第2話 かえるのこはかえる

 * * * * * *


 もう深夜もそこそこ良い時間なんだけれども、居間ではわたしの両親がやっぱり元気に活動していた。


「なにやってるのあなた! タンクなんだからもっと耐えなさい!」

「んなこと言われてもこいつのATKアホみたいに高杉なの! バフ切らさずくれよ!」

「まーたママのせいにして! そんなだからイベ報酬逃すのよお馬鹿!」

「それは俺のせいじゃないだろー!? そもそもママが装備買ってくれりゃあ――ああまた死んだ! 二時間必死に稼いだ経験値がぁ-!」


 お父さんはパソコンデスクのデスクトップで。お母さんはセンターテーブルの上のノートパソコンで。それぞれ画面を見て白熱している。

 冷蔵庫から取り出した牛乳をレンジで温めたわたしは、マグカップを持って二人の元へ向かった。


「今夜も『ワンクロ』やってるのー?」


 ――『ワンダーランドクロニクル』。通称『ワンクロ』。

 わたしの両親が大ハマりしている流行中のオンラインゲームタイトルで、アニメチックで可愛いキャラクターとモンスターが人気らしく、女性のプレイヤーが多いのが特徴みたい。設定を軽くすればスマホでも楽々プレイが出来るというところがウリで、家ではパソコン、外ではスマホみたいなハイブリッドプレイが流行ってるんだって。


 すると、戦闘を終えた二人がPC画面からわたしの方に向き直る。


「あら優衣。まだ起きていたの?」

「おお優衣! どうした? 明日から学校だろ?」

「うん。でもなんか眠れなくて……。ちょっとミルク飲みにきた」

「そうなのね。ママはてっきり学校が嫌でソシャゲに逃避していたのかと思ったわ」

「う」

「はっはっは! なんだ図星か優衣? さすが俺たちの娘だなぁ」


 おかしそうに笑う両親。わたしはなんだか恥ずかしくって目を逸らしながらお母さんの隣に座る。


「ふんだ。どーせゲーマー両親の血を濃く受け継いだソシャゲ女ですよ。というかお父さんとお母さんがわたしを英才教育したんでしょ! 幼稚園の頃からバリバリゲーム勧めてきてさぁ!」

「そうね。思った通りの子に育ってくれてママは嬉しいわ」

「そうだなぁ! 女の子はあまりゲームを好きになってくれないかと思ったが、お父さんも嬉しいぞ!」

「はぁ……そうですか……」


 ため息をつくわたし。

 そう。わたしの両親は生粋のゲーマーで、一時は二人揃ってプロゲーマーをやっていたくらいなので、暇さえあれば揃ってゲームに励むような人種なのである。なにせ二人が出逢ったのもオンラインゲームの中で、そこからリアルでの結婚に発展したのだ。最近では夫婦でゲーム動画配信なんかもやってて、それが意外な人気でそこそこお金を稼げているらしい。当然、二人は幼少のわたしにもゲームの良さをこれでもかとたたき込み、こうして残念なソシャゲ女が出来上がったのである。わたしは悪くない!


 悪くないわたしはホットミルクを飲んで愚痴をこぼす。


「でもさぁ、そんなソシャゲ女にあの学校は合わないんだよぉ」

「なーに? まだ友達が出来ていないの?」

「うん……だってゲームの話出来るような子いないし……。ていうかゲームに限らず、流行のドラマとかアニメとか音楽とかプチプラとかさ、一般庶民の話が通用するような子がいないんだよう! お母さんは、どうしてわたしをあの学校に薦めたの?」

「ママの母校だからよ。とっても良い学校だから、優衣もあそこで学べばママみたいに容姿端麗成績優秀文句のつけどころもない美女ゲーマーになれるわよ」

「なれないよお母さん……」

「それに、ゲームを知らない子ばかりなら優衣が教えてあげればいいじゃない。ママたちが優衣にゲームを教えたようにね」

「難易度高杉晋作だよ……」

「そんなことないわよ。ちゃんとお話してみなさい。みんな、優衣と“同じ”なんだから」

「そう……かなぁ……」

「はっはっは。ゲームの中みたいにアイコンやエモーションチャットで交流出来たら楽なのになぁ!」

「お父さんはゲーム脳すぎるよ……でもめっちゃわかります……」


 楽しそうに笑う両親。二人ともすごく優しいし、わたしにとっては何でも話せる良い両親なんだけど、いかんせんゲーム好きすぎるのが困りものだ。娘が本気で困ってるんだからもっと真剣に話し聞いて!


 なんて不機嫌な顔をしていたらお父さんがそばにやってきた。


「まぁまぁ優衣。とりあえず眠れないなら一緒にゲームやらないか? ソシャゲもいいがネトゲも楽しいぞぉ!」

「えー? パソコンでやるってこと? わたしのスマホじゃ対応してないよね」

「あら、いいアイデアじゃない。ほら優衣。ママのパソコン貸してあげるからやってみましょうよ」


 お母さんがノートパソコンの画面を見せてくる。そこにはファンタジー世界の風景が広がっていた。あ、お母さんのキャラめっちゃ可愛い。


「お母さんまで……。うーん、でもこれってMMORPGってやつでしょ? わたしこういうのはほとんどやったことないし……タイピングも遅いし……」

「だからやるんじゃないか!」「だからやるのよ!」

「うわっ」


 揃って娘の肩を掴んでくる両親。二人の目はキーラキラ輝いてた。なにこれコワイ! ていうか明日から学校ある娘にこんな時間からゲーム勧めるフツー!?


「よーしよしまずはアカウントだな! お父さんが作るの手伝うぞ!」

「じゃあ優衣はお母さんとwikiで情報チェックしておきましょうね。ネトゲは情報がすべてよ。それから名前も考えておきましょうね。これ、被りネームは禁止だから」

「ええ……」

「いっそ優衣にもノーパソ買ってやろうかな? ほら、入学祝いもまだだったろ!」

「あら、いいわねパパ。じゃあパパのお小遣いで買いましょう♪」

「えっ待ってママ! せめて半分――いや三割出して! ママの方が配信で稼いでるじゃん!」

「ママのスパチャは貯金。大切に使わなくては視聴者さんに失礼だもの。可愛い娘のためじゃない。文句があるならママよりキルデスレートキルレ上げてからおっしゃい!」

「ぐぬぬ……! わ、わかった! よぉし優衣! お父さんが良いパソコン見繕ってやるからな!」

「ええ……ホントに買ってくれるの……」


 至れり尽くせりな両親に導かれ、半ば強引にPCゲームデビューさせられることになったわたし。いやまぁパソコン買ってもらえるなら嬉しいけど……。


「もう。ちょっとだけだよ? 眠くなったらすぐ止めるからね?」

「おう!」

「もちのろんよ」

「はー。それじゃあ、軽く試すくらいなら……」


 こうしてわたしは3秒くらいで適当に決めた『ゆいまる』というプレイヤーネームを入力し、両親に見守られながら新たなゲームの世界へ飛び込んだ。


 そして両親が寝たあとも朝までずっと『ワンクロ』をしていた。

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