第一章 引っ越し。 -2-



 学生結婚をしたと言っていた。

 和月が大学で知り合った芽依の母、由理ゆりは真面目な人だ。その真面目さには融通がきかない部分もあって、和月の奔放さにふり回されるのが我慢ならなかったらしい。離婚はしていないものの、もう何年も前から別居中だ。

 ただ、お互い好き合っているのは端から見ていてもよく分かる。


 別居していると必然的に会う時間も減るから、たまに会いにくる由理と和月を見ていると、まだ付き合っている段階なんじゃないかと錯覚することもしばしば。

「なんだ、腹が減ったか?」

(見てるのがバレたか)


 芽依は少し考えるそぶりをしてから頷いた。

「……うん。減った」

「よし、サンドイッチの時間だな! 今日はハム一枚増量期間中だぞ」

「やった。ラッキー」


 和月はピクニック用のバスケットからタッパーを取り出した。中には和月特製のサンドイッチが入っている。ハムとチーズ、トマトにレタス、極めつけが目玉焼き。

 芽依はサンドイッチを受け取ると、豪快にかぶりついた。

(……うん、ハム増量期間中だけあって、美味い)


 和月は食べっぷりも凄い。芽依が半分も食べないうちに完食すると、ごろんと横になった。

 それから。なんてことない、という風に空を見上げ、


「芽依、一人暮らししてみないか?」


「………………え?」

 ――和月は自由奔放だ。


 芽依は思わず耳を疑った。もう一度、と記憶の中で再生する。

(一人暮らし?)

「パパ、海外に引っ越しでもするの?」


「しないよ。芽依はこの春から高校生だろ? だからさ、芽依は可愛いし旅にでも出そうかなって」

「……急だね」

「芽依が春から通う時輪高校は、俺の母校なのは知ってるよな。俺は高校の時に水啾深荘ってとこで一人暮らしをしてたんだよ。で、今。そこを管理してるのが、俺の高校の同級生で李斗ってんだ。時輪までのアクセスもまあまあだし、李斗がいるなら安心だし。なにより、一人暮らしなんていい経験じゃないか」


 和月は経験を重んじる。百聞は一見にしかず、経験は人を豊かにする。たった一回の人生、閉じこもってどうする。

 奔放な父らしく、楽しい考えだ。芽依はその教えに従って、これまでもいろんな経験をしてきた。


 豪雪の北海道に台風の沖縄、夜桜の下で夜ふかしをして、山の上で朝日を拝んだ。北極圏にオーロラを観に行ったり、ヨーロッパの古城ホテルに泊まったり、ピラミッドやスフィンクスのエジプトにも訪れた。


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