十一章 「私が涙を流したいわけ」

「大丈夫ですか」

 水篠さんはそのお客さんが帰ってからすぐに声をかけてきてくれた。

 こんなとき、水篠さんがいてくれて助かるなあと思う。

 とても頼りになるなといつも感じている。

「うん。まだちょっとしんどいかな」

 私は素直に答えた。

 弱い自分を隠すことなく、さらけ出すことができる相手は、なかなかいないと思う。

 それが私にとって水篠さんなのだろう。

 私の中で、もう水篠さんは大切な人となっていた。

「私でよければ、話聞きますよ」 

 水篠さんは優しくそう言ってくれた。

 その笑顔を見ると、少し心が落ち着いた。

「涙を流したい理由、まだ話してなかったよね」

 出会った時は涙を流す理由は話せないと思っていた。

 でも今は違う。信頼してるし話すことができる。

 私の中で、気持ちは確かに変わっていた。

「はい」

「私が涙を流したいのは、未来を変えたいからよ」

「未来を?」

「そう。水篠さんは占いって信じる?」

「占いですか。うーん、いい内容のものは信じるようにしています」

「私は信じない人だった。でもある日、占い師に言われたことがすごくすごく悔しかった」

「悔しかった?」

「そう。その占い師は『あなたは死ぬまで涙を流すことはないでしよう』と言った。私は人の気持ちを敏感に感じ取れるから、嘘ついてる人はわかるのよね。でも、この占い師からはそんなものは感じなかった」

 私は話を続ける。

 夜はどんどん更けていく。

 店の明かりは今日もきれいだ。

「たまにいるでしょ? 天性の強運をもった人とか。あれと同じ扱いで、その筋の人が見たらすぐにわかるみたい」

 その後、私は十人の別の占い師に占ってもらったけど、全く同じことを言われた。

 悲しかったというより、悔しかった。

 私の生き方を他の人に決められるのが嫌だった。

「なんというか、なんか気に入らなかったの」

「葵さんらしいですね」 

 水篠さんは私のことをわかってくれている。私の悪い部分もみてくれる。

 こんなにも私のことをわかってくれる人は初めてだ。

 こんなにも私のことを真剣に思ってくれる人はなかなかいない。 

 私も水篠さんのことを思っている。水篠さんのためになりたいと思っている。

 わたしはその時確信した。

 私はやはり、水篠さんのことが好きだ。

「占いなんかに負けたくない。だから私は涙を流したい」

 私は自分の力で涙を流してやると思った。人がなぜ涙を流すのが解明してやると思った。

「でも、さすがに笑っちゃうよね?」 

 ちらっと水篠さんを見た。

 占い師の一言で、お金を配って涙を流そうとしている。涙が流れるわけを知ろうとしている。

 涙は自然と流れるものであって、自分で流そうとして流すものではない。

 それぐらい私でも知っている。

 自分の行動が矛盾していることもわかっている。 

 しかもお金をばらまくなんて、誰もしようと思わないと思う。

 もちろん、誰もしようとしないからこそあえてこの方法を選んだのだけど、正気の沙汰ではないと思うだろう

 誰が聞いたっておかしな話だ。

「いえ、僕は笑いませんよ。葵さんが真剣なことは誰よりも知っていますから」

 そう言って、突然水篠さんは抱きしめてきた。

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