引き継ぎ

タツマゲドン

依頼

「で、早速訊くが、依頼ってのは?」


 椅子に腰掛け、黒いハットを目深に被った男はコップ一杯の牛乳を飲み干し、言った。


 テーブルに向かい合うのは黒い高級スーツに身を包んだ、白髪と皺が目立つ五十代程の男。斜め後ろに体格の大きなボディガードが一人、アタッシェケースを持って真っ直ぐ立っていた。


「では、「ローカスト」を知っているか?」

「ああ、新手のマフィアだったか、聞いた事はある」


 帽子の下の目が鋭さを帯びた。老いた方は声量が下がり、どこか怯えている。


「当初放っておいていたツケが回って、勢力が私の管轄にまで及んでな、部下の数人までも買収され、真っ向からでは勝てん」

「それで俺の出番って訳だな。報酬は?」


 ふと、後ろの巨漢がケースをテーブルに置く。スーツの男は鍵を開け、中に所狭しと詰まった札束を見せびらかした。


「私の組織の立ち上げから支えてくれた君の事だ。全部前金で払おう。二千万ドルだ」

「お安いご用だ。君の安寧を願うよ」


 二人は笑顔で握手した。






 依頼を受けた殺し屋は早速準備に取りかかっていた。


 彼の拠点の一つである古いマンションの一室にて、彼は分解した愛用のMk.23にグリスを塗っていた。


「依頼ですか?」

「そうだ。中々の大物でな、「ローカスト」は知っているか?」


 拳銃を組み立てる所で割り込んだのは若い男性。スライドを付け、前後させて動きを確かめる。


「それってこの辺りを裏で支配するギャングじゃないですか! 俺も手伝いましょうか?」

「このくらい一人でやれるさ。」


 照準と目線を合わせ、テレビに映ったコメンテーターの眉間を狙う。


 しかし、殺し屋は何かを思い立ったように銃を置き、弟子と思われる若い男に尋ねた。


「……そうだ、お前がこの依頼を引き受けないか?」

「えっ、俺が?」


 若い方は嬉しさに驚いていた。


「長い間俺のしごきを良く耐えた。殺しについては俺からお前に教える事は殆ど無い。後は実践を積むだけ、だから俺からのインターンをやろう」

「良いんですか?!」

「既に前金はある……千五百万ドルだ。お前ならやれる筈」

「そ、そんな大金……」


 一方で若い顔は不安も見せるが、年上側は背中をポンと叩いた。


「得意な事程金と敬意を払うものだ。この仕事の難しさは俺も知っている。同時にお前の実力も分かっている……絶対にしくじるなよ」

「はい!」


 懸賞金と情報の載った書類一式が入っているアタッシェケースを渡し、若い男の表情は晴れた。






「ああ、来てくれたか。頼みがあるんだ」


 依頼を受け取った殺し屋の弟子は困ったような口調で来客を迎えた。


「わざわざ呼び出して何の用だ?」

「まあコーヒーでも飲みながら話そう」


 薄汚いホテルの一室に来たのは彼と同年代の男性。久し振りの再会を喜ぶも束の間、呼んだ方が浮かない顔をしている事に気付く。


 少しでも重い空気を和らげようと飲み物を片手に、コメディ番組を見ながら、ようやく話題を振った。


「君を呼んだのは、仕事に協力して欲しいんだ」

「そんな所だろうと思ったぜ……まあそうガチガチにならずに気楽に行こうや」

「悪いね。じゃあ早速だけど、「ローカスト」は知ってるかい?」


 カップを持つ手が止まり、むせる音。手で口を押さえ、落ち着いた所で話を再開した。


「あんな大物狙うのかお前! すげえな」

「まあね……計画は立てているんだ。でもこのセキュリティはまるで政府機関か軍みたいで、警備の突破は一人じゃあ心細い。だから君に手伝ってもらいたいんだ」


 テーブル上には豪邸の見取り図。見張りやセキュリティの配置まで細かく描かれている。


