第一章 引っ越し。 -4-



(……うわあ、廃れてる)


 アパートと名乗るには玄関が一つしかなく、大きな一軒家の風情。田舎の裕福なおばあちゃんの家といった体。その外観はアパートにしては豪勢ともとれる、のだが。


 和月の話を聞く分には、賑やかで青春の文字を具現化した一人暮らしのはず。ここまで盛者必衰をしみじみと噛み締める、寂れた建物では断じてないのに。


(築年数と不便さに青春は抗えなかったのか……)

 住む前から侘びしくなってしまった。


 そんな芽依の気持ちをつゆ知らず、和月は意気揚々とアパートの扉を我が家のごとく開けて、中へ入って行く。表札と思しき木札には墨で『水啾深荘』と書かれている。


 薄暗いかと思われたアパートの中は、意外にもピカピカに磨かれているばかりか、天井から吊り下げられているグローボールがなんともお洒落だった。


 左右に伸びる廊下。左はすぐ扉で行き止まりだが、右の廊下は長く扉も一、二、三つある。指折り数えた。

 手前の窓ガラスを見ても分かるように、掃除が行き届いている。侘びしいのは外観だけみたいだ。綺麗なところでよかった。


「おーい李斗、いるかー?」

 和月の声が廊下に伸びる。すると、正面の階段から薄い色素の髪の男性が顔を覗かせた。柔和な笑みに下がる目尻。異様に似合っているその髪色は、先祖返りだと言われれば納得ができる。まるで地毛の明るい髪は、グローボールから放たれる暖かな光を吸収して輝いていた。


 彼はちょいちょいと手をふって顔を引っこめる。和月が階段に足をかけて唖然としている芽依を呼んだ。

「さ、行くぞ」


 階段は途中で踊り場を中継地点とし、折り返しの上り階段があった。踊り場には目線の高さに、桜の丸窓ステンドグラスがはめこまれていた。差した陽が桜色の影を落とす、美術館を想わせる空間。あの外観からは予想もできない優美さだ。


 上った先も、玄関から出てきた時と同じように、廊下が左右に分かれていた。右側手前の部屋の扉が開け放しだ。暖色の明かりが廊下まで広がっている。

(李斗さんはあの部屋に?)

 和月もするすると糸で引かれるように部屋へ入って行く。芽依もその後を追う。


(――わ、なにこの部屋。間取りは普通のアパートなのに、家具がテーブルと椅子しかない……しかも、四セットもある。十六人も座れる)


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