オマケ~深夜の鵜沼さん~

 アタシ、鵜沼仁美うぬまひとみ、人狼族だ。

 姿形は人間にもなれるし、完全な狼にもなれる。

 どっちが本当の姿かと言われるとちょっと困る。油断していると一部分だけ人間であったり、狼であったり――ともかく、アタシには難しい。


 難しい話は、新ヶ野市ここに来た理由もそうだ。


 異種族交流という大人達の方針らしい。


 アタシらは、古くから山奥に集落を構えていた。

 本格的に人間と交流しだしたのは、明治になってからだと教わった。

 それまでは戦で負けた連中が、落ちてくるやってくる程度。そいつらが文化やら農耕やらを教えてくれたそうだ。

 そして、細々と人間達と交易もしていた。

 アタシらの祖先が山仕事や漁の手伝いをし、人間が金属や食料を提供する。だけど、人間社会に、他の種族と共に生活を始めたのは、この数十年らしい。


 馬鹿な話、人間の商売に負けたようなものだ……と、長老様は言っていた。


 その長老様だって、人間の作ったテレビドラマ時代劇を楽しみに見ているのだから、頭が痛くなる。

 でだ。

 明治の世あたりから、学校というものがアタシらの村にも作られた。

 それからこれまで、種族ごとに学校は分けられていた。もっともアタシの村は小さいから、入ってきた人間のほうが、学校の片隅を占拠しているぐらいだが――


 種族ごとに、大人への儀式が違う。


 だから子供の教育も違う。だったのだが、平成という時代になってから、


 種族ごとで別れていた教育を統一しよう。


 という動きに変わってきたそうだ。

 それぞれに教育レベル頭の良さの格差が激しかったというのは建前で、種族ごと分けるのに予算が掛かっていたそうだ。一応、少しずつ……最初は、教科書の統一。続いて種族ごとに偏見のないよう教育者の育成。最終的には、異種間で机を並べてと――

 そこまで来るのに十数年かかったそうだ。

 アタシが中学を卒業するときに、ようやく準備か整い、異種族共学化第一期生となった。


 正直、アタシは中学を卒業したら、働くものだと思っていた。

 村の人達は、ほとんどが中学を卒業したら働いていたからだ。

 アタシは別にどっちでもよかったんだが、中学の先生が教育熱心というのか、


「人狼族も、これからはもっと広い世界を見なければいけません!」


 と、アタシを高校に行かせることに熱心で、反対する村人達なども説得して回り、進学が決定したわけだ。

 そして、一番近かったこの新ヶ野市に下宿し、高校に通うこととなった。


「人間には気をつけろよ」


 と、村を出るときにオヤジにいわれたが、この1ヶ月見ていて、自分達より体力を劣る連中に何を恐れろというのだ。車や電車だって、子供の頃からテレビがあったし、都会人の里の情報は筒抜けだったので、別に驚くことがない。

 携帯電話の電波だって届いていた。

 日に3本しかなかったバスが、いっぱい走っていることには驚いたが……


 さてそんなアタシだが、ある日、空腹で目が覚めた。時刻は零時を過ぎたころ……起きるのには早すぎる。


 ――こんな夜中に食べるのはなぁ……


 台所へ行ってお湯を沸かし、カップ麺でも……と、と思ったが、この街に来てから少々運動不足を感じていた。

 カロリーを取ることに少々抵抗感があった。寝るにしたところで、腹が減って我慢できない。


 ――何かあるかもしれない。


 起き上がったアタシは、あるところに出かけた。

 村にはなかったコンビニだ。

 うちの村で何か食べ物を買おうと思ったら、丸物百貨店という商店か、郵便局が片手間でやっている売店しかなかった。両方とも夕方には閉まってしまう。

 百貨店のおばちゃんなら、夜中叩き起こせば何かくれるが、後がうるさい。その点、こちらは24時間もやっている。怒られないのがなりよりだ。


 ――適当に菓子パンでも物色するか……


 寝ぼけたまま下宿のアパートを後にした。

 村では気にしなかったが、アタシは寝ている間は、尻尾を出したままで耳も狼のままのようだ。それが、ここでは目立つのを、後で気が付いた。

 そして、その格好のまま、コンビニに入ろうとした。


「よう。かわいいワンちゃん!」

「――ああッ?」


 入りかけたところで、後ろから声をかけられた。

 そこで、寝ぼけていたアタシは目が覚め、声をかけたやつを睨む。


 ――人狼族に向かって、ワンちゃんといった奴は何奴だ!


