終末世界に革命を!

紙音

プロローグ

「あぁ、相変わらず辛気臭い世の中だな」


 街を歩きながらひとりごちる。周りを見渡すと、高層ビルに囲まれた道をたくさんの人が死んだ魚のような目をして歩いている。この場所も昔は談笑する人々に客を呼び込もうとする店員、店内で値切りをする客など、それはそれは賑やかな街であったらしいが、今では談笑の声などまるで聞こえないし、店にもお行儀よく据えられているロボットが店ごとにぽつんと一体いるだけで、全く活気がない。


 数十年前、世界は変わってしまった。


 20XX年、激化する戦争と度重なる環境破壊によって人類は滅亡の危機に瀕していた。居住可能な地域は元の半分以下になり、人口は100億人近くから、20億人程度まで減少。事態を重くみた各国は緊急で全世界サミットを招集、2000年もの間止まなかった争いに終止符をうち、この未曾有の危機に対応するため全世界を統合する運びとなった。


 そうして建国されたのが現在世界唯一の国となった、統合国家オルディネである。足並みを揃えたことで滅亡危機への対策は速やかに進み、環境破壊を押し留め、居住地域を確保、減ってしまった人口による労働力の不足も各国の叡智を集結させたことでAIや機械技術が飛躍的に発展、無事解決された。


 人類滅亡回避という意味では大成功を収めた統合政策であったが、情勢が落ち着くにつれて様々な問題が浮上した。まず貧富の格差が拡大した。滅亡危機という共通の課題に向かっていた頃は余剰などなく多少の差はあれど、誰もがギリギリの生活を受け入れていた。しかし状況が落ち着くやいなや、数少ない資源や土地を提供していた旧世界の資産家たちが、文句を言い始めた「私たちが提供したものへ見返りはどうなっている」と、この切迫した状況で何をと思うかもしれないが、彼らは強情であった。見返りがないなら今すぐ土地や資源を返せ、さもなくば実力行使も辞さないと、旧世界の名残りで多数の戦力を有していた彼らを暴れさせるわけにもいかず、政府は彼らに特権を与えた。


 結果、平等に配給していた少ない物資は優先的に彼らに回されるようになり、格差が広がった。そしてそこから歯車は狂いだした。特権階級に対する不満を押さえつけるために、政府直属の治安維持機関が設立され、民衆は常に監視されるようになった。さらに少ない物資を特権階級に融通するために一般階級への配給は減り、AIやロボットによって仕事がなくなっていた民衆は足りない金を稼ぐこともできず、文字通り生きることしかできなくなった。たまる不満を押さえつけるために政府は治安維持機関による監視を強化、少しでもおかしな素振りを見せれば即逮捕という、徹底的な管理社会が成立し、今に至る。


 ま、俺はオルディネ建国以降に生まれたから元の世界がどうだったかなんて知らないんだけどな。ただ、今が耐えられないくらい退屈な世の中なのは理解できる。物資が制限されているせいで娯楽なんてもんは、ほとんど存在しないし、一般階級でもアクセスできるものは全て政府の検閲の入ったつまらないものしかない。検閲なしでの娯楽制作、鑑賞が認められているのは特権階級だけだ。まぁ、俺はそんな状態に耐えられるはずもなく、ある手段でゲームやら漫画やら色々手に入れてるんだが。今日も、そのために非合法な仕事で金を稼いできた帰りだしな。


「あーあー、なんか面白いことねえかなあ」


国家転覆なんてのも楽しそうだが、如何せん政府の戦力が高すぎる。特にこの地域には治安維持機関最高戦力の《白銀》もいるわけだし、現状に不満はあれど、個人的には楽しめている俺が捕まるリスクを背負ってまで動くには弱い。何かきっかけがあれば、やぶさかでも無いどころか大歓迎なんだけどな。


「ん?」


 そんなふうに独り言を言いながら適当なことを考えていると、道端に何か白い機械が落ちているのを見つけた。見たところ携帯型のデバイスかなにかだろうか?と、拾ってみると案の定、国から配給される携帯型デバイスであった。本人確認から電子通貨の管理まで行う、言うなればオルディネ国民の証みたいなもんだから、なくすと高い金払って再配給受けなきゃいけなくて、大変な代物だ。


 まあ追跡も簡単だから、普通ならすぐ見つかる。だが俺は追跡を無効にする術を知ってるし、普段ならそれを使って持ち去った後、闇市にでも流して新しいゲームでも買うとこなんだが……。もちろん一般階級用のデバイスなど大した金にならないから、基本的に盗んでいたのは無駄に高性能な特権階級用のものだ。見たところ、このデバイスも最新型、しかも特注か?十分高く売れるだろう。だがしかし、なんとなく、本当になんの根拠もない勘だが、このデバイスをきっかけに何か起こりそうな気がする。うーん、結構いい値で売れるだけに悩みどころだが、ここは売らないでおくか。直感ってなかなか侮れないもんだし、尊重しよう。


 そう結論づけ、俺はデバイスの追跡機能を強制解除するのをやめ、持ち主を待つために手頃な場所を探し始めた。

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