第10話 行くも帰るも地獄

終わったよ~完全に俺の人生終わったよ~。


「ふがっ!! ふがっ!!」


 六畳間の中央で両手両足を縛られた少女を眺めながら俺は人生終了のホイッスルを聞いた。


 拉致監禁、下手したら暴行罪と、俺は目の前の光景を合法的にとらえることが全くできそうにない。


『熊谷家の御曹司は監禁王子だったっ!! 華麗なる一族の裏の顔っ!!』


 明日の一面はこれだっ!! ……OH……NO……。


 俺はその場に崩れ落ちる。終わったよ……マジで終わったよ。しかも相手は桜井まんじゅうの令嬢だぞ? こんなの下手したら企業同士のドンパチ始まっちまうよ……。


 親父……ごめん……。


 どうポジティブに考えても、金髪碧眼の美少女が縛られてる姿がタダで見られたこと以外に好意的に解釈できるものがない。


 そして、実行犯である我がメイド、柊木日向は悪びれる様子もなく桜井未菜瀬の頬をつつく。そして、桜井女史は日向に頬をつつかれるたびに「んんっ……」と妙にいやらしい吐息を漏らして猿ぐつわから涎を垂らしている。


 な、なんだ……なんか悪くないかも……。


 と、一瞬思わないでもなかったが、見惚れている場合ではない。俺は慌てて日向の前にしゃがみ込むと彼女を見つめる。


「柊木日向さん」

「なんですか、ご主人様」

「これはどういうことだい?」

「ご主人様の仰せのままに」

「いつ俺がこんなこと仰せた?」

「ご主人様が今年中に恋人が作れるように、忖度いたしました」

「そ、そうか……」


 ダメだ。話が一切通じねえ……。俺はとりあえず桜井未菜瀬を見やると「すまん」と言って彼女の口にはめられた猿ぐつわのベルトを緩めてやる。猿ぐつわを外すとボールに付着した大量のよだれが彼女の口との間に橋を作った。


 え、えろい……。


「は、はわわっ……」


 俺が猿ぐつわを掴んだまま桜井を眺めていると、彼女は何やら頬を真っ赤にすると、慌てて俺から顔を背ける。


「事情はわからんけど、うちのが悪いことをしたな……」


 許して貰える確率は限りなくゼロだが、とりあえず謝罪をしてみる。すると彼女は俺から顔を背けたまま「別に怒っていませんわ……」と小さく呟いた。


 怒ってないっ!?


 そんな彼女の言葉に俺はかなり面食らったが、とりあえず彼女の話を聞こう。


「そ、その……こういうのも悪くありませんでしたわ……」

「はあっ!?」


 とりあえず彼女の言葉をゆっくり聞こうと思っていた俺だったが、ダメだった。俺は目を丸くして叫ぶ。


「桜井さん、どういうことですの?」

「そ、その……信じてもらえないかもしれませんが、私はその……へ、変態なのですわ。ですからこれは私が日向さんに頼んでやってもらったことでして、日向さんに非はありませんわ……」

「う、嘘だろおい……」


 桜井日向がド変態っ!? 少なくとも俺の知る桜井未菜瀬は絵に描いたような社長令嬢で、高貴な女の子だ。そんな女の子が縛られてギャグボールまで嵌められて喜んでいただと?


 にわかには信じられない。


 俺は真意を確かめるべく日向を見やった。


 すると、日向はなにやらバツの悪そうな顔で俺から顔を背けた。


 それを見て、俺は確信する。


 こいつ何か桜井未菜瀬の弱みを握ってやがる……。俺は再び桜井女史を見やった。


「本当なのか?」

「ほ、本当ですわ……」

「本当に本当か?」

「…………」


 どうやら嘘らしい。そうだよな。こんな清楚なお姉さんが手足を縛られて興奮するなんてありえないよな。そんなのはエロ漫画以外ではありえない。俺だって現実と虚構の区別ぐらいついているさ。