 駐車場に3人ほどの人間がいた。男、アタシより少し年上か……足下を見ると、タバコにビールの空き缶。嫌いなタイプ――


「おお、ワンちゃんが睨んでいるよ。かわいいねぇ~」

「――てめぇ、やられたいのか!?」

「おいおい、異種族が体力の劣る人間に手を出したら、判っているよなぁ。ワンちゃん」

「知るか! ヒャァ!!」


 突然、背筋に凍るような冷たさが駆け上がった。


「やっぱり、かわいい声、出すんだねぇ」


 1人がいつの間にかアタシの後ろに回っていた。そして、アタシの大事な尻尾を掴んだのだ。


「このッ!」


 反射的に右足を軸に、回し蹴り……だけど、男は蹴り込んだ左足を掴んだ。


「かわいいワンちゃんに、躾しないとなぁ」

「へぇ~……」


 片足を捕まえただけで、アタシを押さえられたと思ってる?

 こんなこと、村で戯れて遊んでいる時と変わらない。

 左足に負担は少しかかるけど、右足で飛び上がると、身体をくねらせる。そのまま脚を鞭のようにしならせて、右足の甲を男のこめかみに叩きつけた。

 男は脳しんとうを起こして倒れ込み、アタシのほうは動けるようになって、四つん這いに着地した。


「ばっバケモノ!」


 いつの間にか狼寄りに身体が変わっていたようだ。


「待ちやがれッ!」


 このふたりを逃がすわけにはいかない。

 人狼が襲ったなんて、知られたらマズい。ニオイから、他には誰もいない。

 気絶させ、アタシがいなくなれば、警察も酔っ払いの狂言で終わるかもしれない。


 ――腹減っているだけなのによ!


 逃げ出した男ふたり。ひとりは手を伸ばし、服の襟を掴んだ。そのまま背中を蹴り上げて、地面に叩きつける。


 ――もうひとり!


 と思ったが、最後の男は急に角を曲がった!

       

 ――しまった逃げられる!


 続けてアタシは角を曲がった。と、突然、フラッシュ・ライトが浴びせられた。

 強烈な光で目がくらむ。


「見つけました! 人狼族の鵜沼さんですよね!」


 目が慣れてくると、追いかけていた男ではなく、カメラを構えた人影が道を塞いでいるじゃないか!?


「誰だ!?」

「わたしですか? どうも恐縮です。バッチリ変身する姿を取らせてもらいましたよ」


 声は聞いたことはある。うちのクラスの……加納かのう青葉あおばとかいうヤツだ。

 彼女は、すっかりと人の姿に戻っているアタシの姿を、カメラを構えて撮り続けた。


「大丈夫ですよ。えへへへ……わたしも千里眼せんりがんで嫌われている口ですから……」


 目が慣れてくると、縮れ毛をひとつ結びした彼女が薄気味悪い笑みを浮かべていた。


 ――千里眼?


 カメラを顔から外した彼女。その目は虹色に光っていた。


「難しいことをゴチャゴチャと……あの男を取り逃がしたじゃないか!?」

「ああ、あの男ね……大丈夫ですよ。

 わたしの千里眼によれば、警察によくご厄介になっている方ですから、貴方の行動は信じてくれませんよ。ご安心なさい」

「見たようなことをいって……ホントだろうな、人間?」


 彼女が何か言いかけたときに、突然、青葉が羽交い締めにされた。


「それは保証するけど……まず、姉は回収させてもらいます」

「今度はなんだよ!」


 よく見れば後ろにもうひとり……同じ顔が現れた。新たに現れたは縮れ毛をふたつ結びにしている。


 ――確か加納って、双子だっけ?


 さすがに1ヶ月では、クラス全員の名前は覚えきれていない。しかし、双子だという事で、加納姉妹はすぐに覚えた。しかも、落ち着きがない姉の青葉。今その彼女を羽交い締めにしている紅葉くれはは、読者モデルをやっているとかいないとか。


「この青葉、鵜沼さんには聞きたいことが……」

「はいはい。わたしの順風耳じゅんぷうじで聞いておくから――

 人狼さん。姉の撮った写真は、キッチリこちらで消しておきますから、気にしないでね。

 お腹が空いたら、あそこのコンビニよりも、信号ふたつ向こうのコンビニの方がいいわよ」


 そのまま引きずられ、ふたりは闇夜に消えていった。


 ――そういえば、腹が減って出てきたんだっけ……


 翌日になっても、アタシが暴れたことは、ふたりが言ったように問題にはならなかったようだ。学校に登校しても、何も言われない。問題になっていたら、下宿に警察関係がやってくるだろう。


 まあ安全のためにも、あのコンビニには近づかないでおこうと――

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頭上で回るは観覧車~実験の魔法~ 大月クマ @smurakam1978

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