三章 「リニューアルしよう」

「まず店構えを、一新しましょう」

 水篠さんはそう提案してきた。

 時間は朝七時。まだこの路地裏も住む人も眠っている。

 ぎんぎんとした視線も感じず、この時間帯は過ごしやすいなと新しい発見があった。

 私は、眠たい目を擦りながら話を聞いていた。

 大人しそうな見た目からは感じられないけど、水篠さんは意外とアクティブらしい。

 昨日の今日で、いきなり動き出すのだから。

 基本夜に店を出しているから、今ここにいるのは彼に呼び出されたからだ。

 店構えを一新する。

 そんな提案、普通ならいきなり親切にされて怪しむところだ。

 でも、水篠さんからはギラギラしたものを感じなかった。

 私は人を見る目には、絶対的な自信を持っている。

 だから私はそれに承諾して、費用はすべて出すといった。

 私はお金には困っていない。今も毎日一人でホテルで寝泊まりする生活だ。

 両親ともにいて、実家もある。

 でも、そこにはもう何年も帰っていない。 

 それには、ある理由があった。

 水篠さんはそれからすぐに買い出しに行った。

 「私も行こうか」と言ったけど、「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

 そんな優しさに甘えた。

 しばらくして、たくさんのものを運んできて、水篠さんは帰ってきた。

 お店をする上で、店の雰囲気やキャッチフレーズはかなり大切だと彼は作業しながら話しかけてきた。

 繁華街を歩いている人に警戒心をなくすことがまず必要だそうだ。

 そして、流行をとらえているか、インパクトはあるかなど、一つ一つ彼は詳しく説明してくれた。

 それとともに、どんな感じのお店を作りたいのか具体的に聞かれた。

 確かに流行りもあるけど、本人の意思が一番大事だと言っていた。

 私はよく考えて、それに答えた。

 私は涙を求めている。

 それは、私自身が涙を流したいからだ。

 作業する真剣な横顔を見ながら、彼はどこでそんな知識を身に着けてきたのだろうと私は思っていた。

 横顔をじっと見つめてしまう。

 とにかく、まず誰かの目に留まってもらわなければ、お店に訪れることはないらしいということだ。

 私は計画なんて立てず自分の感性の趣くままに動くので、水篠さんとは考え方がま反対のようだ。

 水篠さんの分析して、きっと考えを導く理系タイプだろう。

 性格は違うのに、なぜか話しづらさはなかった。

 こんなこと今までなかった。今まで同じような性格の人と一緒にいることが多かった。

 しかも会ったばかりの人とこんな風に自然と話せるなんて、私自身が驚いていた。

 こんなこと今まで一度もない。

「よし、まずは看板と旗ができました。葵さん来てください」

 看板と旗にはそれぞれこう書かれていた。

「涙の雫」

「涙する話をシェアしてみませんか? ほろっと温かくなります」

 それは、私の話したことを全て取り入れた理想のものだった。

 私のイメージするお店だった。

 さらに、店の回りも掃除され、きれいな植物が置かれていた。

 ただの木の机と椅子は、おしゃれな水色の机と椅子に変わっていた。

 オレンジ色のきれいな明かりも灯されていた。

「水篠さん、すごい。すでに人がきそう」

 私は歓喜のあまり、彼の名前を呼んでいた。

 そこで、彼のことを初めて名前で呼んだと気づいた。

 自分でも驚いた。

 コミュニケーションが苦手な私がこんなにも早く名前を呼ぶなんて、レアだ。

 それも意識して呼んだわけではなく、自然と出てきたのだった。

 

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