「それよりも、ご主人様」


 言いよどむ未菜瀬に助け舟を出すように、日向が口を挟む。


「な、なんだよ……」

「何か新しい漫画でも買われたのですか?」

「はあ? なんだよ藪から棒に」


 おい、待て……。


 俺は彼女の言葉にわずかに額に冷や汗が浮かんでいることに気がついた。が、日向は冷めた目で俺を見つめながら俺の右手に掴んだブックスオフの袋を指さした。


「その袋に入っている漫画、見せてください」

「なんで見せなきゃなんないんだよ」

「個人的な興味です」

「参考書だよ。安かったから買ったんだ」

「参考書ならば、見せていただけますよね?」

「なんで見せなきゃなんない……」


 やめろ日向……。これ以上俺をイジメるな……。

 日向は俺の買った書物がなんなのか、ある程度の目星がついているようだった。そして、彼女は未菜瀬の前で俺の性癖をさらけ出させるつもりらしい。


 彼女が話を逸らそうとしているのは明白だった。


 が、これだけは桜井未菜瀬に見せるわけにはいかない。俺にだって一応は熊谷家の御曹司としての威厳があるのだ。


 が、そんな俺のことを日向はしばらく冷めた目で見つめると、今度は桜井を見やった。


「未菜瀬さん、こんな酷いこと、誰にされたのですか?」

「え、え? どういうことですの?」

「未菜瀬さん」


 と彼女は桜井の名前を呼んで、じっと彼女を見つめた。すると、彼女は不意にはっとしたように目を見開くと俺を見やった。


「そ、その……熊谷さんですわ……」

「おいっ!!」


 なるほど、桜井未菜瀬は日向の操り人形らしい。日向は不意に俺の耳元に唇を寄せてくる。


「ご主人様、一時の恥と一生の後悔、どちらを取りますか?」


 鬼だ……。

 どうやら俺がここで性癖をさらけ出さなければ、俺は監禁罪&暴行罪で豚箱に送られて一生の後悔を強いられるらしい。


「漫画を見せなきゃ、マジでやるのか?」

「マジでやります……」

「…………」


 俺は泣きそうになりながらブックスオフの袋を日向に渡した。すると、彼女は「よくできました。この変態」と耳元で囁いてビニール袋を受け取った。


 さて、ブックスオフの袋は彼女の手に渡った。俺はまな板の上でぴちぴちはねる魚と同じだ。あとは板前日向に捌かれるの待つだけの身。


 もういい……煮るなり焼くなりなんとでもしてくれ……。


 日向はしばらくブックスオフの袋を眺めていた。そして、ゆっくりと袋を開けると、中に手を入れてそっとそれを出した。


 こ、殺してくれ……今すぐに誰か、俺を殺してくれ……。


 マンガを眺めながら日向は言った。


「ご主人様、この漫画はなんというタイトルですか?」

「言わなきゃダメですか?」

「言わなくてもいいですが、人生詰みますよ」

「もう詰んでいませんか?」

「それはご主人様の捉え方次第です」


 どうやら荒れた海に飛び込むか、火の海に飛び込むかどちらかを選べということらしい。


 俺は目を真っ赤に充血させながら、震える唇を開いた。


「『どすけべ令嬢の今宵もオークの待つ森に向かう』というタイトルです……」

「どういう話ですか?」

「ご勘弁いただけないですか?」

「未菜瀬さん、誰にやられましたか?」

「く、熊谷さんですわ……」

「お話させていただきます」


 もう野となれ山となれ。


「これはかつてオークに囚われた時に拷問を受けた公爵令嬢が、性癖に目覚めてしまい、解放された後も護衛に守られながらオークからえっちな拷問を受けて性欲を満たす物語です」


 自暴自棄に漫画の内容を赤裸々に解説する俺。そんな俺に日向は予想に反してやや驚いたように目を見開いたが、すぐにまた冷酷な目に戻ると桜井未菜瀬を指さした。


「こんな感じですか?」

「そんな感じです」


 そう答えると桜井未菜瀬は「はわわっ⁉︎」と怯えるような目で俺を見つめた。




――――


いつもお読みいただきありがとうございます。

本作は現在作者の性癖が余ってやや迷走中です。が、なんとかご納得いただける結末を模索して奔走中ですので、温かい目で見守っていただければと考えております。

どうぞよろしくお願いします。


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