第19話 天辺杉の孤独

ここに来て、私ってば色々なモノや人?の名付け親みたいになってるなと、改めて思う。

しかし、名前と言うのは大事である。あるなしで言うのなら、断然ある方がいい。

私によって命名されたキーンが仲間の元へと向かい、天辺杉ことマザーの件で仲間と話し合うと言うので、私も一旦、自分の仲間の元へと戻った。


私の側に付いていてくれたウィルとハルキを引き連れて、設営されたテントにて小休止となった。

もちろん、天辺杉への攻撃も中断された。

「マザー…。彼らは異種族でありながら、共存関係にあるのだな」

ヴォルフが感慨深げに、遠目にうつる彼らに目を向ける。

小さな緑の人達が大勢集まって、何やらワイワイやっている。その中心にはキーンがいた。大きな身振り手振りで仲間達に説明しているようだ。


視覚的には幼稚園児達の集まりのようで微笑ましいが、彼らはああ見えても大人だ。本当の意味での子供達は、何が起こるか分からず、危険なので大樹のウロの中に隠れているらしい。


「面白いわね。植物を起源とした人類が実在するなんて」

アイシャの言葉に一同が頷く。

「外見は人に近い。しかし、肌の色もそうだが、眼球も白目がなければ、発声器官も人とは大きく異なっているようだ。人に近いが、我々、人類とは異なる進化を辿った結果だろう。哺乳類ではなく、植物から進化するとは…」

「そうね。でも、あり得ないことではないわ。人類と同じ様に死滅したと思われていた動物や植物もいた訳だもの。旧人類と違うルーツを辿って新しい人類が生まれていても、何らおかしくはないわ」

「アイシャの言う通りだ。今の地球は原初の環境に近い。人類よりも植物が生態系の頂点に立っていると言ってもいいだろう。その結果、彼らが誕生した」

「同感。調べてみなければ分からないけれど、彼らが人よりも現在の地球に適合しているのは間違いないわ」

「植物を祖にするか…。私の研究に、あらゆる意味で一石を投じるだろうな」

そんな風に、 延々と難しい会話がヴォルさんとアイシャの間で交わされているのを、私は半分、ぼーっと聞いていた。


「新人類ってアリかよ。しかも、植物…。何であいつらはあんなに冷静に話が出来るんだ?驚くとかしないのかよ」

隣でボソリと呟く、ウィルに私は全面的に賛同したい。人類の進化とか環境に適合とか、そんなのどうでもいい。そもそも難しい話は苦手だ。

私は、私達とは異なる人類であるキーン達と単純に仲良くなりたいだけだ。

「いや。それはそれで、どうなんだ?」

ウィルのツッコミに驚いて、隣を振り仰ぐ。おかしいな。心の声のはずだったのに。

「え?声に出てた?」

「んん?まあな」

口に出たものは仕方ない。

「だって、考えてもみてよ!地球が滅んでから1000年後の世界に新しい人類が誕生しているんだよ!普通に凄くない!」

「…スゲエよな」

「でしょう!絶対に仲良くなるべきだよ!て言うか、エイリアンみたいな存在じゃなくて、ホント良かった!」

「あー、あれか。エグいよな」

「あれ?知ってるの?」

エイリアンと言うのは、普通に訳せば異星人だが、一種のトラウマ案件になりそうな映画が有名だ。

「まあな。SF映画好きな同僚が寮で流していたのを見た」

私は、深夜映画で見た口だ。しかも、小学生の頃に。普通に深夜、お手洗いに行けなくなるくらいの衝撃を受けた。


「それに比べると、ね?」

「うーん、まあな」

隕石衝突によって、ある意味、地球は地球でなくなった。彼らからすると私達の方がエイリアンだろう。

「対話が出来る相手は、人間だよ」

コミュニケーションがとれる相手と戦うなんて論外だ。


「天辺杉とも、そうなれればいいのに」

「それは…。あいつら次第だな」

ウィルがキーン達を目線で示す。

キーンが何やら仲間を説得しているように見える。彼に対して、怒っているような人達と困惑しているような人達で態度が分かれて見える。


どうしたのだろう。何だが、不安だな…。そんな私の心を読んでか、ウィルが私の頭をくしゃりと撫でた。

「ま、今は待つしかねえだろ」

「…うん」


キーン達の話し合いは時間にして1時間くらいかかっただろうか。

トコトコとキーン一人が、こちらへと歩いてくる。

『お待たせして申し訳ありません』

そう言って、ペコリとお辞儀をする。

お辞儀って万国、いや異種族共通なのかと、変なところに感心する。

(話し合いはどうなったの?何だが、荒れているように見えたけど)

