4.僕のやりたいこと

 王立魔術学園。

 ルート王国の王都に位置する大聖堂を改築し、約五百年前に設立された魔術師の養成機関。

 魔術師の学び舎は世界中でただ一つ。

 毎年、他国を含む多くの魔術師志望者が集まる場所だ。

 魔術師は国の発展に貢献していた。

 そして何より、魔術師の存在は力の象徴でもある。

 より強く優れた魔術師を誕生させることは、王国にとって最重要で成し遂げたいことだという。


「その魔術学園に、入学するというの?」

「うん。三か月後に試験があるんだけど、受けられる条件は一つだけなんだ」


 それが年齢による制限。

 試験を受ける年に十五歳となる者のみ。

 僕はちょうど十五歳になった。

 これで条件は満たしている。


「十五歳なら誰でも受けられるし、僕は母さんから魔術を教わった。自慢じゃないけど、それなりに強くなったと思ってるよ」

「それは確かにそうだけど」

「わかってる。母さんが僕に魔術を教えたのは、僕と僕の周りを守るためだって」


 僕には王族の血が流れているらしい。

 その所為なのか、普通の人間よりも生まれつき魔力量は桁外れに多かった。

 そして僕は、神様である母さんと十五年間一緒に暮らしていたんだ。

 より近くに神様の力を感じていたことで、僕の魔力は母さんの影響を強く受けている。

 もっと簡単に言うと、僕の魔力は神の力に性質が似てきてしまったんだ。

 神の力は強いほど周囲に影響を与えてしまう。

 魔力量も相まって、放っておけば自分自身を蝕む危険な状態になっていた。


「そうならないために、母さんは僕に魔術を教えてくれたんでしょ?」

「……そうよ。魔力を抑え、コントロールするために。それに魔術は使い熟せばいろんなことに役立つから」

「うん。確かに便利だし強力な力だ。お陰で僕は、魔術師になる道を進める」


 僕は拳を強く握りしめる。

 そんな僕を、母さんは心配そうに見つめる。


「心配しないで母さん。母さんに迷惑はかけないよ」

「そんなことを心配しているんじゃないわ。あなたは時々びっくりするくらい無茶なことをするから」

「それは……まぁそうだね。これも無茶なのかもしれない。それでもやりたいんだ」


 王立魔術学園に入学して、トップの成績を収めた者には、王国が何でも一つだけ願いを聞いてくれるらしい。

 宮廷魔術師になる資格も貰えるし、世界中から注目される。

 その世界で一番目立つ場所で、僕は宣言したいんだ。

 神様はここにいる。

 今もずっと、皆のことを見守っている。

 僕たちの今があるのは、神様がいてくれたからなんだと。


「無茶でも無謀でも、これが僕のやりたいことなんだ」

「アクト……どうしてそこまでしてくれるの? わたしはあなたに何も……神様らしいことなんてしていないのに」

「神様だからじゃないのよ。大好きな母さんが困っているなら、助けたいと思うの普通だよ。母親が偶々神様だってだけで、普通のことなんだ」


 母親が神様ということは普通じゃないだろうけど。

 僕が抱く感情も、行動の理由も、人として当たり前のことなんだと思う。


「それにほら! これって母さんがよく言ってる、ここだけじゃなくて世界を見てきなさいってことでしょ?」

「ふふっ、そうね。そうだったわね」


 母さんは涙を指で掬いながら笑う。

 ようやく普段の母さんらしい笑顔が見られて、心からホッとする。


「試験は三か月後なのよね?」

「うん。試験結果がわかって、入学は半年後になるかな」

「そう。だったら試験までにちゃんと準備をしなさい。わたしの息子として、笑われないようにね」

「笑わせないよ! 絶対に認めさせてみせる!」


 あと三か月で、僕が考案した新術式を完成させる。

 それをもって試験で大暴れして、盛大に目立ってみせるよ。

 母さんのために……


 それ以外にも、僕には王都へ行ってみたい理由があった。

 これは母さんにも話していない。

 育ててくれた母さんへの裏切りにも思えてしまうから。

 でも……僕は知りたい。

 僕が生まれた場所を。

 僕を捨てた……本当の両親のことを。


  ◇◇◇


 翌日から本格的に魔術の特訓を開始した。

 普段からやっている魔力操作の訓練に加えて、新術式の練習も本格化する。

 魔術発動の工程は大きくわけて三段階。

 

 ①起源から魔力を身体に流す。

 ②記憶領域から術式を呼び出し展開する。

 ③展開した術式に魔力を流し、効果を発動させる。


 起源とは魔力を生成する機関であり、魔術師にとっての心臓と言える。

 術式は魔力を異なる性質、物質、効果に変換する通り道。

 ほとんどが円の形をしている紋章のような状態で展開され、そこに魔力を流すことで炎を出したり、雷を放ったりできる。

 中には四角い形のもの、文字という形式もあるが原理は同じだ。

 魔力生成、術式の構築、展開からの発動。

 どの工程を省いても、正常に魔術は発動しない。


「だけどこの術式なら……」


 僕は目を瞑り、集中する。

 自身の身体に流れる魔力と、その始まりである起源。

 そして術式に。


「――来い」


 突如、眼前に水の柱が立つ。

 魔術による効果だ。

 しかし術式は展開していない。

 つまり――


「成功だ」


 これならいける。

 僕はこの術式……【水霊濡法すいれいじゅほう】で試験に挑んでやるぞ。


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