第4話 再来店

 それから、一月が経った頃です。


 男は三度、やってきました。


 ですが、今度は少し毛並みが違うご様子です。

 男はドアを激しく開け放ち、ずかずかとわたしに詰め寄ってきました。

 開口一番、


「どうなってるんだ」と叫び、すぐに「痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたた」と腹を抑えて、床に膝をつきました。


 あまりの苦悶の表情に一瞬戸惑いましたが、努めて冷静に介抱して、まずはテーブルに彼を座らせました。奥から冷水を銀のコップに注ぎ、男の目の前に置きます。男は水を少しだけ口にふくむと、再び咽て胸を叩きました。


「一体、どうされましたか?」


 男は咳払いをした後、


「どうもこうもないだろ、あんたが変なもの食べさせたんじゃないか」


「ほう」わたしは目を光らせました。「変なものとは?」


「そりゃあ……決まってるだろ」


「……」


「霊だよ」


 確かに、ここはお客様にとり憑いた霊を調理してご提供する店でございます。

 しかし……。


「お召し上がりになる際に、ご確認させて頂いておりますが」


「ああ、そうだよ。確かにあなたからそう訊かれて、はいって言ったよ。食べたのも私だよ。でも、まさかこんなに体に悪いものだとは思わないだろう」


「いえ、体に悪いものを使用してはおりません。わたしがお客様にお出しさせて頂いたものは、鮮度の高い女の霊でございます。決して、腐りかけた、いわば賞味期限の切れた食材を使用したのではありません。味付けに至っては、フランス、イタリアを中心に厳選したものを取り寄せております。例えば、香り付けに使用している白トリュフなどはアルバ産の最高級のものであったりします」


「まあ、霊に鮮度もなにもないかと思うけど」


 男は毒づきました。

 確かに、お客様のおっしゃる通りですね。これは一本取られました。

 ですが。


「霊を食することが特殊なことでございますから」


 この一言に男は押し黙りました。

 再び、男は鳩尾あたりを手でおさえて苦悶の表情を浮かべました。

 わたしは訊きました。


「もしよかったら、お客様の今のご様子をお聞かせ願えますか?」

 暫しの沈黙の後、男は口を開きました。


「最後にこの店で、あの料理を食べたあとです。そういえば、あの料理名……何でしたっけ?」


「クリム、ですか?」


「ああ、確かそんな名前でしたね。前回もそうですが、この店で提供された料理を食べた後は、本当に満足して帰ります。味もさることながら、何だか体も軽くなって、気持ちも弾んで、夜もぐっすり寝付けたんです」


「さようですか。それは良かったです」


「ですが……。ここ四、五日前から激しい腹痛に襲われるようになりました。それも急激にです。一度、胃のあたりがきゅうっと鳴ると、そこから見えない大男に大腸、小腸などあらゆる臓器の管を鷲掴みにされているような激しい痛みに襲われ、一日中のたうち回るようになりました」


 なるほど。わたしは念のため確認させて頂きました。


「あれから、女の霊は姿を現してますか?」


 男は首を横に振りました。


「いえ、霊に付きまとわれるようなことはありません。だって……」


「はい」わたしは、彼が言わんとしている続きを述べました「お召し上がりになってます」


「こんな痛みは初めてでした。何か食当たりになりそうなものは食べたのか、はたまたストレスなのか。内科、精神科、果ては田舎の母親に、自分の知らないアレルギーの有無を電話で確認しました。結果としては、医者も母親からも、何も原因が分からないとだけ告げられました。胃腸薬、抗アレルギー薬、抗炎症薬など試せるものは全て試しましたが、だめです。

 心のどこかで、この店だろうと思ってました。だって、幽霊なんか食べたんですからね。ですが、もしこんな痛みが出るなら、なんで食べた後すぐに症状が出なかったんだろう、女の霊は現れてないのに何で今さら、と若干の疑問が浮かぶようになりました。そのため、原因を普段食べている料理や、仕事のストレスに求めました。ですが、然したる原因も解決法も見つからず、いよいよ症状は酷くなるばかり。もう、そのままにしておけない。そう思い、この店に来たわけです」


 なるほど。


「苦しいですか?」


「当たり前でしょう」


 男はムッとされました。


 いやはや、当たり前のことを訊いてしまい、大変失礼致しました。

 それでは、お客様には悲しい事実と、良い事実をお伝えせねばなりません。

 まずは、悲しい事実を。


「わたしにも原因がわかりません」


 男は見た目でもわかるぐらいに、がっくりと肩を落としました。


「一つ言えるのは、お客様にご提供しました食材には問題はないということです。鮮度は抜群でした。そのため、食あたりではありません」


「鮮度ね……」


 男は投げやりに返します。


「ですが、お客様の症状を改善させることは可能です」


 この一言に男は目を輝かせました。


「本当ですか!」急に大声を出したものですから、その反動で強烈な痛みが襲ったのか、声にならない叫びを出してテーブルに突っ伏してしまいました。


 わたしは見下ろすように伝えます。


「いい薬があります」

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