四章 「料金表」

「次は、料金表を作ります」と水篠さんは大きなコルクボードを出してきて、言った。

 時間はお昼を過ぎてきた。

 「少し休憩しよう」と私は言い、近くのコンビニで温かい飲み物とお昼ごはんを買いにいった。

「ところで、水篠さんって何歳なの?」

 サンドイッチを食べながら、私は頑張って積極的に話しかけてみることにした。

 コミュニケーションが苦手と言っても、少しずつ水篠さん話すのもなれていかないといけない。 

 一緒に店を出す仲間であるし、それもこのお店のためである。

 繁華街の路地裏では、トントンと作業の音が響いている。

「三十二歳ですよ」

「えー、私より一回りも上!? 全然見えないー」

 私は予想外の答えに驚いた。

 始まりは突然であったから何も知らないのも仕方ない。

 でも、私はいつのまにか、水篠さんのことを知りたいと思い始めていた。

「はは、若く見られるのもいいことばかりではないですよ」

 水篠さんは苦笑していた。

「まあ確かに。私も実年齢より若く見られてあんまり嬉しくないかな」

「共通点ですね」

 水篠さんは落ち着いた顔で笑った。

 共通なところを見つけられると人は仲良くなりやすいとよく言われる。

 私は水篠さんの中にそれを見つけられて、単純に嬉しかった。

 そのあと、色々水篠さんのことを聞いた。

 私のことも話した。

 話は途切れることなく続いた。

「ところで、料金表って?」

 私は、出店のことに話を戻した。

「店に人がたくさん来るようにするためのものです。店の雰囲気がよくても、わかりやすくしっかりしたシステムがないと人は信用しません。見かけだけじゃ通用しないんです」

 次から次へとアイデアが浮かぶのは本当にすごいと感心する。

 人は、尊敬できる部分があると好感を持てる。実際私も自分にないものを持っている人には憧れる。

 そして、見かけだけじゃ通用しないという点はよくわかった。

 私には、偽物がすぐにわかる。

「私はお金のことわからないよ?」

 確かにお金はたくさん持っている。

 でも、これは私を大切にしてくれていたおばあちゃんが残してくれた莫大な遺産だ。

 遺言書には全額私に譲るとあった。

 おばあちゃんは唯一の信頼できる人だった。他の人は信頼できなかった。

 父親も母親も、遺産を目当てにご機嫌を取りに来た。

 それがすごく嫌だった。

 私は小さな頃から、母親から虐待を受けていた。

 父親は知っていたけど、何もしてくれなかった。

 家庭など顧みず、ただ仕事に打ち込んでいた。

 父親は家庭などどうでもよかったのだと思う。母親とも仲はよくなかった。

 食事をほとんど与えられなかったり、殴られたり、ひどい言葉もたくさんかけられた。

 親戚や福祉施設も、誰も私を助けてくれなかった。

 私はただ小さい体で耐え続けた。

 今まで親が私にしてきた虐待を、私は絶対に許さない。

 でも、復讐をしようとは思わない。

 ただ何が起きようと、あの両親には1円もあげない。

 だから、一人で生活できるようになったら、すぐに家を出た。居場所がバレたくないから、転々とホテル暮らしをしている。

 お金は、いきなり驚くほどの額が舞い込んできた。

 余るほどあるから正しい使い方もわからないし、管理は人を雇いその人に任せている。

 そして、何より私はただ涙する話が聞きたいのだ。お金には興味はない。

「いいんです。葵さんはよりたくさん涙する話を聞けることが目的ですよね? 一緒に話を聞いて値段の判断は、僕がします。要は、人がたくさん来るための仕掛け作りです」

 話をしているうちに料金表はこんな感じにできていた。

「どんな話でも、2000円保証。さらに、あなたの話し方次第で値段は上がります。あなたがそのときに涙を流したら、+5000円。私たちのいずれかがもらい泣きしたら、+10000円。両方もらい泣きしたら、+20000円」

「なんで、2000円?」

 私はもっとお金を払うことができる。

 お金のことはわからないけど、単純に高い方が人はたくさん集まりそうだ。

「それはここから駅までタクシーで行くとそれぐらいの値段がかかるからです」

「えっ、どういうこと?」

 私には話が繋がらなかった。だからなんだというのだろう。タクシーなんて乗りたいときに呼べばいいものだ。

 それが私の感覚だ。

 みんなそんなものではないのだろうか。

「つまりは、そんなに値段も高くなくて、あると便利なぐらいのちょうどいい金額なんです」

 へぇーとわからないまま返事すると、水篠さんは金銭感覚について丁寧に教えてくれた。

 話を聞いた限り、私には一般的な金銭感覚というものがないことはわかった。

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