極北の島 最期の猟師

風羽

北極星に一番近い島

 一人の老人が太い倒木にじっと腰を下ろしている。こんがりと焼けたその顔には深いしわが何本も刻まれ、右の頬には獣の爪痕の傷がくっきりと残っている。緑色を帯びた深い泉のような目はどこか鋭く、どこか優しく、遠くを見つめているようだ。



 モノトーンの世界。太陽は殆ど顔を出さない。

 真っ白な雪原。どこまでも続いている一直線の動物の足跡。遠くに見える山々。空に浮かぶ雲。全ての物に堺が有るようで、全ての物が繋がっているようにも見える。

 余計な物は何もない。騒がしい物は何も無い。私の心はぐっと落ち着く。色が無いという感覚は無く、その濃淡が心地良い。


 大地の音。風の音。動物達が活動する音。沈黙の豊かさ。私が吐く白い息はこの真っ白い大地に溶け込む。今ここに私自身が生きているという事を実感させてくれる。


 冬の間は狩に出掛ける事も無く、風の穏やかな暖かな日、私はただこうしてここに座って一日を過ごす。



 暖かいと言っても、気温がマイナス十度を上回る事は無い。

 ここは地球上で人が住める最も北極星に近い島。その名を「ポーラカムイ島」という。おそらく現在ここに住んでいるのはこの老人「ビゾ」と少年「ルーフ」の二人だけであろう。彼らは野生動物の一種であるかのように文明とはかけ離れた生活をしている。


 冬の間、人間は狩をしないという事をこの島の動物達は知っている。だから逃げる事も追う事もなく、お互いが一定の距離を置いて生活している。

 まあ、狩の季節であっても、ビゾとこの島に住む動物達とは強い絆で結ばれている。動物達は淘汰される運命を知っており、ビゾには身を任せていた。去るべき者は自らビゾの前に現れ、身を投げる事も度々だった。



 春になるとまた狩が始まる。けれど、もう私が出向く事は無いだろう。私は歳をとった。十三歳になったルーフはもう一人前の狩人だ。私が居なくても、充分一人で狩を行えるはずだ。

 そんな事を考えながら、こうして座っていると、動物達は隠す事なく様々な日常生活を見せてくれる。

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