私の問いに、キーンが恐縮したように身を縮ませた。

『一部の者の間で、マザーの行動に制限をかけるのは不当だと言う声があがってまして…』

彼らにとって天辺杉は、自分達を守ってくれる母親ような存在。そんな相手に、私達は食事を制限しろと言っているようなものだ。

自分でダイエットを始めるならともかく、他人から強制されるのはゴメンだ。

(うーん。食べるなって言ってるようなものだものね…。腹が立つよね)

『あなた方が不安に思っているのは理解出来ます。同じ様に仲間達がマザーを飢えさせるのかと怒る気持ちも分かるのです』

(うーん)

私は腕組みをして、しばし、考え込む。

(あ!じゃあね、マザーには私達から食事を提供するって言うのはどうかな?)

『食事、ですか?』

(だって、マザーは植物だよね。だったら、肥料をあげたらいいんじゃないかと思うのよ)

『ひ、肥料?それって一体…』

私は目を白黒させるキーンに肥料が何たるかを説明する。


『なるほど…。人工的に養分を与えると。理解しました』

そこで突然閃いた、素朴な疑問。

(あ、ねえ。あなた達の食事って何なの?)

キーンは植物から進化した人類だ。食事って何なんだろうか。気になる。

『我々の食事は、主に果物や植物ですね。え?動物を食べるのかって?動物なんて食べません。と言うか、食べれません』

ベジタリアン、菜食主義か。納得。

(煮炊きとかするの?)

『基本、生のままですが、固くて生では食べられないものは煮たり、すぐには食べられないものは乾燥させたり、加工したりすることはあります』

ふんふん。火を使うと。

『あなた方の食事は何なのですか?』

逆に彼からの疑問に答えると、キーンからドン引きされた。

『え?動物を殺して焼いて食べるのですか?え?時には生のままで?それは…、その。随分と変わった嗜好をされているのですね』

彼らにしてみれば、私はゲテモノ食いらしい。うーん。食文化の違いって、難しい!


私達、私とキーンは揃って天辺杉の前に立った。ここは、天辺杉の意識操作の範囲内である。当然、仲間からは猛反対を受けた。

しかし、説得するのに相手の懐に入らない訳にはいかない。最も、お供にハルキを従えている。不測の事態に迅速に行動するためだ。


キーンの仲間達が天辺杉に向かって右側、私の仲間達が天辺杉に向かって左側に立つ(距離は十分にとってある)。

まずはキーンによる、マザーへの説明から始まった。

私にはキーンの声しか聞こえない。マザーとの会話の内容までは分からないが、天辺杉が意思を持つ大樹であることは目で見て確認できた。

何故なら、単に風にそよいでいただけの杉の葉が、ザワザワと意思をもって動き始めたからだ。

それに連動するように、地中の根もまた振動している。それはまるで、地震にようだ。ぐらぐらと地面が揺れる。


そうした対話を行っている最中、突如として、キーンの悲鳴のような声が上がった。

天辺杉の枝の一つが、まるで蔦のような動きでもって、こちらを攻撃してきたのだ。

キーンも、私も動けなかった。

迫る来る攻撃に為す術を持たず、私は目を閉じた。すると、閉じられた瞼の奥からも感じられるような、カッと眩しい光が私の目の前で弾けた。ついで強風に晒されたような、激しい衝撃が襲いかかる。


