十二章 「涙の予感」

「私がちょっと、水篠さん? どうしたの??」

 私は水篠さんの胸の中でびっくりして声を上げた。

 胸がドキドキしてる。

「話してくれてありがとう」

 水篠さんはそう言って、手を離した。

「えっ、どういう意味?」

 私は少し残念だなと思った。

 もっと抱きしめられていてもいいのにと思った。

「葵さんの力になれた気がしたから」

「うっ、うん」

 水篠さんは真顔でそんなことを言うから、すごく恥ずかしい。

「葵さん」

 水篠さんが私の名前を呼ぶ。

 ただそれだけなのに嬉しくなる。

「何?」

「ちょっと散歩しませんか」

「いいけど、どこに行くの?」

「それは秘密です」

 秘密。

 その言葉はなんて魅力的なんだろう。

「僕は、誰かの話を聞いてそれに心を打たれて涙を流すという考えは悪くないと思ってますよ」

「ホントに?」

 私は自分のことを肯定されている気がして嬉しかった。 

 人は誰かに自分自身をまるごと肯定されてたいものだ。

 その誰かが私にとって、水篠さんなのだ。

「本当ですよ。素晴らしい考えです。これからも出店続けましょうよ」

 そう言って、水篠さんは元気づけてくれた。

「うん!」

 水篠さんはそこで歩み止めた。

 目的地についたのだろうか。

 私は周りを見回した。

 そこは路地裏を抜けた光さすところだった。

 クリスマスツリーのイルミネーションがきれいに見えた。派手ではなく、でもキラキラしている。

 月がツリーの真上にちょうど来ていて、月がツリーの飾りつけのようになっている。

 ロマンチックな場所だ。

 人もあまり多くいない。

 時が止まっているように感じた。

「きれいなものを見ることで、涙を流すこともありますよね」 

 水篠さんはゆっくり話し始めた。

 そんなことまで考えてくれているのかと心がときめいた。

「そうね、心が洗われる」

 好きな人と見るきれいな景色は、格別だった。

 私は今まででこんなにきれいな景色を見たことがないと思った。

「葵さん」

「はい」

 突然また名前を呼ばれて、ドキッとした。

「もし、涙を無事流せたとしても、僕は葵のそばにずっといたいと思ってます」

「ずっと?」

「そう、ずっとです。これから先もずっと。僕は、葵さんのことが好きです」

「私も水篠さんのことが好き」

 今度は私から水篠さんに抱きついた。

 心がとろけてしまいそうだった。

 今思えば、私はきっと水篠さんに出会ったあの瞬間に恋した。

 一目惚れだった。

 世界が、私が、一瞬で色を変えたから。

 私はいつも水篠さんの顔を目で追いかけていた。水篠さんはそれに応えてくれていた。

 私達はきっと出会うべくして出会い、恋に落ちた。

 それを人は運命と呼ぶのかもしれない。

「よかったー」

 水篠さんは子どものように喜んでいた。

 そんな表情を見ていると心がそれだけで満たされた。

「あっ、今少し涙が出てきそう感じがしたかも!」

「えっ、ホントですか」

 水篠さんがぐっと近づいてきた。心臓の音が聞こえてしまわないか照れる。

「うん。なんかいつもと違う感情になった」

「それは、どんな感情ですか?」

「なんていうのだろう。幸せな感情?」

 自分でも少しわからない。

 でもいつもと違う何かを感じた。

「そのまま流れるといいのですが。どうですか」

「うーん。ちょっとまだ流れそうにはないかも」

「そうですか」

 水篠さんは残念そうにしていた。私のことを本気で考えてくれていてそれだけですごく幸せだ。

「でも、流れそうになったのは初めてだから。

次は流れるかも」

「そうですね。次はきっと流れますよ」

 私達は、出店へ戻ることにした。

 

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