十五章 「涙、あふれる」

「彼の私が、春斗君の力になれたんだ。春斗君に再び生きる力を与えたんだ」

 話を聞き終わったあとのことだ。

 気づけば心の中で思ったことを、自然と言葉にしていた。

 私はただとても嬉しかった。

 こんなにも好きな春斗君の力になれたのだから。

 初めての小さなお客さんの気持ちが今やっとわかった。 

 彼女はお母さんのためになれて幸せと言っていた。

 私も同じようにそれ以外の気持ちなんてなかった。

 私は春斗君の力になれて幸せだった。

 それが最大の喜びだった。

「葵、今涙流れてるよ!」 

 春斗君は、珍しく大きな声をあげた。

「えっ、嘘!?」 

 私は確認するかのように自分の顔を触った。

 すると、手に水滴がついた。 

 初めてふれた涙は、ほんのり温かった。

 まさか涙を流してるなんて思わなかった。

 確かに今思えば、何か感情の高まりは感じていた。

 前に感じた涙が出そう感じも味わっていたと思う。

 でも、それに気づかないほど私は春斗君のことを思っていた。

 ただ幸福感で心がいっぱいだった。

「涙することができたね」  

 春斗君を見ると、春斗君も涙を流していた。

 私が涙を流せたのを見て、春斗君もそれに感動して涙を流したのだろう。

 そんなに思ってもらえていて、幸せだなと感じた。

「私、涙を流すことができたんだ」  

 涙がどんどんこみ上げてきて、あふれる。

 止めることができなかった。

 これが涙を流すということなのか。  

 涙ってすごい。

 今まで味わった感情の中で一番大きなものだった。

 だってこんなにも心が揺れ動くのだから。

 

「お疲れ様」

 出店が終わったあとで、すぐに春斗君が話しかけて来た。

「うん。春斗君もお疲れ様」

「今日もたくさんお客さん来たね」

「そうだね。あっ、そう言えば、大切なこと言い忘れてた!」

「なになに?」

 軽い言葉で反応してくれたけど、春斗君は真剣な顔をしていた。

「春斗君、本当にありがとう」

 私は深々と頭を下げた。

「急にどうしたの?」

「いやだって、こんなにお客様が来るようになったことも、私が涙を流せたのも全部、春斗君のおかげだから」 

 春斗君に出会わなければ、私は今でも涙を流せていないだろう。

 本当に感謝している。

「いえいえ。僕は葵のおかげで生きる力を再びもらったんだし、力になれて嬉しいよ」

「本当にありがとう」

 また涙が出そうになってきた。 

 心がぽっと温かくなる。

 一度流したことで、今まで流してこなかった涙の分だけ、でやすくなっているのだろうか。

 そんなシステムなら面白いなとふと思った。

「ところで、なんで葵は涙を流せたの? 僕の話が葵の求めている涙する話だった?」

 春斗君は涙した理由を聞いてきた。

 きっと私が落ち着くまで待っていてくれたんだろう。

 これまで一緒に探してくれた春斗君にも、どうしてか知る権利はあるだろう。

「うーん、春斗君の力になれたと思ったら、その、なんでかが溢れてきたの」

 私もまだ自分の感情に追い付いていない。

 どうして泣いたのかもはっきりとはわからない。

 自然と涙が出ていた。 

 いや、むしろ、涙とはそういうものなのか。人工的に流すものではない。

 でも、わからないことだらけのは涙を流すのは初めてなのだからだ。

 そのことも春斗君に伝えた。

「なるほど。まずは涙を流せてよかったね」

 春斗君はそのことを一緒に喜んでくれた。

 それがまた嬉しかった。

「うん、本当によかった。願いが叶ったよ」

「また、涙流れてるよ」

 春斗君は頭をなでてくれた。

 じわりと涙が頬を伝う。

「だって、春斗君がそんなに喜んでくれるから」

 今度は、自分でも流れているのがわかった。

「かわいいね」

 そう言って、春斗君の唇が、私の唇に重なったのだった。

 私はそのまま目をつぶった。

 この時間が永遠に続けばいいのにと思った。

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