私は文字通り、ふっ飛んだ。

「なっーーーーー!」

ゴロゴロと後方へと転がった。

「おい!生きてるか!」

「死んでない!」

ガバッと半身を起こす。見上げた先にウィルの顔があった。

えーえー。何となくだけど、分かってたわよ!ウィルが天辺杉に対して攻撃したことくらい。でも、威力ありすぎ。吹っ飛んだわ。

「もー!攻撃するならするって、予め、言っておいてよね!」

「そんなこと出来るか!間一髪だったろーが!」

私の逆ギレに反対にキレられた。理不尽だ。


「サキ!大丈夫か?怪我は?どこか痛むところはないか!」

ヴォルさんの労りが身に染みる。

「はあ。心臓が止まるかと思ったわよ。無事で良かった!」

「主!主!だいじょうぶ?」

アイシャがほっとしたように私の隣に座り込む。コタに至っては、ペロペロと猛烈に私の顔を舐めて、無事を確認していた。

うん。ありがたいけど、ちょっと止めてくれる?唾液でベトベトになっちゃうから。

うごうごするコタの体を両手で掴みあげ、ペロペロを阻止する。


「あ、いたた」

高性能な防護服のお陰で、擦り傷なんかはなかったが、軽い打ち身はあるようだ。背中がちょっと痛い。

それでも怪我はないほうだろう。デバイスのガード機能が働いて、地面との衝突はなく、クッション(エアバッグ機能か?)となっていたようだ。

「あ!キーンは?」

ちょっ、まずい。大人の私でさえ吹っ飛んだのだ。子供サイズのキーンなど、どうなることか!

「彼も無事ですよ?」

声のした方を見れば、ハルキが彼を守ってくれたらしい。彼の足下?にキーンが無傷で横たわっている。ただ、意識は失っているようだ。

「サキ様は守られていると知っていましたから、こちらを優先しました」

うーん。有能過ぎて怖い。キーンになにかしらあったら、緑の人達とも争わなければならなくなっただろう。


《みんな、敵!消えちゃえ!》

それはまるで、幼子が泣いているかのよう声だった。

《いらない!みんな、いらない!一人でいい!昔に戻る。みんな、いらない!》

一人でいいと言っているのに、私には何故かそれが正反対に聞こえる。一人にされるくらいなら、自分から一人になると、そう聞こえるのだ。

《いらない!みんな―、みんな消えちゃえ!》


慟哭のような、悲鳴のようなそれは、確かに天辺杉が発する声だった。

どうやら、私には眠っている間に、異種族(異種生命体)と会話する(感応すると言った方がいいかも)能力が開花していたらしい。天辺杉の声が聞こえた。

マザーとキーンは呼んでいたが、彼女は子供だ。それも幼子。

泣きながら、叫んでいた。

《誰もいない!誰も分かってくれない!》

無数の枝が蔦のようにひゅんひゅんとしなり、唸りを上げる。それは大地をえぐり、空気を切り裂いた。

緑の人達がそんな天辺杉を怯えた顔で見ていた。


それは1000年の孤独を訴えていた。私には想像もつかない長い年月を、天辺杉は地球上にあって、一人きりで過ごしてきた。

やっと最近になって意志疎通出来る、キーン達の種族と出会って、共に生きる喜びを得た。そんな彼らから、自分に害をなす者との対話を勧められ、彼女は裏切られたと感じた。だって、そいつらは敵だから。そこいら中を変なものに囲まれ、痛みとともに何かしらを体にうち込まれた。


天辺杉は悲しみ、そして、怒っている。だから、私はこう呼び掛けた。

「私もあなたと対話がしたいの。話を聞いてくれる?」

天辺杉の根本にまでやって来て、大きな幹に触れて語りかけた。

すると、枝がピタリと動きを止める。

《誰?なに?人間…、なの?》

天辺杉に視覚はない。直接、触れて語りかけたことで私を人間だと認識したようだ。


天辺杉の意識が奔流となって、私を呑み込んだ。それは途方もない、長い記憶だった。彼女は文字通り、生き証人であった。地球が滅亡する前から大地に根を張っていた杉の木だった。人の手で植林された若木の一本で、隕石衝突による滅亡から生き延びた。


《人間?生きて、いたの?もう、どこにもいかない?》

「いかないよ。私達は、新しい地球に生まれ変わったんだよ」

《一人…、しない?》

「ええ。一緒に新しい地球でやり直そう」










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やりなおし地球生 NAGI @cat-walk

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