「成程……お前の事だからそんなに心配しなくても良いんじゃないか?」

「師匠には俺一人でも十分だと言われたけど、正直まだ自信がない。報酬の六割はやるよ、それと……」


 計画の内容や聞かされる内に来客は閃いたように手をポンと叩いた。


「そうだ、なら分かった、俺一人で引き受けてやるよ。俺情報収集は苦手だから予めここまで情報あるとありがてえ。ところで報酬は?」

「前金制で千五百万ドル既に貰ってる……一人で良いのか?」

「じゃあ千二百万ドルくれ。俺が任せろって言ってるんだ、家でコーヒーでも飲んでな」


 友人は胸を張り、ウインクをしてみせた。






「ああは言ったが……」


 依頼を引き受けた男は自宅に籠もり、建物の見取り図が映るコンピューターのモニターを見て唸っていた。


「ちくしょう、こんなん小国の軍隊を相手にしろと言ってるようなもんだな。作戦金に釣られちまったぜ……」


 机にぶちまけられた資料を眺めるなり、コーラ缶を三分の一がぶ飲みする。


「あいつには悪いが……」


 キーボードを叩き、ブラウザに現れたのはあるサイト――検索欄の下に複数の顔写真が並び、懸賞金の額、住所までもが記載されている。


 インターネットにアクセスするとサイトには端末を個別に識別するIPアドレスが残る。そこで世界中にある複数のサーバーを経由する事で発信場所を偽装するという訳だ。


 このサイトに訪れる者は皆そうしている。各国の工作員は勿論、独裁国家の反逆者、彼のような汚れ仕事を生業とする者まで……痕跡を残してはならない。報復が怖いからだ。


「俺より腕の立つ奴なんてごまんと居る。それに一千万ドルも前金出しゃあ引き受ける奴も多かろう」


 額を手で抑えながら、依頼文を書き終えた彼はエンターキーを押して残りのコーラを飲み干した。






「おいおい、州ごと牛耳るマフィアの暗殺依頼が一千万ドルでネットに流れてんのかよ」


 パソコンを見詰めっぱなしの人物はある違法サイトの依頼を見つけ、思わず手を叩いていた。


「いや、待てよ。前金制で一千万かあ……そうだ」


 ニヤけ面を浮かべ、依頼を承諾する。


「二割でも二百万だしなあ。八百万で売ればまだ誰か引き受けてくれるだろうな」






「ここに七百万ドルある。これで引き受けられるか?」






「六百万ドルでどうだ?」




「五百万ドル」




「四百……」




◇◇◇◇◇






 都市部近郊の住宅街にある、一つの豪邸の前、黒いスーツに身を包んだ人物達が玄関の前で集まっていた。


 理由は単純、そこに住むある犯罪組織の長である人物を殺そうと押し入り、部下質はこれを速射殺した。


「しかし、何故こんな奴が襲ってきたんでしょうな」


 うつ伏せになった死体の眉間に空いた赤黒い穴から湧き出るどす黒い血がレンガの舗装を汚している。


 その服装たるや、高級住宅街には似合わぬ、使い古され破れだらけのコートにボサボサな頭髪、青白い肌も皮脂で光沢を放つ──一目で典型的なホームレスだと分かる。


「さあな。我々の組織に恨みを持った奴は幾らでも居るだろう」

「他に何か分かるか?」

「身分証も無いし人物特定は出来そうにない……いや、これを」


 死人に不釣り合いな、糊で閉じられた綺麗な封筒が一枚。中身は見えないが、薄い紙一枚を触って確認出来る。


「中身は?」

「……百ドルです」


 封を破って出て来たベンジャミン・フランクリンの肖像一枚にボディガード達は肩を落とした。


「たったこれだけの金でどこの馬の骨も分からんホームレスに狙われるとは、ボスには同情するぜ」


 マフィア達にこれ以上事件を捜査する気は無かった。

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