第28話 新しい日

 翌日の朝、私は洗面所の鏡に映る自分を眺めていた。


 ――やっぱり女の子だ。


 じっくり見ると、髪型はむしろ男子寄りな感じがした。もともと短かったものを更に切って整えたのだから、当然なのかもしれない。

 だけど鏡の中の私は、夏服のブラウスやスカートが似合う女子だった。自分で言うのは恥ずかしいけれど、清楚な感じがする女子だった。

 それは別にいいのだ。問題は、それが嬉しいと感じる自分だった。あれだけ男になりたかったのに、いや、今でもその気持ちは強くあるのに、この外見にくすぐったいほど喜んでいる自分なのだ。

 女にはなりたくないのに、女の子である自分は嬉しい。

 男の女装趣味みたいなものだろうか。いや、なんかそれも違うような。

 ――女じゃなきゃそれでいいか。

 私はそう考えて、ちょっと前髪を整えた。悪目立ちはしたくないから、ガーゼは貼らないでおこう。

 私は鞄を持って玄関に向かい、スニーカーを履いた。

「行ってきます」

 いつものように返事はない。だけど、母が廊下に出てきて私をじいっと見ている。

「何」

「別に」

 昨日、美容室から戻ってからこうだ。私の頭を眺めては、「いいわね」だとか「嘘みたい」だとか、ぶつぶつ言っている。

「お母さんも、美容室行ってみたら。割引券渡したじゃん」

「そうねえ。思い切ってイメチェンしようかしら」

 母はちょっと微笑んだ。女というより、女の子の顔だ。さっきの私のような。

「いいんじゃないかな。じゃあ、行くね」

「うん、行ってらっしゃい」

 慣れない言葉が返ってきて、私はちょっとだけ嬉しくなった。



 通学路に出てすぐに、私の背中から勢いある衝撃が来た。

「うおっ!?」

「双葉ちゃん、おはよおおおお!」

「こ、河野さん。おはよう」

 やたらハイテンションな河野さんは、嬉しそうに私の顔――もとい、髪を見つめた。

「行ったんだ!? 行ってくれたんだ!!」

「うん、まあ……」

「かわいい!めっちゃ似合ってる!」

「あ、ありがと。でも」

 かわいくはないと言おうとするのを、河野さんはまるっと無視した。

「双葉ちゃんのお父さんが切るより、めちゃくちゃかわいい!どうするどうする!?これ男子から告白が殺到しちゃうよ!」

「ないよ!それはない!」

「いやいや、マジで分かんないって!双葉ちゃんは自覚ないだろうけど、結構美人顔なんだから!」

 河野さんは、学校に着くまでずっと興奮していた。なだめるのに疲れてしまった私は、ぐったりした状態で自分の教室に入った。

 いつものように黙って自席について、力無く机の天板の上に身を投げる。しばらくするとチャイムが鳴って、聞き覚えのある堅い足音が前から聞こえた。

「き、起立」

 戸村君の戸惑った号令に顔を上げると、今日は東先生が教壇に立っていた。以前よりも頬が痩せ、白過ぎるほど化粧が濃くなっている。そのくせ服は地味で、スカートも長い。

 私もみんなに合わせて席を立った。

「礼」

「「おはようございます」」

 東先生は小さく頭を下げて、それから一度も顔を上げなかった。時々こちらを伺っている仕草は見せたものの、私を見ることは一切なかった。



 終わった宿題を席の後ろから前へと渡して回収し、夏休みの注意点を手短に説明して、1時間も経たないうちに登校日は終わった。東先生はそそくさと教室を去り、私達のクラスは他より早く解散となった。

 私は、宿題を提出して軽くなった鞄を持って席を立った。そのまま出口に向かうと、途中で気まずそうな様子の戸村君が立っていた。

「あの」

「さようなら」

 私は笑顔で軽く挨拶をして、そのまま教室を出た。


 さて。あの日以来借りっぱなしの本を返すためにも、今日は図書室に行かなくちゃ。

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