第3話 彼の鱗

 そうだ、汚れた服を入れる袋があったほうがいいだろう。

 そう思いついて、竜凪さんがいる部屋のドアをノックすると、横開きのドアをガラリと開けた。


「竜凪さん、良かったら、これに汚れた服を入れてくだ……」

 こちらを向いた竜凪さんとバッチリ目が合ってしまった。

 彼は、着替えるために上半身裸になっていた。


 私の目は、彼の裸に釘付けだ。

 私の口からは、『きゃあ❤︎』とも、『ワオ❤︎』とも発せられない。

 勿論、ハートもつかない。

 竜凪さんのある意味完璧すぎる身体に、ピクリとも動くことができずに、呼吸することさえ忘れてしまいそうだ。

 竜凪さんの体は、逞しい筋肉がついて引き締まった背中が見えていた。……からではない。

 

 彼の体の左脇腹から、腰、スラックスで見えはしないが、恐らくその下のお尻にかけて、グレーに、金属のような美しさを思わせるような、青みがかって光る、硬そうな鱗が皮膚を覆っていたのだ。

「綺麗……」

 やっと口をついて出た言葉は、意図せずに私の口から溢れでた。

 

 なぜ、皮膚に鱗があるんだろう?

 鶴の恩返しよろしく、実は、トカゲやヘビなどの化身なのだろうか?

 それか、河童とか?河童に、鱗があったのかな?(定かじゃないな……)

 竜凪さんの足元の影を見て見るが、特に変わった形の影じゃあない。人型をしている。


 私は、フラフラと竜凪さんのところまで行くと、そろりと鱗を撫でてみた。

 硬くつるりとした手触りの鱗は、想像していたよりも温かくて、手触りがいい。

 このままスラックスを下げて、どこまで鱗が続いているのか拝ませて頂きたいものだ。


「あの、なぜ体に鱗が?結構硬いですね。さらりとした手触りといい、粘膜に覆われているわけでは無いのですね。

 これは、爬虫類の鱗に似ていますが……竜凪さんは、爬虫類じゃ無いですもんね。

 もう少し、触っていてもいいですか?」

「そうだな……、シュウを連れて帰らなければならないからな。

 残念ながら、時間がない」

「そうですよね。残念です」


 そういいつつも、夢見ごごちで、彼の体の鱗をサワサワと撫で回しながら、うっとりと、眺める。

 そうすると、竜凪さんから声がかかった。

「おい、お前のそれは求愛行動か?」

「……へ?キュー・アイ?」

 間抜けな顔で首をかしげた私に、竜凪さんはニンマリと笑った。

 彼が言ったのは、キュー・アイでも、QIでもなく、求愛だと頭の中でまともに変換されて、理解が追いつくと、途端に恥ずかしくなる。

 やっと、現実に戻ってきた私は、真っ赤になって、持っていた袋を竜凪さんに押し付けて、部屋を飛び出ようとした。


 ところが、私のお腹に竜凪さんの逞しい腕がまわって、引き寄せられる。

「この鱗のことは、誰にも言うなよ」

 耳元で囁かれた、低く湿度を伴った声に、コクコクコクコクと高速で、首が千切れる勢いで頷くと、部屋を飛び出した。



 ヤバい!あんまり綺麗だったから、つい触ってなでまわしてしまった。よだれ出てたかな?

 口元に手をやって確かめたけど、ヨダレは出てない。セーフ(?)

 確かめるべきは、そこじゃあないとツッコミを入れられそうだけど、私は真剣にヨダレの有無を確認して、安心した。


 心臓が、ドキドキうるさい。

 お、お、男の人に抱き寄せられたのなんて初めてだ。

 なんせ、私は自他共に認めるトカゲオタクだ。

 

 一度も染めたことのない真っ直ぐな黒髪は、邪魔にならないというだけの理由で、肩のところでパツンと切っている。

 生まれてこの方、染めたこともパーマをかけた事もない髪の毛は、なんの面白味もなく、重力の働きによって、下に向かって伸びているだけだ。

 遼太と同じ小さめの顔にくっ付いているのは、眠そうな黒い瞳。

 家と大学、この動物病院くらいの狭い範囲しか出歩かないので、日焼けをしていない肌は、青白い。

 そして更に残念なことに、162センチと、ほどほど身長のある私の体は、ぺったんこで、やや……凹凸にかけるのだ。

 

 それでもたまに、何か勘違いするのか、声をかけてくる男の人もいるにいる。

 しかし、私はトカゲ姫だ。

 勘違いで寄ってきた男どもは、私のトカゲ愛を知るや否や、怯んですぐさま逃げ去ってしまう。

 馬鹿者どもめ!ナミブ砂漠に埋めるぞ!!

 

 いや、別に、構わない。悲しくなどないのだ。

 そもそも、異性と特別に仲良くなろうなんて思っていないのだから。

 特に、寂しく感じたこともないし、現状その辺に生息するという、リア充と名前のついた生物よりも、はるかに充実していると言い切れる。

 

 ただ、そういった理由で、私には対異性の経験値は皆無なのだ。

 なのに、イケメンの体を触ってしまうなんて……。

 (いや、出来ることならもっと間近でじっくりと観察して、撫で回してみたかった……)

 更には、そのイケメンに腰を抱かれた挙句、耳元で囁かれるだなんて……。

 大人の階段駆け上りすぎだ。不整脈を起こす。


 

 私が、病院の隅っこで、ハアハアしている間に、昭雄叔父さんは、竜凪さんに術後の説明を終えたらしい。レントゲン写真も見せて、何だか説明している様子だった。


「陽菜子、竜凪さんにお腹の瘤の説明したから、手術日の予約とってあげて」

 そう言われて、慌ててレントゲン写真を見る。

 本当だ。お腹に瘤状のものが写っている。

「あと、腫瘤の細胞吸引したから、念のために検査センターに送って、検査依頼かけておいてくれるかな?」

「はい、先生。分かりました」

 竜凪さんは、険しい顔をして私の手術予約の話を聞くと、オオトカゲのシュウちゃんを連れて、帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る