「セラさん、相当無理してるよ」

「っ、やっぱりか」

「うん。前の状態を知らないけど、病気は進行してるんじゃないかな? いや、あれは病気と言うより……」


 彼女の身体からは、薄黒いオーラのようなものが垂れ流されている。

 濁った泥水ような不快感が、見ている者に襲い掛かる。

 見えているのはたぶん、この場で僕だけだろう。

 神である母さんの力に当てられ、魔力が神力に近寄っている僕だけが、その異様さに気付く。


「あれは呪いだ」

「の、呪い?」

「うん。ただの風邪じゃないことは確か。あの痣は魔力異常で皮膚が変色している証拠何だと思う」


 そういう症状があると、僕は母さんから聞いて知っていた。

 実際に見るまで予想でしかなかったが、今はハッキリと分かる。

 彼女の身体は今もなお、荒々しく乱れ流れる魔力に犯され続けている。


「今だって倒れてもおかしく――」

「母ちゃん!」


 トールの声が響く。

 わずか一瞬目を離しただけで、セラさんがドサッと倒れ込んだ。

 トールとリルが駆け寄る。


「ママ!」

「お母さん!」


 ミラも駆け寄り、セラさんを抱き上げる。

 額から流れる汗が、触れなくても高熱に犯されているとわかる。

 何ともないように振舞おうとも、身体には限界があるんだ。


「アクト! 何とかなるのか? お母さんは!」

「……呪いとなると病気じゃないからね。僕の力じゃ無理だ」

「そ、そんな……」

「だけど母さんなら出来る」


 絶望に染まろうとしていたミラの表情が、今の一言で光を取り戻す。

 呪いは病気ではない。

 僕の力で治せるのは、軽い病と怪我だけだ。

 しかし水の女神である母さんならば、呪いでも難病でも治すことが出来るだろう。

 問題は、ここに母さんを呼び出す方法だが……


「ねぇミラ、この辺りに湖とかないかな? もしくは湖を作れそうな広い場所」

「え、それなら裏に昔は湖だった跡があるけど……今は枯れちゃってて」

「大丈夫。場所さえあればいける。僕がセラさんを背負うから、みんなも一緒に来て」

「わ、わかった!」



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